何故かお嬢様の『下僕』に就職させられました……誰か助けてぇ!
氷姫
第一話
他でも無い、わたし自身のことが大嫌い。
ぱっとしない外見も、ぼそぼそと覇気のない濁り切った声も嫌い。
他人の意見にころころと流されがちな、自分という芯がないところも大嫌い。細かいところを数え出したらキリがないので、このくらいで割愛するけれど。
とにかく、そういう納得がいかないところがあるにも関わらず、でもだからといってその弱点とでも呼べるようなものをどうにかしようと努力しているわけでもなく。ただひたすらに妥協を重ねて、現状を甘んじて受け入れて生きているのが、何を隠そうわたし―――
(まあ別にぃ。わたしのことなんで誰も見てないし? いくら着飾ったところで、『なに一人で舞いあがっちゃってんのwww』って、笑われるのがオチでしょ笑。)
結局のところ、容姿を努力で補える部分なんてたかが知れているのだ。
自分より素材の良い人間と、こんなゴミ平凡人間が仮に同じような努力を重ねたとして、世間から評価を集められるは間違いなく前者の方に決まっている。
一方で、わたしの泥水を啜るような思いで積み重ねた努力なんてものはチラシの裏に書かれた落書きのようなもので、誰の目にも留まりはしない。そんなのはあんまりだ。テスト勉強なら、どんなに適当にやってても点数として結果が返ってくるから、そっちの方に時間を費やした方が何十倍もマシだろう。
まあ、これはわたしが勝手にそう思っているだけで、他の人が同じようにある種の悟りを開いているのかと言われれば、それはまた別の話になってくる。
高校生にも学年が上がってくると、それまでは飾り気の無い、純真無垢であった同級生の女子たちがですねぇ。コスメやらヘアスタイルやらブランド物に取り憑かれてしまうのですよ。
『今回の新作のバック、可愛い〜♡』とか。
『このネイル、めっちゃ映えるくねww?』みたいな。
本当はわたしだって、可愛くなれるものなら是非そうなりたい。クラスメイトや先生にちやほやされまくって、この世の春を満喫したいよ!?
例えばうちのクラスの……あそこでもの静かに座っている
―――
学園を代表する才女であり、正真正銘この学園を統べる理事長の娘である。生まれ持った境遇はさることながら、その美貌は街を歩いているだけで彼女を一目見ようと行列が出来てしまうほどだとか。
そんな反則級な容姿に加えて、性格も良いときた日には、自分はどうしてこうも駄目ダメなのだろうかと小一時間落ち込むくらいには、神様にこれでもかと愛された、まさに天使のような人間なのである。
実際、一色さんが誰かしらから邪険にされている姿を目撃したことなんて、一度たりとも無いし。わたしなんて、ただ静かに座っていたってだけで『主体性に欠ける』なんて通知表に書かれて、母親に説教される始末だよ。なんて格差社会だぁ。
「一色さんって、お家でいつも何しているの?」
「私は特に……。習い事に行っている時間がほとんどですね。」
「へぇ〜。ちなみにさ、何を習ってるの?」
「ええと、ピアノに書道、茶道、それから………」
「多くない!?」
「そうでしょうか。これでもずいぶんと少なくなった方なのですが。」
こうして比較してみると、本当にわたしと同じ人間なのだろうかと疑いたくもなる。わたしのCPUはこの年齢にしてすでに数多の脆弱性を露呈しているというのに。ぐぬぬ……、解せぬ。
こういう時はもういっそ、白旗を振り回して早々に諦めてしまうのに限る。初めから、彼女たちと同じフィールドに立たなければ良い。要するに、頑張らないのである。
『わたし、そういうの興味無いですから。』なんて風に、自分を争いの輪から遠ざけておく。最初から諦めておけば傷つくことも無い。頑張れば頑張った分だけ、自分がいかに劣っている存在かを思い知らされることになる。そんな惨めな思いは、できればもう二度としたくない。
だからというわけでは無いけれど、無意識にボサボサの髪によれよれのシャツに上着を羽織って、いかにも冴えない服装に身を包んでいるのは、ある種の防衛本能のようなものなのだろう。
わたしは可愛くないし、それは自分でも自覚しているつもり。
そして何よりも……それを他人に指摘されたくはないのである。なんてわがままな女だろうと、自分でもそう思う。けれど、それが包み隠さない自分の本当の気持ちなのだから仕方がない。
「あの、め……深月さん、あのっ!」
「へっ?」
俯き加減だった顔を持ち上げる。
そこには、何故か一色さんの端正なお顔がドアップで映し出されていた。
うわぁ〜、お目目デカァ、肌超きれい。あまりにも整いすぎていて、作り物なんじゃないかと一瞬思ってしまいそうなほどの美少女……ではなくっ!
