第3話 イエスキリストと共に新しい人生を生きる

 田川は、決して幸せとかスムーズとかとはいえなかった、昔を思い出すように言った。

「結局、親父は僕のおかんと離婚した。まあ、病気の面倒を見切れなかったというのもあっただろう。

 僕はその水商売上がりの二度目のママとは、なんとか合わせようとしていた。

 そうしないと、親父いや親父のカフェ経営までうまくいかなかないと思ったからさ」

 古川さんは、目を丸くして感心したように聞いていた。

「しかしそれにも限界がある。僕は口うるさい二度目のママにとうとう切れてしまってたんだ。親父の前ではいい子を演じながら、陰ではいたずらをしていた」

 古川さんは、頷いたように言った。

「ああ、マスメディアにも報道された例の件。エアガンを持ち出して打つという前代未聞の事件ね。これで田川君はすっかりヤンキーのスティグマが貼りついてしまったわね。まあ、私もアダルトビデオ女優のスティグマを貼られても仕方がないけどね」

 田川は反応した。

「でも古川さんは、今はカフェ店員。昔は変えられないが、未来は変えられるよ。黒い事実の上に、白い修正液を塗り固めることもできる。

 今がそのとき。いや、今しかないよ」

 古川さんは、一抹の希望を見出したように、微笑みを浮かべた。

「そうね。田川君がまさにその代表だものね。元ヤンキー中のヤンキーが、今はアーメンだものね。小学校のとき、おばあちゃんから買ってもらったこのお守りと同じだものね」

 そう言って古川さんは、神社の赤いお守りを見せた。

 一応ビニール袋で保護されているが、かなり年期が入り、オンボロ状態である。

「わー、古風だな。そういえば僕も高校受験のとき、今は亡き母親からお守りをもらったよ。僕の場合は、経済上公立高校しか受験できなかったがな。

 しかしそれも今は、必要ないよ。目にみえるお守りよりも、僕の場合は、目には見えないけど風のように感じる聖霊によって神様から、見守られているものな。

 あっ、聖霊というのは神から送られる風のようなもの、形がないから、見えないし、匂いもかぐこともできないし、聞こえないし、手触りもないので、梱包して送ることも不可能だが、風のように感じることはできる」

 古川さんは納得したように頷いた。

「目に見えるものは滅びる。しかし、見えないものは永遠であるともいうわね。

 ということは、私のアダルトビデオもいつかは滅びるときが訪れるよね。

 だって、今は一か月単位で新人がデビューしているもの。私はもう化石と同じよね」

 そう言い終えた後、古川さんはほっと安堵したようなやすらぎの表情を浮かべた。

 田川は、思わずアーメンと言った。


 そのとき、見るからにヤンキー風金髪のメッシュを入れ、耳には三か所のピアスを入れた二十歳くらいの少女が、声をかけてきた。

 なぜか、その少女ー節奈ーは田川の首にかけられたバカでかい十字架を見て、アーメンと言った。

「アーメンの田川先輩、助けて下さい。私の兄が、なんと反社に入りたいなんて言ってるんですよ」

 田川は頷いた。

「節奈ちゃん、僕も君のお兄さんのことを、噂で聞いたことはあるよ。

 いわゆるオレオレ詐欺の受け子で、私立高校を退学に追い込まれちまったんだろう。しかし、今から話すことをよく聞いときな。

 反社に入ると、麻薬売買に利用されるだけだよ。

 確かに麻薬売買は億単位の大金になるが、本人が麻薬中毒になった時点で、お払い箱、つまりクビだよ。

 まあ、昔のアウトローは代紋の力を利用して金儲けをしたものだが、今はそれも不可能。代紋を出した時点で、警察を呼ばれたらそれで一巻の終わりだよ」

 節奈は目を丸くして

 「なあに、代紋の力って。ああ、もしかして金バッチのこと?」

 田川は答えた。

「そう。アウトローのロゴだよ。昔は水戸黄門の印籠の如く、組の代紋を見せるだけで、相手はびびって引きさがり、蛇ににらまれたカエルのようにアウトローの言いなりになるしかなかった。

