第2話 元AV嬢を雇い入れた元№1風俗嬢の元カフェオーナー
僕は思わず絶句した。
古川さんの口から元AV女優桃木ルイであった過去を聞かされるとは。
古川さんの手はブルブルと震えていた。
「どうしたの? そんなに手が震えるくらいなら、もうこれ以上話すのは止めた方がいいかも」
僕の言葉に古川さんは反応したのか
「いいの。もう思い切って告白しちゃう。そう、私は元人気AV女優桃木ルイです。このことをネタに恐喝しようたってダメよ。
むしろ私はそれがきっかけでこの店に雇ってもらったんだから」
恐喝? どこからそんな発想がでてくるのだろうか?
要するに桃木ルイ時代のことをすべて暴露されたくなかったら、金を出せという意味なのだろうか。
「僕は、古川さんから金をせびろうなんて思っていない。バカにするな」
古川さんは、苦笑しながら言った。
「今のは冗談よ。今村君はそんなことのできるタイプじゃない。
実はこの店ランプの元オーナーは、いわゆる風俗嬢だったのね」
意外な話ばかりが続く。まさに奇想天外、想定外の神出鬼没だ。
目の前に展開される初めての世界に、僕は目を丸くして聞くしか術がなかった。
「元オーナーは、昔はデパートガールだったの。家庭的には恵まれない人だったというわ。そんなとき、キャッチセールスにひっかかって、同棲を始めその借金を払うために、最初は喫茶店、スナック、キャバクラで働いてたけど、もっと金のいい風俗で働くはめになったの」
僕は思わずため息をついた。
世間にはよく転がっている話である。もっとも現代はキャッチセールスの代わりにホストへと変更しているが。
古川さんは、平然と話を続けた。
「元オーナーはね、人気ナンバー1、売上ナンバー1の風俗嬢でね、風俗雑誌にも掲載されたことがあったのよ」
一瞬僕のなかで「同類相哀れむ、似た者同志」という言葉が浮かんだ。
僕は、古川さんとゆっくり話をしたいと思った。
僕でよかったら、人助けとして古川さんの心を救いたい。いや救う必要がある。
そうしないと、古川さんの心はひび割れたままだ。
明日、僕はなにごともなかったような顔で、皆に挨拶した。
さあ、今日もまたホール廻り、頑張らなきゃとは思うが、この頃は客も減少しつつある。まあ、時代がカフェを求めていないのかもしれない。
その瞬間、五十歳代の中年男に肩を叩かれた。
僕は、ジュリー氏から性被害を受けて以来、五十歳代の男性が苦手である。
相手にはなんの罪もないとはわかってはいるが、なんとなく恐怖感を感じて避けてしまう。これではいけないと思い、丁寧な敬語で接することに心掛けている。
「なんでしょうか?」
心の動揺を隠しながら、僕は尋ねた。
「ズボンの裾が乱れてるよ」
うつ向くと、確かにズボンの裾が破れかけている。
「僕が言うのもなんだけど、人はまず外見やうわべで判断されるんだ。
あっ、僕の制服見たらわかるでしょう。僕ははらいた状態ですよ。
ああ、腹が痛い」
僕がキョトンとしたような怪訝な顔をすると、中年男性は笑いながら言った。
「はらいた、ふくつう、福本通運ですよ」
そういえば緑の制服が有名運送会社のものだった。
僕は思わず吹き出すと、中年男性はうなづいて言った。
「そう、その笑顔。スマイルだよ。笑っていないとうつ病になりそうだよ」
そういえば運送会社も、人手不足で郵政公社と合体するという。
「僕も君もサービス業。だから身体だけでなく、心もサービスを与えなきゃ。
そうしないと生き残っていけないよ。
あっ、君の運んでくれた珈琲美味しかったよ」
僕は、JR時代ダンスを褒められたような嬉しさと、ちょっぴりの誇りを感じた。
やはり僕は目立ちたがり屋なのだろうか?
☆ここから先は僕の見聞上の話をご披露します
古川さんは、できるだけ顔がささないように厨房にいているが、ホールに出たとき、思わぬアクシデントが起こった。
「やあ、古川じゃないか」
見ると、でっぷりと太った頭の薄い男性が、古川さんに声をかけた。
その途端、古川さんの右手はブルブルと震えだしたが、顔は平静を装っている。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「オレだ。中学のときの、田川だ」
古川さんの顔から急に血の気がひき、真っ青になった。
田川と名乗る中年男は、意外な物言いをした。
「どうしたんだ。真っ青になって。おれ、古川さんにそんなひどいことをした覚えはないぞ。そりゃあ、俺はあの当時、ヤンキー中のヤンキーだったけどな、吉田屋を辞めたあと、今は立派に更生して牧師を目指して神学校に通っている真っ最中なんだ」
田川の首には、バカでかいともいえる直径5㎝くらいの十字架が飾られていた。
もしかして田川は、古川さんの桃木ルイ時代だったことを知らないのだろうか?
