2-1-2
ファスペル辺境伯が送り込んだ隠密から、王国軍が進軍準備を始めたとの知らせが入って1週間がたった。
僕はホームに戻っていて周辺の森でひたすらステータスの強化に取り組んでいた。
王国軍が召喚した勇者集団を自軍の侵攻戦力として考えてる以上、
王国軍の侵攻に伴いかつてのクラスメイト達との戦闘を考えなくてはいけない。
ましてや王国軍の一般兵士だけを相手にするのではなく、勇者召喚で僕と同じように特殊なスキルを持った存在を相手にすることを前提とする。
さらに僕のスキルは基本的に商人向け・・・というか経済活動向けで、軍事力として直接的に使えるものではない。
今日は久しぶりにアーガスト王国とデミウルゴス公国の国境線に近い森での狩りを行っていた。
この辺りはファスペル辺境伯領内に位置し、同時に公国の領土となってる魔物の森とは別の森だ。
ゴブリンやウルフ、オークといった魔物は存在するが、リザードマンといったような危険な個体は生息しないことになっている。
実際のところはどうなのかわからないが、少なくとも今現在リザードマンクラスの魔物が出現したという報告は入っていない。
オークに至ってもそれほど数が多いわけでは無く、スライム、ゴブリン、ウルフといった少数であれば駆け出しの冒険者パーティーであれば、さほどの危険を伴わずに討伐できる魔物が生息するエリアだ。
たまに群れが形成されてるらしいが、基本は放置となっている。
というのもここは国境線に近いところであり、軍や半分国家機関の冒険者ギルドを群れの討伐で動かしてしまうと王国を刺激してしまうことが懸念されているからだ。
特に以前から噂が持ち上がっており、最近では上層部は『王国が戦争準備に入った』ことを知っているのも、その懸念を強くしている。
下手なことをしてこちらが既に王国との戦争に備えていると察知されると、侵攻は激しくなり罪のない民が沢山殺されてしまうことが予想されるからだ。
何にせよ僕も公国においては知る人ぞ知る程度の知名度になってしまっている。
それだけに国境線に不用意に近づいで王国を必要以上に刺激するのは避けるようにしていた。
スライムやゴブリンを討伐しながら国境警戒ラインのギリギリを進んでいく。
そろそろ街に戻ろうかと思い踵を返した時にわずかに金属がぶつかり合う音と、大きな爆発音が聞こえてきた。
方向はアーガスト王国の方だ。
本来ならば引き返して情報だけを冒険者ギルドに連絡するのが好ましい。
しかし無性に胸騒ぎがした僕は、戦闘音のする方向へ駆け出していた。
戦闘が行われている場所がギリギリ見える草陰に隠れて覗いてみる。
冒険者のような服装をした女性がゴブリンと戦っている。
どうにも冒険者側の方が劣勢のようだ。
可哀そうだとは思うが引き返そうと考えた。
王国が戦争準備に入ったということはあちらの冒険者ギルドも戦争準備に入っているはずだ。
だとすればあの冒険者たちは公国所属の冒険者の可能性が高い。
しかし公国内の冒険者ギルドでは高まる緊張を懸念して王国国境付近にはあまり近づかないように通達がされている。
特に警戒エリア内に入るのは厳禁とされている。
冒険者は自己責任だ。
彼女達には悪いが、僕の感情や彼女たちの運命の為に、公国の民の全てを危険にさらすわけにはいかない。
そう思いその場を離れようとしてとどまった。
まて・・・よく思い出せ。
この世界の人たちの特徴を。
この世界には確かにいろいろな肌の色や、髪の色の人がいる。
だが自分と同じ黒髪のひとを見かけたことはあるのか?
いや・・・一切ない。
ならば今あそこでゴブリンと戦っている黒髪の女性冒険者と思われる人たちは何だ?
そこまで考えてようやく答えに辿り着いた。
あれは召喚された勇者たちだ。
しかし妙だ。偵察にしてはまともな隠密系の装備をしていない。
侵攻を企てる戦力にしては数が少なすぎる。
それに女性だけでパーティーを組んでいるのも妙だ。
もしや・・・と考えにくい思いが募る。
確かに僕はすぐに追放された。
その時点で使い物にならないことが分かっていたから。
でももし後々使い物にならないことが判明したら王国はどうする?
その可能性に行き当たった時に僕は思わずゴブリンたちの方に駆け出した。
そして最悪なことに女性冒険者たちは既に意識を失ったようだ。
このままでは彼女たちはゴブリンの巣に連れ去られ、人知れずに尊厳を踏みにじられながら死にゆく運命になる。
ゴブリンの数は5体。
アビー達を助けに入った時と違って、女性冒険者自身を助けた後の戦力として使うことはできない。
1対5の戦闘だ。しかし僕にはリザードマンとの戦闘経験がある。
あれに比べれば大分マシだろう。
それでも油断するつもりはないが・・・
一気に距離を詰めゴブリンが振り返る暇もなくまず1体。
こちらの存在に気付いて体を向けようとしている間に2体。
体を向け終わり武器を振り上げようとしている間に3体。
振り下ろされた武器を、盾も用いて躱しながら4体目を。
急いで再度武器を降りかかろうとした5体目を倒す。
かなりの無茶をしている自覚はあるが、体勢を立て直される間に殲滅していく必要がある。
呑気に睨み合いをする余裕を与えるつもりはなかった。
そして静寂が戻った森の中で改めて彼女たちをみる。
それは紛れもなく僕と同年代の日本人の少女たちだった。
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