 しかし、今は代紋を見せた時点で、警察に通報されれば逮捕される。

 アウトローの権威も地に堕ちたよ」

 節奈は目を丸くした。

「じゃあ、金儲けは無理みたいね。まあいわば商標権みたいなものかな。

 代紋を見せて金儲けをするのは、もう不可能な時代になってきてるのね」

 田川は手を叩いて言った。

「パチパチパチ その通りだよ。ひょっとして君の兄貴はオレオレ詐欺と同じように、組のために悪事を働いたら、組からご褒美として給料がでると思ってたわけ?

 その反対だよ。代紋を利用して金を稼ぎ、それをシノギとして組に納めるんだよ」

 節奈は納得したように言った。

「じゃあ、フランチャイズ店みたいね。本部から商標権を借りて商売するということか。まあフランチャイズ店も退店しているところも多いけどね」

 田川は眉をしかめて言った。

「フランチャイズ店と違うところは、シノギの金が滞ると組から借金ということになっちまうのさ。そうすると命に関わる問題になる」

 節奈の表情は急に暗くなった。

「じゃあ、殺されちゃうってこと? ブルブル、私関わりたくないよー。

 あっ、兄貴にもそのことを伝えときます。

 そりゃそうだよね。悪事をして金儲けなんてできるわけないよね」

 田川は答えた。

「悪銭身に付かずだよ。通信制高校に通うことを考えた方がいいよ。

 通信制なら今まで通っていた高校の単位も生かせるし、年齢とは関係なしに通えるよ。そしていろんな資格をとることも考えた方がいいよ。

 法律も少しは勉強しとかなきゃダメだよ。ちなみに僕は宅地建物取引主任を勉強している真っ最中。といってもなかなか進展しないけどね。

 でも神に祈ったら、不思議と根気が身につくようになったよ。ハレルヤ」

 節奈は、田川がかけている十字架のペンダントを拝むように

「雨の日でもハレルヤ、晴れの日でもアーメンですね。

 まあ、十字架は仏壇みたいに拝む対象ではないけどね」

 田川は節奈と思わず、顔を見合わせて笑った。

「まあ、人生長いけど、勉強は若いときの方が有利だよ。

 若いときにいろんなことを理解して、フレキシブルな頭でなければな。

 頭の固い頑固状態になったら、今の世の中ついていけないし、若い人とも話が合わなくなり、二極化していくよなーんて、僕が言える筋合いじゃないけどね」

 節奈はペコリと頭を下げ、去って行った。


 古川さんは、微笑みながら田川と節奈のやりとりを聞いていた。

「田川劇場 これで一幕は終わり パチパチパチ」

 田川は、微笑みながら

「これでようやく中学時代の古川の無邪気な笑顔に戻ったな。

 まあ、お互い頑張って生きていこう。するとなにかいいことあるよ」

 古川さんは、演歌を口ずさんだ。

「そうさそうさ 生きてさえいれば きっと幸せにめぐり会える」なんて歌があったわね。(「すきま風」杉良太郎)私、芸能界の夢はあきらめたけど、今はカフェで第二の人生やり直します。将来はカフェを開店したいな」

 田川は、スマホの時計を見て言った。

「あっ、いけない。もうこんな時間だ。行かなくちゃ。

 これから女子少年院で講演があるんだ。お菓子もプレゼントするつもりだよ」

 古川さんは「行ってらっしゃい」と送り出したが、そのときの寂しそうな顔を僕は見逃さなかった。


 ☆僕と古川さんとのストーリー

 古川さんは、覚悟を決めたように僕に言った。

「私はアダルトビデオでは五年前のスターで、顔も割れてる。

 まあそれがきっかけでNHKにも出演させて頂いたんだけどね。

 でも中には、それがきっかけで彼氏という名のヒモにひっかかり、悪の世界に堕ち女子少年院に入院する羽目になった女性もいるわ」


 

 


 

 




 

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