幕章-8

日本に帰る手段を見つけるという新しい、そして大きな目標を得てから僕は再度公爵様を訪ねた。


ちなみにこの案件に関しては僕たちの間で極秘扱いとなった。

当たり前だが、僕たち・・・というか、僕と愛美や愛理達が、召喚された者達のなかでかなり良い環境に身を置けているだけだ。


未だに保護区画では自分の将来に対してどう動いていけばいいのか、わからずに手探りで探して苦しんでいる生徒も沢山いる。

そんな者たちに、不確定要素の多い『日本との繋がりがある可能性が示された事案が発生した』となれば、その者達には確かに希望となりうるだろう。


しかしそれは同時に諸刃の剣ともなる。

もしこの案件がうまくいかなかった場合には、一度希望というものに持ち上げて、絶望のどん底に彼らを突き落とすことになるだろう。


そうなれば彼らは生きる希望を失ってしまうかもしれない。

うつ・・・だったか?それに近い状態であればマシだろう。

だが、もしその絶望で自殺を選ぶ生徒が出てしまったら・・・

いや、間違いなく少数名は必ずといって良いほどにその道を選ぶだろう。


その結論が出たため、極秘扱いとなったのだ。



それはともかくとして、面会した公爵様には僕のスキルの空間の中で、

僕たちのいた世界との繋がりがあったことを説明し、

召喚魔法についての説明を求めたが・・・


「すまない、レンジ殿。私たちは召喚魔法には聡くないのだ・・」

「理由を伺っても?」


「理由は簡単で、当初説明した通り『召喚魔法』は聞こえ良くそう呼んでいるだけのことだ。

実際には無関係な者を誘拐してくるという犯罪行為と何ら変わらない。

それゆえに邪法として定められて以降というもの、あらゆる文献はごく一部を除いて抹消されることになったのだ」


「ごく一部・・・とおっしゃいましたが、それに関してはどうなのですか?」

「その一部に関しても『召喚魔法というものが存在していたが邪法故に過去の詳しい文献は全て抹消された。以降研究などをすることも禁じられた』という内容だけが記された物だ。

故に詳しくは知らないのだ・・・」


「そうですか・・・・・」

失礼と分かってはいるが落胆を隠せずにいた。


難しい問題だ。

言うまでもなく僕たちはこの世界で生まれ育った者ではない。

当然、一国の歴史に対してすら詳しくないわけだ。

従って、手がかりを探そうにも、詳しそうな人に心当たりがあるわけでもない。

あくまでもそれ相応の地位の人に聞いてみるしか方法は無いわけだ。


「一応、他の貴族にも聞いてみたりはするが・・・成果はあまり期待できないであろうな・・」


それはそうだ。

何せ公国内において最有力貴族であるアルコーン公爵家の現当主ですら知らない情報というわけだ。

ならば他の貴族に聞いたところでその結果が大きく変わるとは思えない。


「その・・レンジ殿に質問なのだが・・・・・やはり、帰りたいのであるか?」


どうなんだろうか?

分からない。

僕はその気持ちをそのまま伝えることにした。


「わかりません。帰りたい気持ちが全く無いわけではありません。

ありきたりの一般家庭で育ってきましたが、両親に対する家族愛は当然ありますから。

反面、この世界で生きたほうがやれることも多い気がします。

だから帰りたい気持ちもありますけど、残ったほうがいいのではないか、と思う気もあるのです」


「そうか・・・・できることならばレンジ殿とはこれからも仲良くしたいところではあるが、レンジ殿は最初からこの国の・・・

いや、この世界の民というわけでは無いしな。

それを私が止めるのは筋違いというものであろうな。

何にせよ、後悔だけはしないようにするのだぞ?」


「ありがとうございます」


どこまでが公爵様の本音なのかは分からないが、心配する気持ちも少し伝わってきている。

それだけにその気持ちはありがたいものであった。


「それで、レンジ殿。

これからのことについてなのだが・・・・」


公爵様が話を変えようとしたとき、部屋の外がかなり騒がしくなった。

公爵様も怪訝な様子で扉を見ている。

すると勢いよく扉が開けられた。


「何事だ!客人との面会の最中であるぞ!」


「も、申し訳ありません!

ですが、可及的速やかにお伝えしなくてはいけないことがございます!」


公爵が客と定めた者との面会を差し置いてでも伝えなくてはいけないこと?

思わず僕は、僕の方に視線を向けてきた公爵様と疑問しか見えない顔で見合わせた。





それは内陸に囲まれた公国にとって極僅かに海に面した漁村が一夜にして異形の人型によって滅ぼされたという知らせだった。

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