1-5-5

トレーンさんが来てすぐに個室に移された。

これもどこかで見たような気がする。


「俺はこの街で冒険者ギルドのマスターを務めてる、トレーンだ。

まずはよろしくな」


「よろしくお願いします」


「話は大雑把に辺境伯様から聞いてるぜ。

もとは商人ではあったが事情があり冒険者を目指すって話だな。

いきなりで悪いが冒険者になる覚悟はできてるか?

言っちゃ悪いが商人は失敗しても、そのミスで死んだりすることは少ない。

奴隷落ちとかはあるけどな。

でも冒険者は少しのミスが死につながるぞ?

それをわかってて言ってるのか?」


僕はすかさず頷く。


「そうか。わかってるならいい。

冒険者同士での諍いは基本的に禁止されてる。

冒険者のやることはあくまでも、魔物を討伐したりして、町を守るのがメインだからな。

冒険者同士で喧嘩して、怪我しちまっても何も意味ねえどころが不利益しかないからな。」


「商人ギルドでのランクが基本的に商人としての格、即ち年会費をどれだけ収めたかによって決まるのに対して、

冒険者ギルドでは所属ランクの依頼、あるいはそれ以上の難易度指定をどれだけこなすか、あるいはどれだけ民や他の冒険者を守れるかで決まる。

商人の力の指標が金ならば、冒険者の力の指標は守り抜く力だ。

冒険者は原則として魔物などの脅威から民を守るための、完全に国家機関の軍とは違う半分民間半分国家機関の戦闘集団だからな。

そのため原則として、国の命令か法律の範囲内でしか活動しない」


僕は黙ってうなずく。


「とはいえ半分国家機関ってことは場合によっては戦争に駆り出されることもある。そのため冒険者が活動する場所は基本的に、自分が根を下ろした国家かあるいはその友好関係にある国家になる。

傭兵と違うのは、傭兵は金だけで動く戦闘集団。

そこに善悪は関係ない。

流石に一個人からの犯罪の依頼を受ける集団は極僅かだが、戦争という大義名分があれば傭兵は基本的に金次第では何でも受ける集団だ」


「んで何が言いたいかというと、俺たちは基本的には魔物や猛獣のように民を脅かす脅威と戦うのが仕事だ。

だが場合によっては戦争という、ある意味合法の人殺しをしなくてはいけない場合があるってことだ。

商人ギルドは国家の枠組みを超えた機関だが、俺たち冒険者ギルドは国家の枠組みに入っちまってる。

だから、いざというときに君は人を殺す覚悟を決める必要がある。

そして生き方として商人を優先するのか冒険者を優先するのか決めておく必要がある。

今すぐ決めろってわけじゃぁない。

だけどいつかは決めておかなきゃならねえ」


言われて改めて気づく。しかし僕の気持ちは既に決まっていた。


「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。

僕のことをどう聞いているのかはわかりませんが、僕は隣のアーガスト王国に問答無用で捨てられ、デミウルゴス公国に救われた者です。

たぶん最近の噂を気にして心配してくれているのでしょうけど、僕は基本的に公国につこうと考えています。

それにその方がきっと公国の為だけでなく、僕の個人的な事情の為にもなると思っていますから」


と8割くらい本当の気持ちで言った。

残りの2割は何なのか。答えは簡単だ。

僕がアーガスト王国と戦うことを決めた最大の理由は僕を捨てたことそのものじゃない。

それは追加されただけの理由の一つでしかない。

僕の願いは「かけがえのない友人を守るためにアーガスト王国と闘う」

逆を言えば残りの2割の中に、その友人を駒のように扱うのであれば公国とも敵対するということだ。


もちろんロッサリーさんやエコラックさん、ファスペル辺境伯のようにこの国でお世話になった人もいる。

でも公国は元々小規模な国家がいくつも連合のようなものを組み、共同運営のような形で存在する国家だ。

早い話が、彼らと完全に敵対しないで済む戦い方をすればいい。


「・・・・・・・・・・・そうか、それならいい。

俺たち冒険者は基本的に軍の枠組みに完全には捕らわれず、自由に生きることを選んだ人間だ。

自分にとっての1番を見失うなよ?」


トレーンさんは長い溜めの後に言った。

おそらく具体的な内容には気づいてなくても、僕が腹の中で考えていることにおおよその検討はついているのだろう。

将来、敵になってしまう可能性もゼロというわけでは無い。

でもこの人はきっと本当の意味で自由なんだ。

自由だから何物にも縛られず、自分自身の価値観に従って僕に警告してくれている。


願わくば、この人達と敵にならない未来が訪れますように・・・

そう願わずにはいられなかった。


おそらくこの人には僕の秘密を言っても問題ないだろう。

僕が冒険者になりたい本当の目的も言っても、積極的に敵対しようとは考えないだろう。

仮にトレーンさんから絶対の信用を得られなかったとしても、僕はこの人も信用したい。

そう思った僕はこの人に秘密を明かすことにした。


「申し訳ないですが、トレーンさんにだけ話したいことがあります。2人きりになれませんか?」


そうして何かを察したのか担当職員さんを外に出して2人きりになってくれた。

僕が本当の意味で怪しい人間だったら初対面の人間と2人きりにはならないはずだ。

たとえそれが辺境伯様からの紹介であったとしてもだ。

冒険者も商人も自己責任だ。

そして冒険者はその責任の落としどころが自分の命になるのだから。




僕はトレーンさんにこの世界に召喚された経緯からここに来るまでのすべてを話した。

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