第2話 目力

 真田正則は、その日仕事が休みで、別に何もすることもなく時間を持て余していたが、一人自分の部屋にいるのは嫌だった。

「俺は貧乏性だからな」

 学生時代からあまり友達はおらず、友達ができたとしても、その他大勢の中の端の方に追いやられるだけの、

「形だけの友達関係」

 だったのだ。

 そんな友達関係にほとほと嫌気がさしていた。かといって、自分から友達を作ろうという気はしない。小学生の頃は、自分から声を掛けなくても、いつの間にかそばに誰かがいた。そんな正則をクラスメイトは、

「お前は本当に不思議なやつだな」

 と言っていたが、正則はそれを悪い方には解釈しなかった。

――これといって特徴のない俺に、友達がついてくるのが不思議なんだろうな――

 と思っていた。特別なことをしなくても、友達というのは、勝手に自分に寄ってくるものだと思っていることで、それ以降も、自分から友達を作ろうという努力をしなかった。

 それどころか、余計なことをしない方が友達はできるものだと思ったことで、元々内に籠る性格だった彼のそんな性格を確立させることになったのだ。

 そういう意味では正則の性格のほとんどは、小学生の頃にすでに確立していたのだといっても過言ではないだろう。

 小学生時代というと、正則には人に言えない過去を持っていた。

 そのことにはまだ触れることはできないが、それが正則にとって運命の出会いをすることで、大きなトラブルを引き起こす火種になるとは、思ってもみなかった。

――やっぱり内に籠る性格になってしまったのは、あの時からだ――

 正則には、その意識はあったが、その頃から前後して、急に友達が自分から遠ざかっていったのだが、当の本人である正則は、すぐにはそのことに気づかなかった。

 気づいた時には、

――別に友達なんかいなくてもいいや――

 と思うようになっていて、今まで自分が信じていたことや感じていたことが間違いであったのではないかと感じ始めていた。

 しかし、感じ始めた中で、その思いを否定しようとする確固たる自分がいるのも事実で、どちらの感情が強くなるかで、まわりに対しての印象も違っていた。まわりから、

「あいつは二重人格だ」

 と言われるようになったのはその頃からで、二重人格の何たるかを知らぬまま、まわりから言われていることに対し、素直に、

――俺は二重人格なんだ――

 と、勝手に思い込んでいた。

 実は、思い込むことの方が気が楽なこともある。下手に余計なことを考えないで済むからだ。

 二重人格とまわりに思わせるのは、この、

――下手なことを考えないで済む――

 という気持ちが、無意識にまわりに流される自分を演出し、その影響でまわりから、

「二重人格だ」

 と思われるのかも知れない。

 だが、正則はそんな時、

――二重人格というのは、ある意味都合のいい性格なのかも知れない――

 と感じていた。

 まわりからあまりいいようには思われないようだが、自分が「逃げ」に入った時、これほど「つぶしの利く言い訳」はないだろうと思えたのだ。

 子供の頃は、人から何と言われようと、あまり気にしないような性格だった。それが中学生になった頃から、急にまわりの目が気になるようになってきた。しかし、大学に入った頃からは、今度は小学生の頃のように、まわりの目を気にしなくなっていた。大学に入ってからというのあ¥は、まわりを見ていると感じてきたことなのだが、

――いろいろな性格の人がいても、それはそれでいいではないか――

 と思うようになったからである。

 大学時代というのは、幅広く何でも考えていいのだと思っていることから、敢えて人からあまり友達になりたいとは思われないような連中に、自分から近づいていくようなことがあった。

「あいつはあまのじゃくだ」

 と言われるようになったのもその頃で、別にあまのじゃくが悪いことだとは思っていなかった。

 だから、性格が小学生の頃に戻ったわけではなく、グルッと回ってきたことで、元に戻ったように見えるだけで、実際にはかなり違うところに着地していたのだ。

「小学生の頃の自分は、あまり好きじゃない」

 と、人から小学生の頃のことを言われると、そう答えてから、それ以上何も語ろうとはしないに違いない。

 正則は、小学生の頃を、自分の中でのブラックボックスだと思うようになり、その頃の話は、自他ともに避けるようになっていた。他人が昔の話をし始めたとして、自分に関わりのある話に展開すれば、

「ごめん、用事ができた」

 などと適当なことを言って、その場から立ち去っていた。

 もちろん、まわりも正則が適当なことを言っているのを分かっているので人によっては露骨に嫌な顔をするかも知れないが、そんな顔をされるのを覚悟しながらでも、それでもその場にいたくはなかったのだ。

 そのおかげで友達も少なくなり、まわりにいるのは、昔の自分を知らない連中ばかり。小学生の頃の自分を知る人は、少なくともまわりにはいなかった。

 その日は、いつもの休みの人変わりなく、一人で出かけた。何かをするというわけではないが、一旦出かけることを戸惑ってしまうと、出かけるのが億劫になってしまう。そんな時に限って、昼過ぎ頃に、

――さっさと出かけておけばよかった――

 と後悔してしまうのである。

 休みの日に出かけるとすれば、部屋を出るのは朝の十時までには家を出るようにしている。ただ、平日に休みが多い正則は、あまり早く出かけることはしない。理由は、言わずと知れている。ラッシュの時間を避けたい一心だったのだ。

 そのためには八時半から九時くらいまでが一番電車に乗るには都合がいい。九時半を過ぎると今度は百貨店や専門店の開店に合わせて出かける人たちの波に呑まれてしまう。ただ出かける時間が絞られた方が、行動しやすいのもある。出勤の日と休みの日、時間は違えども、最適な時間を自分なりに模索し、そのおかげで休みの日であっても、不規則な日にならなくてよかった。

 時間に対してルーズになると、一日が台無しになるということも自分なりに分かっていた。だからこそ、昼から出かけることが億劫になってしまうのかも知れない。億劫になるのは別に性格がずぼらだからではない。いつも規則的な生活をしている人にとってのリズムを崩すことが影響しているに違いない。

 その日は、まず珍しくお腹が空いていたことで、喫茶店でのモーニングサービスを食べることにした。馴染みの喫茶店にはなっているが、モーニングの時間に立ち寄るようになったのは最近のことだった。

 大学時代には、よく喫茶店に立ち寄ってモーニングサービスを食べていた。スポーツ新聞を読むのも楽しみで、別に好きなプロ野球球団があるわけでもないが、嫌いな球団はあり、そのチームが負けた時に新聞を見るのは楽しみだった。

 ただ、気になるのは、さすが人気球団、勝ったチームよりも、人気球団が負けたことの方が見出しになる。しかも、痛烈な皮肉付きである。正則の心境は、微妙に複雑な思いがしていた。

――楽しいと思っていることが、相手の思うつぼだったりするのも癪だな――

 と感じていた。

 相手は、新聞を買ってくれればそれでいいのだ。新聞を買った人が見出しに対してどのように思うか、一喜一憂それぞれだ。いちいち一人一人の気持ちを考えるなど愚の骨頂、思うつぼに嵌りさえすれば、読む人間がどのように感じようと、そこは関係ないのだ。

 その日は休みということもあり、時間に余裕を感じていたので、家から持ってきた文庫本を読むことにした。最近はあまり時間がなく、あまり本を読んでいなかったので、持ってきた本を読むのも、かなり久しぶりだった。どこまで読んだのかは挟んであった栞を見れば分かるが、内容に関しては、克明に覚えているわけではない。

