1-6-9
朝になった。
宿の食事は高いため街の中で食事を食べることにした。
宿に泊まったのはあくまでもシャワー付きの宿に泊まりたいという思いだけで、べつに食事まで求めていたわけでは無いし、この世界の事情を考えれば味の質も多少の差はあれど雲泥の差というわけでもないだろう。
辺境伯様の屋敷へ向かった。
門番の兵士の人に
「エコラックさんの紹介で会ったレンジがきている。会いたがっている」と伝えてほしいと言った。
「今すぐに会うのは難しいと思うぞ」と言いながら聞きに行ってくれたようだ。
しばらくして戻ってきた兵士さんは
「今すぐにお会いになるそうだ」とのこと。
驚きながらも「とりつぎありがとうございます」と兵士さんにもお礼を言っておくことにした。
僕はすぐに客間に通された。
客間には既に辺境伯様がいらしていた。
依然と同じように執事さんはすぐに部屋から出ていく。
「まずはお忙しい中、急な面会をお願いし申し訳ありません。すぐにお会いになってくださいありがとうございます」
と挨拶をした。
「構わない。私もそろそろ君にもう一度会いたいと思っていたころだ」
どうやら辺境伯様も用事があるようだ。
頭を下げながら椅子に座り辺境伯様の用件からさきに聞きたいと伝えた。
「君から仕入れた塩や胡椒、そして2種類の砂糖はやはり好評だった。どれもが均一な品質になっていて入手ルートを探ってくるものもいたがそちらは突っぱねた」
と笑いながら説明してくれる。
やはりそうなるのか。
「だが私も領地経営する身だ。相手が公爵様でもなければ己の手の内はそう簡単には明かさんよ。それでだ、好評だった君の調味料を再度仕入れたいと思うのだがいいかな?」
「もちろんです。前回同様に勘定していただければと思います。細かい金額は切りのいい数字に落としていただいて大丈夫です」
「いいのかね?そんなに信用して」
「以前の取引から僕のもとに商品納入の話が他の人から来なかったということは秘密にしてくださったということでしょう。ならば辺境伯様を信じても問題は無いと考えました。」
「なるほど、ありがとう・・・いや、しかし責任重大だな。」
と若干苦笑いしながら納得してくれたようだ。
「それで、君の用件とは何かね?」
「はい、私はあの町で冒険者を始めてすぐに、ゴブリンの群れに出くわしてしまった4名の冒険者を助けました。その冒険者とパーティーを組むことになり、いろいろあり信用できると思い僕の事情を話しました。またその冒険者たちと討伐に向かった際にゴブリンの群れを発見し、これを討伐しました。
ついてはその方法を伝えるのと、必要な品をこの領都の範囲で買い取りをしていただきたいのです。費用は格安でお受けいたします。」
「その集落は複数のパーティーで殲滅したのだな?」
「いえ・・・迅速な対応が必要だと判断し、僕たち5人で討伐しました」
「・・・なるほど。その手法と必要なものを格安で販売してくれるという話か。しかし何故だ?その方法なら独占してしまった方がいいのではないかな?」
「以前辺境伯様がスタンピードについて示唆していました。過去にあっただけの話ならばそう言えばいいだけのことです。ですがそうしないで、示唆をしたということは領都でもスタンピードの可能性を考慮しているのではありませんか?」
「・・・なるほど。君は確かに商人の才があるようだ。敵に回さなくてよかったよ。
君の言うとおりだ普段は弱く数もそんなにでないエリアで、種類こそ変わらずとも出現数がかなり多くなったものが出ている。つまり以前と同じエリアでも段違いに危険度が高まっているということだ。スタンピードの可能性についてはこちらでも頭を悩ましている」
「僕が提案したいのはその有効な対処方法の一つです。全ての魔物に対して有効というわけではありませんが、嗅覚があるか、視覚のある魔物に対してであれば有効だと思います。スライムやトレントには通用しないと思いますが。」
「そうか、助かるよ。
スライムは数が増えてもさほど脅威にはならないし、トレントは移動速度が極めて遅い。そのためこの2つは大した脅威にはならない。
しかしゴブリン、ウルフ、オークは数が多くなると、そこそこのスピードで移動することも踏まえるとスタンピードになった時にかなりの脅威になる。
その対処方法が一つ増えるだけでもありがたいものだ。
して、その方法と効力は?」
「胡椒よりも刺激の強い調味料を粉にして、風の魔法を用いてあたり一帯にまき散らすやり方です。目や鼻といった部分から体内に取り込むと激痛が奔ります。
ゴブリン30体以上いた集落に投げ込んで討伐をしましたが・・・」
「地獄だな・・・・」
「トレーンさんにも同じことを言われました・・」