「うひゃぁ!?」
「わっ! ご、ごめん!? びっくりさせるつもりはなかったんだけど……。」
「な、なに……?」
突然の出来事で、思わず大きな声を出してしまった。おかげで、周囲から注目を集めてしまった。あいにく、他人の視線に晒されていると動悸が激しくなる持病を抱えているのですよ、わたしは。
「その、深月さんは普段お家で何してるのかなぁって。」
「わ、わたし、ですか……?」
「うん! その、深月さんとクラスメイトなのに、あんまりお喋りしたことなかったから。ちょっと気になっちゃって。」
「あー、えっと、そのゲーm……。」
おい、わたし。お前いま何を口走ろうとしている。よりにもよってあの純真無垢な一色さんに、『暇があれば一日中ゲームやってるっす!』なんて言った日には、この天使に『深月さんって、社会性のないゴミですね〜。』みたいな印象を持たれて、わたしの学校生活はもうおしまいです。
「い、いや。と、特には……。」
「部活で忙しいとか?」
「あ、えっと。その、き、帰宅部ですぅ……。」
「そうなんだ……。」
ああ、天使さま。
そんな、困ったような目でわたしを見ないでおくれ。
「じゃあ、私と一緒ですね!」
「はぇ、え……?」
「私もこれ、みたいな趣味があるわけでもないですから。なので家では基本ぼーっとしていることも多くって。だから一緒、です。」
「えぇ。」
いやいや……。一色さんとわたしとでは雲泥の差があると言いますかぁ。寧ろ、わたしみたいなゴミ人間と完璧美少女を同列にするのはおこがましいといいますか、◯にたくなってくると言いますか。
「私たち、おそろいですね。」
ま、眩しい……!
一体、この溢れ出る自信はどこから湧いて出てくるのか。どんな環境で育てば、このような天使が生まれてくるのか。世界中の研究者は人類の未来のためにも、彼女の生い立ちについて詳細な研究をした方が良いのではなかろうか。
天使は外見だけでなく、中身まで天使だったなんて。これじゃあ、わたしの立つ瀬がないじゃないか。天は人に二物を与えておいて、わたしには何もくれないだなんて。いったい、わたしが何をしたと言うのだ神様。
そんなことを考えながら、思わずぼーっとしていると。
「……かぁわいい。」
何故か、わたしの手をじっと握って離さない一色さん。
わたしの手、そんなにおかしなところがあるのだろうか。手の良し悪しなんて皆目見当もつかないから、なんだか緊張して手汗が出てきてしまいそうだ。
ううっ、はやく解放してほしい。
「い、一色さん?」
「ううん、なんでもないの。ごめんね。」
そう、わたしだけに聞こえる声量で呟いたのを最後に、一色さんはまた他のクラスメイトたちの輪の中へと戻って行ってしまった。
「?」
わたしは不思議そうに首を傾げるけれど、それ以上深くは考えなかった。あの一色さんが考えるようなことなんて、わたしには到底理解できないからね。
ただ去り際に見えた、怪しく揺れる一色さんらしくない瞳だけが、しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。
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