 数ページ前から読み返していけば、だいぶ分かるようになっていた。今回初めて読み始めるページまで来たときには、すでに読み始めてから三十分近く掛かっている。

 食べながらというのも時間がかかった理由ではあるが、実際に掛かった時間に比べて感覚的には短いもので、モノの十分くらいの感覚でしかなかったのだ。

 実際に新しい部分を読み始めると。今度は時間が経つのがさらに早くなっていた。同じ十分くらいの感覚でも、実際には一時間かかっていたりする。ただ、それは感覚が狂っているだけで、

――時間が早く感じられる――

 と感じていたことが本当のことだったのだ。

 読んでいる本がSF小説だというのも、皮肉なものだった。今から数十年前の小説ばかりを読んでいる。最初はミステリーだったあが、最近はSFに興味を持った。もし読んでいる本が最近の本だったら、SFに興味を持つことはなかっただろう。

 最近の小説はライトノベルが多いことから、SFというより、ファンタジーなどのような小説が多いような気がしていた。昔からの本格SF小説もあるのだろうが、売れるのはどうしてもファンタジー系の小説だ。それを思うと、最近の小説を読もうとは、今さら思わない。

――古き良き時代――

 そんな小説を昔からの純喫茶で読むというのも実に乙なものである。

 駅前から少し入ったところにある、いわゆる裏通りへの細い道、

「こんなところに客が来るのか?」

 と思ってしまうほどの寂れた場所ではあるが、休みの日に立ち寄ると、客は結構いたりする。

 それもそのはず、ほとんどが常連さんだった。

 表通りに面したところの商店街の店長さん関係が、朝のコーヒーを飲みに来ている。

 皆顔見知りのはずなのに、話をしている人がほとんどいないのがこの店の特徴だ。正則も、常連と呼ばれるようになってから、マスターとはよく話をするが、休日の朝、つまり今日のような日に来る客層に関しては、マスターから事前に聞かされていた。

「皆静かにしてはいるんだけど、これでも、ほとんどの人が商店街に店を構えている天功さんばかりなんだ」

 と教えてくれた。

 マスターは、元々洋服屋をしていたということだが、何を思って喫茶店に変えたのか分からなかった。もちろん、前の店は閉めて、売りに出されていた喫茶店を買い取ったあ形になっているのだから、

――奥に入り込んでしまった――

 という気持ちは拭えないだろう。

 しかし、それでもマスターにはマスターなりの考えがあるようで、

「僕はこの場所が気に入っているんだよ。昔ながらの喫茶店というのも好きで、自分が客なら、絶対に常連になるというような店を探していたんだよ」

「前の洋服屋は、表通りで?」

「そうだよ、今の店長さんも今はここの常連さ。お互いに商売の話をすることはないけどね」

 その話を聞いた時、この店で常連同士があまり話をしない理由が分かった気がした。お互いに話をするとどうしても、気を遣ってしまう。理由は、

「接客業の悲しい性」

 というところであろうか。

 マスターが以前は洋服屋を営んでいて、表通りで店を構えていたという話を聞いた時に、そのことにピンときたのだった。

「でもね、会話をすることはなくても、お互いに無言の会話が成り立っているような気がするんだ」

 と、マスターは話していた。

 会話というものは、声に出すだけではない。時としてアイコンタクトで成立することもある。しかし、正則は最後は声に出さなければ本心は分からないと思った。

――声には抑揚というものがある。目を瞑って抑揚を聞いただけで、表情が思い浮かんできそうだ。だが、目を見るだけで分かることもある、それが目力というものなのかも知れない――

 と思っていた。

 その日は、常連の人どころか、他の客もあまり見受けられなかった。マスターはそれでも忙しそうに立ち回っていたが、今日がどうしてこんなに人が少ないのかを訊ねてみると、

「もうすぐこの町内で祭りがあるんですよ。商店街の人は皆準備に駆り出されているので、朝は結構忙しいんじゃないかな?」

 と言っていた。

 今までは、店を開けて少ししてから、客の動向を見て、後はパートの女の子に任せて、この店に来ていた店長さんが多かった。示し合わせてもいないのに、皆同じくらいの時間に来るのは、最初こそ皆バラバラだったかも知れない中で、引き寄せられるような何かがあったからなのかも知れない。

――バイオリズムかも知れないな――

 業種は違えども、同じ商店街で店を構えている人たち、慣れてくると時間を図ることができるのか、同じパターンを頭に思い描いていたら、無意識にでも、同じ時間に集まるというのも、不思議なことではない。

 平日が休みの生活にも次第に慣れてくると、他の人が仕事のパターンを客観的に見ることができる。普段、会社勤めをしている自分とは、ずいぶんと違った毎日を送っている商店街の人たちであるが、他人事のように思えなくなっていた。

 普段は、人がいると、人間観察をしてしまうのだが、誰もいないと、何をしていいのか分からなかった。いつものように文庫本を開いて読んでいても、どこか上の空だった。

 それなのに、時間だけが過ぎていた。

 時計を見ると、すでに昼前になっていた。もうすぐランチの客が入ってくる時間だった。

「今日はそろそろお暇しよう」

 と言って、勘定を払って表に出た。

「あら、真田さん。今日はお早いのね」

 朝からのアルバイトの女の子が、ちょうど買い出しから帰ってきた。いつもならもう少しいるのだが、今日はすぐに店を後にした理由の一つに、アルバイトの女の子が買い出しに出かけているという話を聞いたからっだった。

「ああ、君がいないからね」

 半分は冗談だが、半分は本気で答えた。彼女はそれを受け流すかのように、

「じゃあ、もう少し待っていてくれればいいのに、私が買い出しに出てるのは、マスターから聞いて知っていたのでしょう?」

 図星だった。

 ただ、皮肉を言われるのも悪くはない。今まで皮肉を言ってくれるような女の子がそばにいなかったのだ。本当は彼女は別に皮肉を言ったわけではない。相手が女性の場合、少々の会話で、皮肉を言われたと思うこと自体、どこか正則には捻くれたところがあった。

 しかし、正則はその時、店の表で帰ってきたアルバイトの女の子とバッタリ出会ったことが、その日の始まりだということを意識していた。喫茶店でモーニングを食べたことがまるで無のように思っているわけではないが、彼女と表で出会った時、その日の運命が決まったような気がしたことが、

――一日の始まり――

 という思いに至ったのかも知れない。

 喫茶店の表に出たのは、十一時を少し過ぎた頃だったらだっただろうか?

 映画にはまだ早いと思い、駅前のゲームセンターに立ち寄った。喫茶店を出た時には何ともなかったのに、表を歩いているうちにお腹の具合が少しおかしくなったのだ。ただ、痛みがあるというわけではなく、感じたお腹の張りは、我慢し過ぎたのが原因だったようだ。

 ただ、ついさっきまでは何ともなかったのに、その日は急にお腹が張ったりと、体調としては最悪な日だった。喫茶店のトイレに立ち寄ってスッキリさせると、映画を見るにはちょうどいい時間となっていた。

 ゲームセンターを出てから映画館に入り、二時間ちょっとの上映時間。普段よりもかなり時間が掛かったように思えてならなかったが、時間的にはまだ昼下がりと言ってもよかった。

 駅を横切り、朝立ち寄った喫茶店の前に差し掛かると、

――もう一度寄ってみような――

 という衝動に駆られた。

 今までなら同じ喫茶店に一日に二度も立ち寄るということはしたことがなかったが、それは何か格好の悪さを感じていたからだった。だが、常連になっている店であり、店側からすれば、一日に二度も来てもらっているのだから、感謝されこそすれ、煙たがられることはありえない。

