1-6-7

翌朝。

おそらくしばらくの間この街を離れることになるだろうと思っていた僕は、それまで連泊し宿の中に置いていた荷物を全てアイテムボックスにしまい込んだ。

そして宿にまた戻ってくるつもりではあるが1週間か2週間ぐらいは戻らないと思うことを伝える。


「そうかい、行っちまうのか。ここまで長く泊まってくれた奴もとても珍しいからね・・・少し寂しくなっちまうね。まぁまた戻ってくるっていう話なんだ。

気が向いたら戻ってきな」


女将をやってるおばちゃんが少し名残惜しそうに言ってくる。

ここでさようならを言うのは少し違う気がした僕はあえてこういった。


「いってきます」


少し目を丸くした後、微笑むような表情を見せてくれた。


宿を出た僕はアビー達との合流場所に着く。

彼女らはまだ来ていない。

どうやら今回は僕の方が早いようだ。


待っている間に2つの疑問点を考える。

一つは重要な問題。

この世界とのつながりだ。

ファスペル辺境伯とこの世界において希少な物のやりとりを行い始めたということは必然的に公国の公爵家のもとにも情報はいきはじめているだろう。

もちろん辺境伯が情報を伝える公爵家を選定してある程度の情報統制をかけてくれてはいるはずだが、今後国の情勢を大きく動かすような力をもった家との接触は避けられない。

加えて王国と僕の事情だけでなく、王国と公国の事情を鑑みても、王国とは全面戦争に発展する可能性は十二分にあるだろう。

そうなると僕自身もその目的を果たすためには、公爵家の力を必要とする可能性が高い。


しかし公爵家とてタダでは動かないはずだ。

何か公爵家にとっても有益に考えられる品が必要になるはずだ。

何かいい品を見つけられれば良いのだが・・・


もう一つは問題というほどではない疑問だ。

僕か普段から使っているショッピングセンターにはなぜか砂漠をモチーフにしたポスターや壁紙等が多くある。

もうちょっと落ち着いた雰囲気の方がそれっぽいのになぜだろう・・・と思っていた。


考えごとにふけっているとアビー達がやってきた。


「ごめん。待たせちゃったかな?」

「いや僕もついさっき来たところだよ」

と無難な返事を返す。

狙ったわけでは無く色々考え事をしてたら時間の経過が短かく感じたのだ。

もしかしたら10分くらい待ってたのかもしれないが、感覚的には2~3分といったところであった。


「それじゃあ乗合馬車の停留所に行こうか―――「ちょっと待ってくれるかな」

「どうしたの?」

「別の移動方法があるんだ・・・だけどそれは僕の秘密を話すことが避けられない。

そしてその秘密はファスペル辺境伯様やこの街の商人ギルドマスター、冒険者ギルドマスターしか知らないことなんだ」


実際にはヒーレニカさんも知ってはいるんだけど・・・


「だからできれば・・・」

「―――わかったわ。こないだ見せてくれたスキルに関連する物なんでしょ?誰にも言わないわ」

「もちろんそれは間違ってない。だけどその情報だけじゃ、きっと皆は疑問点が尽きなくなる。だからもう一つの秘密を話したいと思ったんだ。もちろんこれは短期間とはいえ僕のことを話さないでくれた皆を信用してのことなんだ。だから・・・」


「レンジ。大丈夫よ。私たちは誰にも言わないわ。」

いつの間にかうつむいていた顔を上げると優しく微笑んでくれている彼女たちがいた。

「レンジ。もう一度言うけど私たちは貴方に助けられた身よ。あそこで貴方に助けられていなければ私たちは悲惨な死に方をしたと思うの。貴方がそのことに対してどういう評価を下しているのかはわからないけれど、私たちはその恩に一生かけて報いたいと思っているわ。少なくともレンジの秘密を守ることだけで、その恩に報いたなんて思わないわ」


「ありがとう・・・皆」


この時に僕の感情は変化していた。

当初はこの世界に迷い人という形で転移してきた異世界人であることだけを伝えようと考えていた。

しかし、彼女らになら話せる気がする。

僕は召喚勇者たちの落ちこぼれであることを話すことを決意した。


人気ひとけがほとんどない街道のところまで来たところで、僕は彼女らに秘密を打ち明けた。

ここ最近でファスペル辺境伯との対談により、高まった可能性についてもだ。

戦争のことに関しては明言しなかったけど、たぶん噂話と照らし合わせて彼女らにも気づかれるだろう。


「何それ!?勝手に呼び出しておいて使えないと思ったらいきなり追放なんて信じられない!それにそれは勇者召喚っていう言葉を使った拉致よ!犯罪よ!」


僕の説明を聞いた彼女らはアビーをはじめとして皆が怒っていた。


「レンジ。辛かったね。大変だったね。私たちではその苦しみを分かってあげることはできないと思う。だけど改めてもう一度言うわ」



「何かあったら言ってちょうだい。私たちにできる範囲で協力するわ」




僕は彼女らの優しさに、今までため込んでいた感情が漏れてしまっていた。

気づいたら僕は泣いていた。

有益なスキルが得られたとは言え、見知らぬ土地で見知らぬ人たちの中で強く、一人で生きていかねばならなかった僕は、ずっと強さの仮面をかぶり続けていた。

僕は天神君のように勇者ではない。

単にこの世界における能力の話だけではない。

前の世界でも彼は人気者でいろんなことができる勇者だった。

しかし僕はただのだ。

僕の心は限界になっていたのだろう。

みっともないことかもしれないが、彼女たちの前で僕は泣いてしまった。

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