「わかった。そういうことならその品を買おう。これで数が多く比較的弱い魔物は何とかなるだろうな。しかしアレはどうしたものか・・・」
「アレ・・・とは?」
「魔物の森にはサラマンダーがいるのだ」
「サラマンダー?火竜ですか?」
「君の世界のサラマンダーは火竜なのかね?」
「いえ地球には魔法が無ければ魔物もいませんでしたので、おとぎ話の産物です」
「今度詳しく聞きたいものだな」
「機会がありましたら・・・・」
「話がそれてしまったな。サラマンダーというのは要は大きなトカゲだ。といっても動きは素早いし火を吐く。高ランクの冒険者や、名だたる兵士でなければ勝てん。
低ランクの冒険者を当てたところで被害が大きくなるだけだろう」
言われて考え込む。
僕は現在、薬剤、薬草、食料品や調味料、飲み物、そして車の購入が可能だ。
直接的に戦闘に使える物はかなり限られている。
となると新しい方法を考える必要がある。
薬剤となると酸の購入はできるだろう。
しかしあれは取り扱い注意の品物だ。
僕は専門家ではない。
加えて場合によってはそういうものが他の人の手によって使われることになる。
それによって味方に被害が出てしまっては意味がない。
薬草においても毒草を探し出すことはできるだろう。
しかし地面に毒草をまいたりすれば、そのあとそこの環境は破壊されるだろうから避けた方がいいだろう。
最悪の場合の方法としては確保したほうがいいかもしれないが。
飲み物はおそらく使えないと見たほうがいいだろう。
車はどうやっても目立ちすぎる。
僕の存在とスキルを世間に公表しなければ不可能だ。
そうなれば食料品や調味料でどうにかする必要がある。
足が速いならば、なにか動きを阻害する物が欲しいところだ。
直接縛るものでなくてもいい。滑ってしまったりするだけでもいい。
そこで閃いた・・・油だ。
サラダ油を大量に購入し何かに溜めておく。そしてそこにサラマンダーを誘い込み油で動けなくなったところを攻撃する。
ガソリンとは違いそこまで揮発性は高くなかったはずだ。
そのため爆発するといったことは無いだろうが、いくらサラマンダーが火を吐く魔物とはいえ、自身が丸焦げにされては生きられないだろう。
加えて作戦を実行したとしても、使う油をサラダ油にすれば、もとは植物性の油だ。
環境に対する被害も少なくて済むだろう。
「辺境伯様・・・油を使うのはどうでしょうか?」
「油・・・?」
「はい、油です。僕の世界にはサラダ油という、炒め物などの前に使うことで焦げるのをいくらか防止する調味料があります。触るとヌルヌルとしており、大量に足に着いたりすると滑ってしまうという特性があります。また可燃性の物質であるため直接着火すると大火事になる危険のあるものです。爆発したりといった効果は得られないでしょうが、全身油まみれになり、ロクに動けない状態のところに火魔法を放てば・・・」
「なるほど。確かに可能性は十分にある。それは購入できるのかね?」
「油の入手自体は簡単にできます。ですが問題はそれをためる物です。
おそらく地面に穴を掘って固めただけでは徐々にしみ込んでいってしまうでしょう。
そうなるとサラマンダーが入ってしまうだけの大きな鉄の入れ物が必要になると思います。漏れなければいいだけなので厚みはさほど必要ないと思いますが・・・」
「よし。その作戦で行こう。この事は・・・おそらく私自ら動いたほうがよさそうだな。レンジ君、すまないがもう少しこの屋敷に居てくれ。すぐに冒険者ギルドのマスターと商人ギルドのマスターを呼び出す。その間屋敷の者にご飯を用意させよう。レンジ君はご飯を食べながら待っていてくれ」
わかりました、と僕は頷いた。
その後辺境伯様の早馬によって各ギルドマスターが呼び出され、スタンピード対策と、一番の問題であるサラマンダー対策が伝えられた。
油は僕が用意するとして、商人ギルドは急ぎ薄くてもいいからサラマンダーが入るだけの鉄の容器を用意すること。
冒険者ギルドは唐辛子を使った作戦の概要を作っておくことや、人手を使って唐辛子の粉を沢山つくることを命じられた。
そのために僕の事情の一部も2人に話されており、同時に守秘義務に関しての説明もされていた。
そうして明日明後日には油や唐辛子を大量に用意し冒険者ギルドに納品しに行くことが決まり、そのための費用を受け取った。
今回もスタンピード対策に関する儲けは無しで、実質費用だけの請求を行った。
勿論塩や砂糖に関しては別枠なので、後日代金を支払ってもらう形になる。
ひとまずの対策を練ることができた僕は安心して、辺境伯様にお礼を伝えて屋敷を後にした。
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