「ガランガラン」

 喫茶店の扉を開くと、いつもは気にならない鈍い鈴の音が聞こえた。

――最初の頃は気になっていたはずなのに――

 最初はその鐘の音を聞いていると、アルプスの羊飼いのイメージが頭の中に湧いていた。子供の頃に見たアニメのイメージが頭の中にあるからだった。

 表はまだ日は高く、少々歩いただけでも、背中にグッショリと汗が滲んでいた。まだそこまで気温が高いわけではないが、ここまで汗が背中に滲むというのは、それだけ背中に当たる陽ざしが強かったということであろう。

「いらっしゃいませ」

 聞き覚えのあるその声は、ついさっき話をしたアルバイトの女の子だった。声の調子はいつもと変わりはなかったが、顔を見た時に感じた安堵感は、その日、何となく普段よりもキツイ身体に元気を与えてくれているかのようだった。

 その日見てきた映画、本当は女性と見るのが一番いい映画だった。その証拠にほとんどの客がカップルで、女性一人の客はいても、男性一人の客はいなかった。館内が暗かったからよかったものの、明るいところであれば、どれほど自分一人が浮いていたことだろうか。

 正則は一人で映画を見ることや、喫茶店に入ることには、ほとんど抵抗を感じない。まわりが気にならないと言えばウソになるが、一人で気ままというのも悪くはない。何よりも、

――一人で優雅に――

 と自分自身が感じていることが肝要だった。一人を孤独と思わないことが、彼女のいない自分への言い訳だった。満足していないことでも、適度なところで妥協するというのも、一人になった自分を、客観的に見ることができるからである。

 映画の内容は、正直あまり覚えていない。

――覚えておこうと思わないようにしよう――

 と、意識して感じているからなのかも知れない。以前は映画を見て感動することはなかったが、その頃は、映画の内容をしばらくは覚えていた。しかし、覚えられないようになってから、映画を見て感動するようになった。それはテレビ番組でも同じで、ドラマなど、一度見た番組を二度も見ようとは思わない。だから、自分の部屋にあるテレビで、録画することはなかった。

 もう一度戻ってきたことで、時間も朝に戻ったかのような錯覚を覚えたが、朝最初に店に入った時間に戻ったわけではなく、一度店を出た十一時過ぎくらいに戻った気がした。

 そう、ちょうど店の前でアルバイトの女の子と出会ったあの時間に戻ってきた気がした。それを思うと、映画を見たという事実が、その日の記憶から消されてしまいそうで、複雑な心境になった。

 確かに、映画の内容は覚えていないが、映画を見て感動したという感覚だけは残っていた。

 今までにも同じ思いを感じたことがあった。

 あれは大学時代に、付き合った女の子と一番最初のデートに映画を選んだ時のことだった。映画館に入っても上の空、スクリーンを見ていたつもりなのに、頭の中では、彼女と二人、横に並んでスクリーンを見ている情景が思い浮かび、記憶として生々しく残ったものだ。

 そんな記憶が残っているのだから、映画本編の記憶など、すっかり消えてしまっていた。彼女ができたことが有頂天となり、自分が味わっている彼女との楽しい時間は、主観的に見ればぼんやりとしてしか記憶に残らない。だから、あくまでも客観的にしか感じようとしないようになってしまった。

 映画の内容を覚えていないというのも、そのあたりに理由があるのかも知れない。有頂天になることが他にあれば、そちらの方に集中してしまうのは当たり前だが、そんな自分をさらに客観的に見るのだから、自分の物語に集中してしまい、映画どころではない。

――俺は、一つのことに集中すると、他のことが見えなくなる――

 その思いが心の中にあり、いつも感じている。

 映画を見て感動した時など、内容を覚えていないのは、

――覚えないようにわざと心がけている?

 と思うのも、自分を客観的に見たり、見れる範囲が狭かったりするからであろう。

 その日の映画の内容で、覚えている個所と言えば、

――男性主人公が道を歩いていて、その後ろから声を掛ける女性がいる――

 そんなシーンだった。今から思えばその作品は、終始、男性主人公の「目」に映し出された光景が、そのままスクリーンに映し出されている。確かラストシーンは、男性主人公の「目」というカメラが、プツンという音を立てて消えてしまったところで終わっていた。スタッフやキャストの名前がしたから上にロールアップされてくる映画ではおなじみのシーンが映し出されても、すぐには、

――これがラストシーンなのか?

 と感じたほど、最後は意外な内容だった。ラストシーンからおなじみの場面に変わっても誰も席を立とうとしない。誰もが、意外なラストに、席を立つことすら忘れてしまっているかのようだ。

 実はそのシーンがまるで映画のラストシーンのように思えていて、、内容は忘れてもそのシーンを覚えていることで、

――感動的な映画だった――

 という意識は残っている。

 ただ、今までに映画の内容を忘れてしまったと思い込んでいたが、時間が経つにつれて、映画を次第に思い出すこともあった。その記憶は一度だけのもので、他には一度もなかった。

――感動した映画の中でも、さらに異色な感じを受けた映画だったに違いない――

 内容を思い出しては行ったが、映画を見た時、そして見終わった時に、自分がどのような印象をその映画から持ったのか、後になってしまうと分からなくなっていた。それでも少しでも思い出すということは、それまでにないことで、思い出す中の何かに、自分の心が打たれたのだろう。

 後から思うと、それが最初に思い出したことだった。最初すぎて、すぐに通り過ぎてしまった感情。

――えてして思い出せないというのも、本当は思い出していて、気づかないうちに通り過ぎてしまっているのかも知れない――

 と感じていた。

 もし、その時に思い出すこともなく、ずっと思い出せないのだと今でも思っていれば、永遠にこんなことを感じることはなかったかも知れない。それがいつのことだったのか記憶にはないが、

――夢を見ているという夢を見ている――

 という、まるで禅問答でもしているかのような感覚だったが、夢を見ていることと、忘れてしまう感覚とがリンクしているわけではないことは分かっていた。なぜなら、夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだからである。しかも、忘れていくことを目が覚めながら意識しているにも関わらず、忘れてしまうことに歯止めが掛けられない。意識すればするほど、どうにもならないこと、それが夢と現実の間にあるどうしようもない果てしない壁のようなものなのではないだろうか。

 ただ、夢というのは、

「怖い夢ほどなかなか忘れないものだ」

 という話をしているのを聞いて、目からうろこが落ちた気がした。まったく同意見の人がいることを知った時、

――自分だけじゃないんだ――

 という思いから、胸が躍ったのを思い出した。

 しかし、同時に、

――夢というのが人それぞれのもので、一種の個性のようなものだ――

 とも考えていた。

 その考えが、この話を聞いた時、手放しで喜べない気がした。いつもであれば同調し、会話に花を咲かせようと思ったかも知れないが、つい思いとどまってしまったのは、孤独と個性という言葉が頭に引っかかったからだ。

 もし、あの時、会話をしていれば、自分の中にある内に向けられた性格が、少しは外に向けられたかも知れない。しかし、そのことが自分の信じている自分の中の個性を否定することにでもなれば、きっと自分で自分を許すことができなくなるであろう。そんなリスクを犯してまで、人と意見を戦わせようとは思わなかった。

 その日の映画は、あまり印象に残っていないが、どこかでまた思い出すような気がしていた。その時こそ、

――思い出す最初のことを意識していよう――

 と思ったが、本当に思い出せそうな時、今心がけようと思っていることを思い出せるであろうか。一つのことに集中すると、他のことが見えなくなる性格である。夢が思い出せそうなら、そのことだけに集中してしまうのではないだろうか?