吉田屋というと、全国チェーンの有名中華料理屋である。
一度倒産しかけたが、今は再開している。
田川は、神妙な面持ちで語った。
「古川さんが吉田屋を辞めたのは、俺のせいかもしれないと思ってるんだ」
古川さんは反論した。
「いや、それは違うわ。田川君は当たり前のことをしただけよ。
店長の不正を本社に訴えて何が悪いの。あのあと、チーフを筆頭にアルバイト全員解雇されたのよ。まあ、表向きは契約満了ということだったけどね」
田川はほっとしたような表情で語った。
「まあ、聖書の言葉にもあるよな。
「隠していたことは露わにするためにあるのであり、覆いをかけられたものは、取り外されるためにあるのである」店長の悪事は、いずれバレルときがくるとは思ってたんだ。労働時間を嘘の記入をしたり、仕事中にビールを飲んだり、もっともそのビールもバイトのおばさんに奢らせたり、あげくの果てに食事代を徴収するという名目で、古川さんから金をだましたり、とんでもない悪党だ」
古川さんは頷いて言った。
「そればかりか、あの店長いや店長の皮を被った労働時間ごまかしの詐欺師は、私にしつこくセクハラ発言をしてきたの。
あんたの男性体験は?とかね。
あの店長は、サラ金で相当な借金を抱えていたらしいわ。ひどいアルコール依存症だったらしい。まあ、解雇された今、どういう人生を送っているか地獄行き必須ね」
古川さんは、田川の首の大きな十字架のネックレスを見ると、突然深呼吸をし始めた。
「桃木ルイ、そう私の過去の名は桃木ルイなの」
田川は目を伏せて、小声でつぶやいた。
「知ってたよ。とっくにもう、そんなことくらい。
でも今の俺は、イエス様が共にいるから古川さんに欲情を抱くこともないよ。
欲情なんて、その場限りの吐き出すものでしかないからね」
急に古川さんは泣き出した。
「私、騙されたのよ。歌手としてデビューさせるといったプロダクションに応募したの。大手プロダクションの傘下の会社だと名乗り、マネージャーもついて半年間ボイストレーニングをしたの。
マネージャーから「さあ、これからCD録音のスタジオへ行くよ」と連れて来られたところは、アダルトビデオの撮影現場だったの。
私はマネージャーに詰め寄ったけど、一度契約したものは取り消せない。
違約金二千万円払えと言われ、断ることはできなかったの」
「いわばAV強制出演というわけか。NHKでも取り上げてたけど、辛い話だね。
今は男性でもあるらしいぞ」
古川さんは、我に帰ったように言った。
「過去は過去のものとして葬るしかない。しかし、未来は変えられる。
今、私はあるカフェで働いてるの」
突然、田川は手を組み、目を閉じて祈り出した。
「天にまします我らの父よ。どうか古川さんが過去にこだわることなく、現在働いているカフェで真面目に働けますように。
イエスキリストの名において祈ります。アーメン」
古川さんは田川の首の十字架をながめながら、ポカンとして聞いていた。
「やだー。田川君って、中学の時は校内でも知らないほどのヤンキーだったじゃない。成績は中くらいだったけど、エアガンを使ったことが新聞に報道されたり、なんと職員室に忍び込み、先生の机からバイクの鍵を盗み出して、バイクを走らせたりね。まあ、でもどこか憎めない奴として見られていたけどね」
田川は照れ臭そうに、頭を掻きながら言った。
「あの頃の僕は、淋しかったなんていうと言い訳がましいけどね。
実家は喫茶店をしていたが、親父はモーニングサービスで朝は7時から店に行き、夜、帰ってくるのは十時半だったんだ。
だから家族揃って食卓を囲むなんてことはまずなかったね」
古川さんは、うなづきながら冗談交じりに発言した。
「そういえば、その頃は喫茶店ブームでサテンでレーコー(アイス珈琲の意味)なんて時代で、夜も十時頃まで営業してたわね。
それが原因で不倫をしたとかなーんて、まあ私の勝手な想像だけどね」
田川は手を打った。
「あたりィ。親父は客として来ていた当時スナックの雇われママと浮気しちまったんだ。病弱のおかんをないがしろにしてさ。
おかんは、最初は親父と一緒に店をやってたんだ。親父が厨房に入り、おかんはウエイトレスとレジをしていたが、無理がたたって、おかんは持病のぜんそくをこじらせてしまい、それ以来愚痴るようになっちまったんだ」
古川さんは言った。
「ああ、ぜんそくって咳ばかりするから、客商売は無理と言われるケースが多いわ。それに当時の喫茶店って冷房がきつかったものね」
田川は昔を思い出したように言った。
「あたりいィ。そういうことがきっかけで、親父の心はおかんから離れ、客としてきていた二十歳も年下の元スナックの雇われママと再婚したんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます