第二話

「お姉ちゃんってさ、あの一色先輩と同じクラスなんでしょ?」


 放課後。

 いつものように帰宅部としての本業に勤しむ―――もとい、自宅への直行を決め込んでいたわたしは、優雅なアフタースクールをここぞとばかりに満喫していた。


 部活動に青春を捧げるのもいいけど、こうやって穏やかな時間を過ごすのも悪くはないと思うのですよわたしは。


 け、決して、友達少ないからとかそういうんじゃないから。

 勘違いしないでよね!


「ねぇ、お姉ちゃんってば。聞いてる?」

「聞こえてるってば。いまちょっと手が離せないから待ってよ。」

「そんなに気合い入れて作らなくってもいいよ。どうせあーしと姉さんの二人しかいないんだしさ。」

「ん〜。そうなんだけどさ。なんか、こう、納得感の問題みたいな?」


 ソファにもたれ掛かりながら気だるそうに話しかけてくる妹を片手間にあやしながら、夕食の準備を進める。


 わたしの妹―――和葉かずはは、わたしの一個下の中学三年生で、今はちょうど受験期真っ只中を迎えている。


 最近ではもう学校に登校する必要もないみたいで、一日の大半を自室で過ごしているようである。


 受験勉強で大変なのは重々分かってはいるのだけれど、何故だろう。

 ほんのちょっぴりと羨ましい。


「一色さんと話したりとかしないの?」

「逆に、わたしが一色さんと楽しそうにお喋りしている姿、想像できる?」

「まあ、コミュ障のお姉ちゃんには無理だろうね。」

「おいこら。」

「でも事実でしょ?」

「……まあ、否定はしないよ。」


 一色さんに関わらず、高校に進学してからのクラスメイトとの会話回数は、片手で数える程度しか思い出せないんだけどね。


 もちろん、お姉ちゃんのプライドが許さないので、決して口には出さないけど。


「……バレバレなんだけどね。」

「?」

「いやー、お姉ちゃんはずっとそのまま天然陰キャで居てねって話。」

「なんで突然ディスられたのわたし!?」


 お料理を並べているわたしの背中に躊躇なく刃を向けるとは。


 もしやこの妹さては、お姉ちゃんに構って欲しくて拗ねてるのかにゃ。

 まったくもう、昔から素直じゃないんだからぁ〜♡


「そもそも、なんで急に一色さんの話なんかするの。も、もしかして……受験勉強に嫌気がさして裏口入学をしようとしてる!?」

「別に必要ないし。あーし、お姉ちゃんより成績良いから。」

「とか言って、急に不安になって来たんじゃないのぉー? もう、和葉にも可愛いところがあるんだから♡」


「…………。」

「ちょ、まっ、む、無言でつねるのはヤメてっ!? せっかく丹精込めて作ったわたしの自信作たちがお亡くなりになるぅ!?」


 や、やっぱりこの妹、素直じゃないっ!!


「命拾いしたね。せいぜい食べ物に感謝しなよ。」

「あ、ありがとうございます……。」


 ふんっ、と不機嫌そうにそっぽを向く和葉の横顔を見つめながら、わたしは苦笑いを浮かべて向かいの席に座る。


 なんだかんだ、忙しい時期でもこうして食事を一緒に食べてくれるあたり、わたしは家族には恵まれているのかもしれない。


「……友達から聞かれたの。一色萌生っていう、有名人がお姉ちゃんの通う学園にいるから話が聞きたいって。」

「なんでまた。」

「その子、お姉ちゃんと同じ四条学園志望なの。」

「あ、そういうこと。」


 さしずめ、進学先の超有名人な先輩について入学前に少しでも知っておきたいとかそういうことなのだろう。


 あわよくばそのままお近づきになんて、いかにも思春期の中学生が考えそうなことじゃあないか。一色さん美人だし。


「初めは断ってたんだけど、事あるごとにその話題が振られるから面倒になってさ。仕方ないから、一度だけお姉ちゃんに聞くだけ聞いてみるって。」

「ふぅん。」

「まあ、そもそも期待なんかしてないんだけど。」


 何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべる和葉。


 わたしって、そんなにぼっち人間に見えるだろうか。

 うんまあ、見えるよねぇ……。


「そ、そんなこと無いし! 今日だって一色さんとお喋りしたんだから!」

「お姉ちゃん、別に無理して嘘を付く必要はないんだよ。その気持ちだけでもありがたく受け取っておくからね。」

「嘘じゃないよぉ!?」

「この際、妹の前だからって無理やり見栄を張る癖は辞めた方がいいよ。そうやっていつも自分の首を絞めるだけなんだから。」

「べ、別に、そういうんじゃないし……。ってか、本当に嘘じゃないんだよ!」


 物分かりの悪い妹をペシペシと叩きつつ、抗議の意を示す。


「で、何を話したのさ。」

「普段お家で何してるのかーって。」

「うわ普通。お姉ちゃんって、会話のレパートリーがミジンコ並みだよね。」

「わたしから話を振ったわけじゃないもん!」

「じゃあそこから話を広げるように努力しなよ。お喋りってそういうものでしょ。」

「うぐぐ。」


 誰か助けて。妹が正論パンチでお姉ちゃんをいじめて来るのですが。


 まあ、会話といってもほんの数単語を交わした程度の内容のものを会話と定義してよいものなのかどうかについては、大いに議論の余地があるところではある。


 つまり、わたしの不甲斐ない部分もノーカンという事にならないでしょうか。

 ダメですか。ちっ、はいはい、分かりましたぁー(不貞腐れ)。


「よかったね。お姉ちゃん、ただでさえ友達少ないんだから。人気者に声をかけてもらえるなんてまたとない機会じゃん。」


「そういうものかなぁ。ほとんど何も知らないような人と会話をするのって、すっごくストレスにしか感じないよ。」

「この根暗お姉ちゃん。」

「もう。」


 そんなこんなで和葉といつもどおり楽しく(?)食事を済ませていると、不意にインターホンが鳴っている音がリビングから聞こえて来た。


 宅配便かなぁ、なんて何気なく覗き込んだそのディスプレイには、噂をすれば影とでもいうのだろうか。


 とにかく、わたしはそのまま手に持っていたお箸をスルリを落としてしまうくらいには、にわかに信じがたい光景が写し出されていた。


『こんばんは、一色と申します。お夕飯時に恐れ入りますが、少しお時間……宜しいでしょうか?』

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何故かお嬢様の『下僕』に就職させられました……誰か助けてぇ! 氷姫 @korihime

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