 結局、思い出そうとしていることの最初をやり過ごしてしまい、思い出したことの半分も自分の中で意識できないとすれば、思い出したことに何らかの意味を見いだせないまま、思い出すことの意義が何なのか分からないことが、いずれ自分を苦しめることになるのではないかと思わせるのだ。

 そういえば、一つ映画の中で面白いものを見た気がした。

 男性からモテている女性がいるのだが、別に可愛らしいというわけでも、色っぽいというわけでもない。男性の方は普段からうだつの上がらないとても、女性からモテるタイプの男性ではないところが特徴だった。

 モテない者同士というのだけで、一方的に男性がモテるというのもおかしなものだ。その理由は、男性の性格にあった。

 彼は、モノを捨てることができない人で、モテない男性にはそのことが分かっていて、

「あの女性なら、自分たちが捨てられることはない」

 という共通の思いが芽生えることで、男性が放っておかないのだ。

 モテることと、恋愛を一緒のものだとして図ることができない一つのパターンとして描かれていた。何とも後味の悪い終わり方をしていたが、それでも印象には残っていた。今日映画を見ながら、そんな過去に見た映画を思い出した正則だった。

 正則は、喫茶店で映画のことを思い出しながら、文庫本を読んでいたが、ちょうど小説の内容も、以前に読んだ本と似ているところがあると思いながら読んでいた。読みながら映画の内容を思い出していると、小説の区切りがちょうどいいところに差し掛かってきた。

 時計を見ると、そろそろ午後七時を回っていた。この店で夕食を食べてもよかったのだが、最近休みの日に表に出て日が暮れるまで表にいた時は、呑みたい気分になっていた。誰かを誘いというわけではなく一人で立ち寄る店が家の近くにあり、自分としては「隠れ家」のような店だと思っていた。まだこのくらいの時間なら、ほとんど客もいないだろう。一人でゆっくり呑みたい正則にはちょうどいい時間だった。

 喫茶店を出ると、すっかり夜のとばりが下りていた。喫茶店から歩いて十五分ほどのその店は、駅前まで出ることもなく裏通りだけを通っていけるのも煩わしいことの嫌いな正則にはちょうどよかった。案の定、道を歩いている人はまばらだった。まだ宵の口だというのに、これだけ人通りが少ないと寂しさも感じるが、目的地が決まっていて、そこを目指しているだけなので、さほど気にもならなかった。途中には児童公園もあり、うっすらと街灯に照らされた公園は、遊戯具の足から伸びた影が、凸凹になっている地面に映し出され、歪に見えていた。昼間の子供の金切り声は好きではないが、シーンと静まり返っている公園も薄気味悪い。それでも視線だけは逸らすこともなく見ていると、寂しかった子供時代の記憶がよみがえってくるようで、あまり気持ちのいいものではなかった。

 それでも、不気味さはあっても、懐かしさがそれ以上にあったのも事実である。今から二時間も前には、西日が差しこんで黄昏を感じられたのだと思うと、夜の静かな公園もまんざらでもない気がした。公園で一番嫌だったのが、夕暮れ時だった。お腹も空いてくるし、身体のだるさも半端ではなかった。子供だったからそれほど意識はなかったが、今から思えば、よく我慢できたものだと感じた。

「こんばんは」

 急に後ろから声を掛けられて、正則はドキッとした。声を聞いてからしばらくは耳鳴りとして残ってしまうのではないかと思うほどその声は突然だった。

 声を掛けてきたのは女性だったが、決して高い声ではなかった。恐る恐る声を掛けてきたといった方がいいだろう。「キーン」という音が耳鳴りとなって、次の声を聞き逃してしまわないかどうか不安だった。

「こんばんは」

 不安を打ち消すためには、次の一声は自分でなければいけないと思い、すぐに返事をした。いや、すぐにしたつもりだったが、しばらく間があったようにも感じた。やはり耳鳴りがしばらく残ったことで、時間の感覚が少しマヒしていたのかも知れない。

 自分の声は聞こえたが、少し普段と違った声だった。

 それは、ヘッドホンをしたまま声を出しているような籠った声だった。それが最初に掛けられた声が耳鳴りとして残ってしまった証拠だった。

「あの、私のこと、覚えていますか?」

 彼女の声も少し籠ったように聞こえたが、何と言ったか分からないほどに籠った声ではなかった。ただ、それが本当の彼女の声だとは思えず、どんな顔をしているのかそっちの方が気になって、相手の顔を覗き込んだ。

 暗闇には目が慣れていたはずなのに、すぐには表情が分からない。彼女の後ろにちょうど街灯があるので、逆光になってしまっているためハッキリと顔を確認することができないのだ。

「えっと、どこかでお会いしましたか?」

 顔を完全に見ることができないので、相手を認識できなかったにも関わらず、相手の答えを待つという他力本願だった。

「ええ、お忘れかも知れませんが、よく私がアルバイトしていたお店に来ていただいていました」

 正則は高校二年生の頃から、一人で喫茶店に立ち寄ることが多かった。特に馴染みの店ができてからは、その傾向が強くなり、大学一年生の頃には、同時期に最高五か所の馴染みの喫茶店を持っていた。大学入学からずっと、馴染みの店を作ることを一つの目標としていたので、五か所は少ないくらいだと思っていたが、それでもそのすべては、常連として三年間は通ったものだ。大学を卒業して行かなくなった店もあったが、それぞれの店に、自分の中で一つの「役目」を課していた。

 モーニングをいつも食べに行っていた店もその中の一つで、その店がモーニングが役目であれば、ランチが役目の店もある。待ち合わせが役目の店もあれば、読書が役目の店もあった。

 もちろん、複数の役目を持った店もあったが、店にはそれぞれ個性があり、自分の個性と相まって、それぞれに役目を忠実に果たしていた。今声を掛けてきた女性は、その中のどれかの店でアルバイトをしていたのだろう。

 表情がハッキリと分かるようになってくれば、何となく面影を思い出せてきた、逆光を浴びて、顔がハッキリと見えない方が、却って輪郭で当時の彼女の顔が思い出せるような気がしてきた。一つ一つ丁寧に思い出している暇はないと思っていたので、輪郭が分かったことは、正則にとってありがたいことだった。

 面影から彼女のことを思い出すまでに少し時間が掛かった。それだけ時系列としては昔のことのようだ。少なくとも大学に入ってからのことではない。さらにその前ということになる。

――ということは、高校時代になるんだ。では、彼女は自分よりも少なくとも年上ということになるのかな?

 高校時代に馴染みだった喫茶店で何人かアルバイトの女の子がいたのは覚えているが、自分が高校生ということもあり、皆年上ということで、眩しく見えたという思いがあった。笑顔にはあどけなさがあったはずなのだが、高校生から見ると、大人びてしか見えなかったような気がする。輪郭でしか分からない間思い出していたその表情には、今ではあどけなさしか感じられないような気がした。

――彼女が全然変わっていなければいいな――

 とさえ思えてきたのだった。

 次第に顔の輪郭から、顔そのものが分かってくると、自分が想像していた表情と、まったく変わらないのを感じた。さらに、その顔はあどけなさどころか、以前とまったく変わりがなく、大人びた様子もまったくないことに気づき、喜んだのだが、考えてみればそんなことがあるはずもなく、今目の前にいる女性が本当に自分が知っていた女性なのかどうかが、疑問に思えるほどだった。

 しかし、その取り越し苦労も一瞬で、瞬きを一度すれば、すぐに彼女の大人びた表情を感じることができ、一瞬だけでも昔の彼女を見ることができたのは、錯覚なのかそれとも願望が見せた幻影なのかのどちらかだと思うと、相手に見つめられることが恥かしいやら、むず痒いやらで、懐かしさを超越したものがその場の雰囲気に感じられた。

 最初は思い出せなかったが、彼女は今までに知り合った他の女の子にはない、すごいと思えるほどの特徴があった。それは、目力の強さで、一度見つめられると、金縛りに遭ってしまいそうなくらい、胸の鼓動の激しさを感じるのだった。

――そうだ、名前は確か恵さんと言ったっけ――

 少しずつ思い出した。

「恵さん?」

 思い切って声を掛けてみると、

「ええ、そうです。思い出してくださったんですね?」

 嬉しそうな恵の頬に窪みを感じた。

「ああ、そうだ、彼女が微笑んだ時に見せたあのエクボ。まさしく俺の知っている恵さんだ」

 と、喜びを爆発させるような笑顔をしていたことだろう。鏡が目の前にあったら、すぐにでも確かめたいと思う表情をしていたはずだ。こんな表情をしたかも知れないと感じたのは、本当にいつぶりのことだったのだろうか?

「真田さんも本当にお変わりないわね。私、すぐに分かったわ」

 何年も経っていて、高校時代から大学時代を経て、今では社会人。変わっていないと言われて喜んでいいのかどうか、複雑な心境だったが、相手が恵であれば、

――喜んでいいんだ――

 と思うしかないほど、その時の正則は、感動で胸が震えていたのだった。

 それにしても偶然というものには驚かされる。彼女のことに声を掛けられて、彼女のことを思い出してみれば、つい最近も、彼女のことを思い出したことがあるような気がして仕方がなかった。もし思い出したのだとすれば、きっと夢を見たのだろう。一体どんな夢を見たのか、そのことも思い出してみたいような気がした。

 今まで正則は、女性の方から声を掛けてきたということはほとんどなかった。大学の構内で、友達の女の子から声を掛けられることはあったが、それはあくまでも社交辞令でしかないことは分かっていた。それでも大学という環境の中であれば、それでも嬉しいもので、相手が彼女である必要はなかった。しかし、彼女であるに越したことはなく、彼女になった人から声を掛けられる自分を、何度となく想像してみた。

 そのうちに彼女ができて、大学の構内で声を掛けられたことがあったが、

――こんなものか――

 と、それまで想像していたことが、思ったよりあっけなく味気ないものであることに気づかされると、自分の中で拍子抜けした気がしていた。その思いから、

――大学では、結構妄想を抱くことがあったが、それが実現してしまうと、あっけなく感じられるように思えたものだ――

 何度か、妄想が実現したことがあったが、やはり想像していた通り、味気ないものだった。

 確かに大学というところは、妄想していると本当に楽しい気分にさせられる。なぜなら妄想が一番現実に近いところにいるからだ。実現可能だと思うと、ワクワクした気持ちになってくる。大学生が一番楽しいと思えるところは、案外そんなところにあるのかも知れない。

 ただ、そんなことを考える大学生はなかなかいないだろう。妄想は妄想として受け入れることができる時期であり、そんな時に必要以上のことを思うのは、せっかく感受性が強くなっている自分に水を差す気がしてくるからではないだろうか。

――流されるように生きる――

 下手に抵抗しない方が楽である。そして、

――楽できる時は楽をすればいいんだ――

 と思う。

 どうせ社会人になれば、そんなことも考えられなくなる。せっかく自由でいられる限られた時間、余計なことを考えるのは、愚の骨頂だと思うのだろう。

 それでも、心のどこかでは、

――そんなことではいけない――

 と思っている自分もいたりする。その葛藤が大学生という環境では、流れに身を任せる自分を、

――逃げではない――

 と思わせるための言い訳に利用しているのであれば、大学時代の楽な自分から、脱却することはできないだろう。

 だが、そんな大学時代を過ごしていても、社会人になったら、自分を変えることができる人もいる。

 正則もその一人だったのかも知れない。

 あれだけ大学時代、楽をしてきて、卒業までに自分というものを確立できたという気がしなかった。それだけに就職した時には、かなり自分に自信がなく、不安だらけだったことを覚えている。

 それでも何か月かすれば、社会人に慣れてきた。別に「五月病」に掛かったわけでもなく、先輩社員から、

「大学時代の甘い考えを捨てろ」

 などというアドバイスのようなお叱りの言葉を拝領したわけでもない。

 最近では、また大学時代に感じたような妄想を抱いている自分を感じたりする。考えてみれば、

――妄想のどこがいけないんだ?

 ということであった。

 自分の願望を頭に描くことが妄想というのであれば、

――欲が形になる――

 という発想でもある。

 決して欲を悪いものだと思っていない正則は、妄想も悪いことではないと思うようになってきた。

「欲というのは、食欲でも睡眠でも、性欲であったとしても、人間にとって必要なものを得ようとする積極的な気持ちなのであって、それを悪いように意識させてしまうのは、きっと世の中のどこかが狂っているからなんじゃないかな?」

 という話を過去に聞いたことがあった。

 それがいつ頃のことなのかハッキリとは覚えていないが、最近ではなかったことは間違いない。

 中学の頃だったか、高校の頃だったか、一つのことが中学、高校時代のいつだったのかということを思い出そうとした時のその頃の意識は、普通に思い出そうとする時に比べて、かなり長い時期だったように思えるのだった。

 過去の話を思い出す時というのは、ある程度ピンポイントで意識した時期に一気に飛び越えて思い出そうとしているのかも知れない。それが過去の記憶の時系列に変化を生じさせ、

――昔のことの方が近い過去に思わせる時がある――

 と感じさせるのだった。

 正則は、今まで自分の中に、何かを捨てられないものがあることに気づかなかった。そのことに気づいたのは、欲というものに対しての考えが変わった時だった。変わったというか、欲というものが悪いことではないということに気づいたというべきで、自分が変わったと思っていることの中には、新しいことに気が付いたということに気が付いたのだと分かると、今まで何か大切なことに気づかずに、捨ててしまってきたものがあるのだという認識を持つようになった。

 その認識は半ば強引であったが、確かにモノを捨てることに意識がなかったことを思い起こすと、

――知らぬが仏――

 ということで、簡単に見逃してもいいのかと思うようになった。

 今まで自分がモテたことなどないという意識でいた正則だが、まったく女性から声も掛けられなかったわけではない。声を掛けられた時、気が動転してしまい、

――興味本位で声を掛けてきただけなんだ――

 と思い込んでいた。

 あくまでも、

――下手な鉄砲、数打てば当たる――

 という発想であり、それがどれほど自分に対して失礼なことになるのかということも十分に分かっていた。

 しかし、分かってはいるものの、声を掛けられて嬉しくないわけはない。失礼なことをする相手に怒りを覚えなければいけないと思う自分と、声を掛けられたことを素直に喜びたいと思う自分、それぞれの思いが交錯し、表に出てこようとしている。それでも最後はいつも決まっていて、怒りを覚える自分が表に出ることで、相手にそっけない態度を取ってしまい、結局、進展するはずもない。

 素直な自分が表に出てきたとしても進展するとは限らないが、怒りを持った自分が表に出ることで、結局ダメになってしまった自分を納得させられると思っていたが、実はそうではなかった。

 怒りを表に出した自分が、相手に対して失礼なことをしたことに、冷静になると気づくのだ。

「人を傷つけて後悔するくらいなら、人から傷つけられて泣く方がいい」

 というセリフを思い出したが、まさしくその通り、自分を納得させるどころか、後悔させることになるのだ。

 それでも、自分に声を掛けてきてくれる女性は絶えなかった。それでも、やはり最後は同じ結末にしかとどまらないのだ。

――俺って、成長しないな――

 同じことを繰り返して同じように後悔を繰り返す。学習しないと思っても仕方のないことだった。

 ほとんどの女の子は何も言わずに引き下がったが、一度、逆ギレした女性がいた。

「何よ。お高く留まっちゃって。あなたなんて、女性にモテる要素、どこにもないじゃないの」

 と、言われて、一瞬たじろいでしまったが、そこまで言われると売り言葉に買い言葉、黙って引き下がるわけにもいかない。

「何言ってるんだよ。モーションかけてきたのはそっちじゃないか。俺だって君のような女性、好きなタイプでも何でもないんだ。なぜかそれでも一緒にいても違和感がないと思っていたから一緒にいたんだ。文句を言われる筋合いなどない」

 と言ってやった。

「どうせ私は、男性からモテないわよ」

 完全に開き直ったようだ。自分から逃げに入ったように見えた。

「そんなこと言ってるわけじゃないじゃないか。僕は君と一緒にいて、嫌な気はしたことがないんだ」

 と、素直に告げると、

「そう、それがあなたのいいところだと思っていたの。私のようにモテない人相手でも優しくしてくれる。でもね、あなたは気づいていないかも知れないけど、それは、あなたの中の気持ちの中で、『捨てられない』という思いが強いからなの。いい、分かる? それはあなたが、私たち女性をモノとして見ている証拠なのよ。女性の側からすれば、それに気づくまではあなたが聖人君子のように見えて、あなたとなら、今まで辛かった人生を取り返すことができて、お釣りがくるとまで思う人もいるかも知れないわ。それがあなたの魅力なんだけど、一皮剥けば、あなたは女性をモノとしてしか見ていないということに気づくの。だから、あなたは女性から声を掛けられることが多くても、最後は相手に愛想を尽かされることがあなたの結末なのよ。心当たりあるでしょう? 私の言っていることに……」

 そう言われて、正則は驚愕した。

――俺って、そんなに上から目線だったんだ――

 ということを、あらためて思い知らされた。

 彼女とは円満に別れられるはずもなく、心の中にトラウマというしこりを残したままの別れとなった。だが、そんなことを言う女性とは別れた方がいいのだ。下手にネチネチと皮肉を言われるよりもよほどマシだった。

 別れに関しては免疫ができていたつもりだった。その女からは屈辱を思い知らされたが、一夜明ければ、結構冷静になれた。

――やっぱり、あんな女と別れられるきっかけを相手が作ってくれたのはありがたいことだ――

 と感じたからだ。

 屈辱さえ意識しなければ、怒りを感じることはないと思っていたが、怒りというのは、そんな簡単に忘れられるものではない。屈辱を感じさせられたということは、怒りを抑えるために今までであれば、客観的に自分を見ることで何とかなってきたのだが、その時はそうもいかなかった。客観的に見れば見るほど自分が情けなく感じられ、情けない自分がなぜ我慢しなければいけないのかに憤慨した。

 情けないというのは、まわりから言われたことを認めてしまい、今までの自分の行いを恥辱と思い、情けなく感じるという情けなさではなかった。自分が悪いという思いがあるわけではないにも関わらず、相手から罵声を浴びせられる。それに対して憤慨はしても、それを表に出さない自分を情けないと感じるのだ。

――俺は、あの女の言っていることを間違っていないと思っているのだろうか?

 そう思うと、さらには、

――自分で自分を信じてやらないと、他に誰が信じてくれるというのだ?

 という思いが交錯した。

 確かに、人から言われたことを素直に受け入れるのが正則の性格ではあった。にも拘わらずあまのじゃくなところがあるのは、その反動なのではないかと思うほどだった。それが、

――二重人格と言われても仕方がない――

 と思わせる性格でもあったゆえんであろう。

 正則が、

「だいぶ前のことは思い出せるのに、直近の過去のことは、意外と思い出せないものだ」

 と感じるようになったのは、その頃からのことだった。

 屈辱的なことを言われると、一瞬カッと頭に血が上ってしまうが、一晩寝ると、急に冷静になれる。しかし、次第に燻っていた火が忘れた頃に燃え出すことがあった。燻っているということは、完全に消えたわけではない。風が吹いたり、可燃物がそばにくれば、すぐに燃え上がる可能性を秘めている。正則の感情も、まさしくその通りだったのかも知れない。

 トラウマになってしまった彼女の言葉、

「あなたの中の気持ちの中で、『捨てられない』という思いが強いからなの」

 というのは、どういうことだろう? 冷静に考えてもなかなか分かってくるものではなかった。

――ひょっとすると、自分でも分かっていて、認めたくないと思っていることなのではないだろうか?

 そんなことを今までにもしばしば考えたことがあった。

 正則の友達に、

「俺はバカだから」

 というのを口癖にしているやつがいた。

 なぜか、そいつは仲間内でも人気があり、あまり人から憎まれるということはなかった。集団の中でもそのキャラクターは、

――愛すべき男――

 としての地位が確立していた。

「俺はバカだから」

 などと言っているが、本当は何でも分かっていて、その照れ隠しにそう言っているのかも知れない。

「いやいや、そんなことはない」

 とまわりから言われてまんざらでもない表情をするのは、自分をバカだなどと、わざと曖昧な表現をして、まわりの気を引こうとしているのは、確信犯に思えて仕方がなかったのだ。

 しかし、まわりもそんなことは分かっているのかも知れない。分かっていて彼を持ち上げようとする。それは必要悪を野放しにしてしまう感覚に似ているのではないかと思えてきた。

 それでもまわりには害がないのだから、別に必要以上にこだわる必要もなさそうだ。

 正則にはそこまでの才覚はなさそうだった。確信犯を口にして、まわりの怒りを買わない人は、一つのグループの中に一人くらいはいるのではないかと思っていた。ただ、その性格が目立つか目立たないかは、グループ全体には大した影響を及ぼすものではない。中には、

――空気のような存在――

 として君臨している人もいるかも知れない。

 ただ、いつ誰がそんな存在になるのかは、誰も分からない。グループの中には、最初からそんな性格を持って入ってきた人もいるだろうが、中には、グループの中での自分の立ち位置を考えた末、空気のようなそんな存在になろうと考えた人もいるだろう。そうでもなければ、グループの中に一人はいるというような頻繁にお目に掛かれるものではないだろう。

 正則は、グループの中にいたことはあった。そのグループの中には、そんな存在の人は彼だけだった。

 彼とは中学時代のグループの中にいた友達で、高校に入ってからのグループにはいなかった。グループに入ったと自覚した時、真っ先に彼のような性格の友達を探してみたがそこにはいなかった。しかし、自分がまわりからそんな雰囲気の存在に近い印象を持たれていたなどということは、知る由もなかったのだ。

 正則は自分の立ち位置をなるべく目立たないところには置いていたが、空気のような存在になりたいと思ったことも、どこか一点でもいいので目立ちたいなどと考えたこともなかった。

 ただ、最近正則は中学時代のグループのことは思い出すが、それよりも最近のグループのことを思い出さないことを気にしていた。確かに中学時代のグループを思い出したのは、彼のイメージが頭にあったからだが、そこからどんどん今に近づくかのように時系列に逆らわずに進んできているのに、近くに来てもなかなか思い出せないのが不思議だった。

――それだけ、彼のイメージが強烈だったんだろうか――

 と考えるようになった。

 社会人に入ると、今度は途端に一人になった。

 最初は、

――まるで五月病なんじゃないか?

 と思うほど、やるせない気持ちになったことがあった。

――何をやってもうまくいくはすがない――

 という思いを抱いていて、その思いは鬱病を思わせるものだった。

「何をやっていても、悪い方にしか考えられないのが鬱状態なんだよ」

 と、実際に鬱病で苦しんだことのある友達から聞かされたことがあった。高校時代の受験ノイローゼやストレスが鬱病を引き出したということだが、

「俺の場合は、躁鬱状態が交互にやってきていたんだ」

 と話をしていた。

 正則は、

「普通そうなんじゃないの?」

「いや、中には鬱状態だけがずっと続く人もいる。だから、そんな人は躁状態が見えてくると、その時点で、もう鬱状態に戻ることはないって聞いたことがあるんだ」

「それは、医者の話?」

「いや、知り合いの話だったんだけど、鬱状態を経験していて、そこから抜けたことのある経験をした俺には、その話はあまりにもリアルで、疑う余地などどこにもなかったのさ」

 と言っていた。

「医者の話よりも、経験者の方がリアルな話が聞けるかも知れないね。でも、鬱状態ばかりが続くのってどうなんだろう? 考えすぎてしまって、行き着く先は『死』を意識したりしないんだろうか?」

「そんなことはないんだ。ある程度のラインのようなものがあって、そこまで来ると、また上がっていくんだ。つまりは鬱状態の中で、感情が繰り返されるといった感じなのかも知れないね」

「治ってからはどうなんだい?」

「それが治ってからというのも、考え方は変わらないんだよ。ただ底辺のところで考えているわけではないので、下はある程度のところにボーダーラインがあって、そこからまた戻っていくものなんだ。まるでバイオリズムのグラフを見ているような感じと言えばいいかな?」

「バイオリズムのグラフは見たことがある。保険屋さんから見せてもらったんだけど、精神面や肉体面、金銭面などがグラブになっていたよ」

「皆同じような形の線を描いているけど、微妙にずれているだろう? そのうちに交わることもあるんじゃないかな? 俺はバイオリズムのグラフを、鬱状態の時と、躁状態の時で、どんなカーブを描くのか、見てみたい気がしているんだよ」

「そういう意味では君もずっと鬱状態だったって言っているけど、本当は、どこかで躁状態を感じていたことがあったんじゃないかな?」

 何かの根拠があるわけでもないのに、こんな意見が出てくるのは、バイオリズムのグラフを思い浮かべたからであろう。

「うん、俺も話をしているうちにそんな風に思えてきた。取れているはずのプラスマイナスの均衡が崩れていたのかも知れないな」

 躁鬱状態を経験していて、プラスマイナスの均衡がとれていないとすれば、それは致命的と言えるのではないか。

 喫茶店で一人本を読んでいると、いろいろな思いがよみがえってきた。

 本を読む時というのは、本の中の世界に入り込んでしまうこともあるが、逆に本を読んでいるつもりでも、内容に関しては上の空、本を読みながら思い浮かべるのは、本の内容の一点をとらえて、そこから自分の感覚を探ることであった。

 そんな時に思い出すのも、やはり直近のことではなく、中学時代などのようなかなり前のことだった。

 鬱状態の話になると、友達は堰を切ったように話し始めた。

「色が全体的に黄色に見えるんだ。そのせいなのか、いつも身体がだるくて、気分的には夕方のイメージなんだ」

「それって、夕凪の時間?」

「いや、もっと早い時間だ。夕凪の時間というのは、存外短いもので、あっという間に過ぎてしまう。それを思い浮かべた時、俺は夢というキーワードを思い浮かべるんだ」

「どういうことなんだい?」

「夢というのは、どんなに長い夢を見ていたとしても、それは目が覚める前の寸前の数秒間で見ているものだって聞いたことがあるんだ。俺はその言葉を信じているし、実際に、そう思うと納得もさせられる」

「どうしてだい?」

「だって、目が覚めるにしたがって夢というのは忘れられていくんだぜ。たとえ覚えていたとしても、非常に薄くて広いものに感じるんだ。だったら、逆に夢の実態を考えると、本当に小さな濃いものだと考えたとしても、いいのではないかと思うんだ」

 鬱状態と夢の世界を結びつけて考えるというのもおかしなものだ。

 正則は自分に声を掛けてきた恵という女性をマジマジと眺めていた。社交辞令にも似たありきたりの挨拶の中に、さりげなく本音を散りばめたつもりだったが、思った以上に本音が彼女に感じさせるものだったことが恥かしかった。

 しかし、そこに本当に作為はなかったのだろうか? 正則は駆け引きというものがそう簡単にできる方ではなかった。恵に声を掛けられて、素直に嬉しいと思った。思ったことを態度に出してしまうのも、前からのことで、さりげなく本音を散りばめるなどといった小細工などできるはずもないのだ。それをしてみようと思ったのは、

――うまく行かなくてもいい――

 という思いがあったのと、

――もし、うまく行ったとすれば、そこに自分の成長が見えるのだから、どちらにしても自分に損はない――

 と考えた。

 そんな打算的な考えを思い浮かべるくせに、さりげなさなどを表に出すことができるはずもない。そんなことは分かっていたはずなのに、その時の正則が有頂天だったのと、

――相手が恵なら、自分の中の気持ちで確かめてみたいことがあれば、確かめられるんじゃないか――

 という思いがあったからだ。

「相変わらず、目力が強いね」

 というと、

「えっ、そうかしら?」

 とまんざらでもない表情をする。

 そこには理由があった。それは、彼女の目力が強いということを最初に発見したのが、正則だったからだ。

 いや、正確に言えば、

――自分だと思っている――

 ということだった。以前、目力のことを指摘した時、嬉しそうに眼を細めながら、

「そんなこと言われたの。初めてだわ」

 と言ったからだ。

 その時正則は言ったことを後悔した。

――ひょっとして、彼女は自分の目力の強さを自覚していて、そのことにトラウマがあったのではないだろうか?

 という思いが頭をよぎったからだった。

 目力の強さというのは、女性を相手に褒めていいことなのかどうかハッキリと分からなかった。今まで目力が強いと思わせる女性が近くにいたことがあったが、彼女に対して誰も目力の強さについて話をする人はいなかったからだ。

 誰かに褒められたことでも、他の人にけなされることがなかったと言えるだろうか? ひょっとして、自分の好きな相手から言われた皮肉めいたことだったりするかも知れない。相手は本気で言っているわけではないとしても、受け取る本人が気にしていることであれば、

――相手から傷つけられた――

 と思うことだろう。特に好きな相手から言われたのであれば、そのショックは計り知れないものになるだろう。

 正則に同じような経験があった。

 ついつい表現が皮肉っぽくなっていた頃のことだが、正則には好きな女の子がいた。

 正則は褒めたつもりだったのに、相手の表情は浮かぬ顔。

――おや?

 と思い、焦った正則は、

「今のは冗談だから」

 として、ごまかそうとした。

 それが却って相手を傷つけることになった。

「あなたは、冗談で、平気で人を傷つけるようなことが言える人だったのね」

 と言われてしまったのだ。

 中途半端に相手の気持ちを削いで、自分の立場を曖昧にしてしまおうとすることは、小細工でしかないこと、そして、それがどれほど相手を傷つけているかということに気づいていなかった。

 しばらく彼女とは気まずい空気が漂ってしまい、そのまま自然消滅してしまった。

――自分が気の利いたことが言えれば、元の鞘に収まったかも知れない――

 とも感じたが、また相手の気分を害してしまうかも知れないと思うと、自分には言えなかった。

「言わずに後悔するくらいなら、言って後悔した方がよかった」

 と思うようになり、それからは、言葉には気を付けながら、皮肉っぽい言い方はなるべく避けるようになった。そのおかげなのか、皮肉っぽい言い方をする人には敏感になり、そんな人とは近づきたくないと思うようになっていた。

 それから少しして、彼女が他の男性と付き合い始めたことを知った。後悔が頂点に達したが、後の祭りであることは分かり切っていて、どうしようもないことだった。

 恵に対して、

――目力が強い――

 というイメージは決して悪いものではなかった。人によっては、

――あまりいいイメージではない――

 と思っている人もいるだろう。

 特に女性だったら、

「あなたのその目は男の理性を狂わせる目だわ」

 などと言われたとすれば、それは屈辱的なことだった。

 目力が強いというだけで、気が強いというわけではないのだ。見方によっては、

「なるべく深く相手を知ろうとして、必死で相手を観察しようとしている」

 というそんな目だったのだとすれば、気が強いというよりもむしろ、

――自分に自信がない――

 と言っているようなものではないだろうか。

 相手に対する自分の洞察力に自信がないから、相手を必死で見切ろうとして、目に力が入ってしまう。

 もし誰かから、

「あの人は目力が強い」

 と言われれば、

「自分に自信があるから、自分の力をまわりに示そうとしている」

 という印象を持ってしまう。

 しかし、考えてみれば、視力の悪い人が、相手の顔を一生懸命に覚えようとして、ついつい目に力が入ってしまうこともあるだろう。それも、

――目力の強さ――

 と言えるのではないだろうか。

 一つのことを言葉で示した時、それを聞いた人の受け取り方で、まったく正反対のイメージを抱くこともある。目力の強さというのも、そういう意味では、両極端なイメージを相手に抱かせるものなのだ。

――恵さんは、自信のある方であってほしいな――

 と、正則は感じた。

 恵を見ていると、自分に自信があるようにはあまり見えないが、自信がないという感じでもない。あの表情は何か目標があって、それに向かって前進しているようにも見えていた。だからこそ、自信がある目であってほしいと思っていた。

 それに、自分に自信を持てない人から、急に声を掛けられるとも思えなかったからだ。急に声を掛けて、

――もし、違ったらどうしよう?

 という思いが最初に頭をよぎると考えたからだ。

 自分にもあまり自分が持てる方ではない正則は、決してどこかで見たことのある人だと思ったとしても、声を掛ける勇気までは持てないと思ったからだ。

 中学の頃に、目の前を歩く女性の後ろ姿だけで、

――見覚えのある後ろ姿だ――

 と思い、気軽に声を掛けて、

「あなた、一体誰?」

 と、本当であれば、気さくに微笑んで振り向いてくれるはずの女性の表情を思い浮かべていたのに、振り返ったその顔は、似ても似つかぬまるで能面のような無表情な女が、まるで不審者を見るようにジロジロと頭のてっぺんから、足元まで覗き込んでいる。

「あっ、あの……」

 それ以上、何も言えなくなってしまった。

 そんなオタオタしている相手に追い打ちを掛けるように、

「何なのよ、あなた。失礼ね」

 と言って、汚いものでも見るかのように見下したその顔は、今でも忘れられない。今でこそ、

――あんな顔しなくてもいいのに――

 と思うほど、相手が悪かったと思えればそれまでなのだが、どうしても、その時の冷静な、いや、冷徹なその女の顔が忘れられず、思い出しただけでも、怒りがこみ上げてきそうになっていた。

 しかし、それ以上に、あの時、何も言えなくなってしまった自分が悔しかった。まるで蛇に睨まれたカエルのようになってしまった自分は、その時、トラウマを作ってしまったのだろう。正則は時々、

――自分が悪いかも知れない――

 と思うことでも、相手と意地の張り合いをした時、絶対に引き下がらないと心に決めてしまうことがあった。それは、

――自分の中でのトラウマに打ち勝ちたい――

 という思いがあるからなのか、無理を承知で、強引に押し切ろうとしてしまう自分を感じていた。

 一度、自分が引き下がったことで作ってしまったトラウマは、普通にしていたのでは拭い去ることはできないと思っている。少々強引なことであっても、しなければいけないことは通し切ろうと思うようになっていた。

 正則は恵の目力を見た時、最初は、

――自分に自信がないからかも知れない――

 と思い、

――そうでなければいいのに――

 と思うようになった。

 しかし、実際にはそうではないことを今なら分かる。

――恵さんは、自分の中の記憶に欠落した部分があり、それを思い出そうと、ついつい目力が強くなるのではないか?

 と思うようになった。

 それは、一つのことを見た時、その反対を見てみると違った見方が出てくるかも知れないという思いがあったからだ。ただ、反対の見方をするためには、

――どの時点の反対、あるいは、どの部分の反対を見ればいいのか?

 ということが重要になってくる。

 正則は、それを「過去」ということに限って考えた。その人を見つめる目が、すでに以前に出会った時というのを見据えているとすれば、彼女が過去に何か禍根を残したのかも知れないと感じた。

 だが、そのことを自分で自信が持てないことで、どうしても相手を強く見てしまう。相手から、自分の欠落した過去を見ようとしているのかも知れないと思うと、無理なことを押し通そうとしている気がしてきた。

 しかし、彼女には何か勝算があるように思えた。思い出せないまでも、相手の考えていることを見透かすことができるくらいの力が彼女の中に潜んでいるような気がした。しかし、その力を彼女は自分で発揮できるだけの自信がなかった。力は持っていても自信が持てなければ、宝の持ち腐れであった。

 以前の彼女からは感じることのできなかった思いが、一度再会しただけで、まるで手に取るように分かってきたのは、

――本当は前から分かっていたのかも知れない――

 という思いがあるのも事実だった。

 彼女のどんな記憶が欠落しているのか分からないが、今の彼女の中に、誰かに対しての恨みが渦巻いていることを感じることができた。しかし、完全に記憶を取り戻さないと、恨みを誰にぶつけていいのか分からないようだ。

――彼女の迷いを消すには、欠落した記憶を思い出させてあげるのが一番だが、その記憶がよみがえってしまうと、晴らしたい恨みが誰に対して向けられているのか分かってしまうことで、彼女が復讐に走るかも知れない――

 と思ったのだ。

 正則は迷ってしまった。

――声を掛けてきてくれたことは嬉しいが、厄介なことをしょい込んでしまったような気がしてきた――

 と感じたからだ。

 だが、恵の方は少し違った思いを抱いていた。

 確かに、欠落している記憶があるのは分かっていて、それを思い出すことが自分の中にあるモヤモヤを解消できるのではないかと思っている。

 しかし、思い出すことで自分が恐ろしい道に足を踏み入れてしまうのではないかという危惧も抱いていた。誰かに対しての復讐というイメージを、自分の中に抱いているからだった。

 恵は弟を亡くしたという過去を持っていたが、欠落している記憶がどうもその頃に集中しているような気がした。

 さらには、その頃から、

――昔のことは思い出せるのに、直近のことが思い出せない――

 という意識を持つようになっていた。今ではそんな意識はなくなっていたが、心の奥にくすぶっているようだった。

 恵が正則に声を掛けたのが偶然ではないとすれば、自分が以前に持っていた感覚を持つ人として、正則を意識していたのも一つだったのかも知れない。そして恵の目力の強さは、そんな正則の中に、自分と同じ部分を見つけたことに、確証を得ようと思ったからではないだろうか。

 恵の記憶が欠落している部分に、自分の弟が死んでしまったという意識が働いているのは間違いないと思っている。

――自分の欠落した部分の記憶を取り戻させる「カギ」を持っているのは、案外近いところにいる人なのかも知れない――

 と、恵は考えていた。

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