(4)聖ミエール祭

さて、この男子校には聖ミエール祭という行事がある。

聖ミエールとは、この学校を創設した偉い神父様の名前で、その誕生日をお祝いしましょう、という祭なのだ。


で、この聖ミエール祭では、普段お世話になっている身近な人にプレゼントを渡す風習があり、寮生は同室の先輩後輩でプレゼント交換するのが常である。


数日後に聖ミエール祭が近づいたある日の事。


二人はすっかり溜息混じり。

部屋の空気がいっそう重くなる。

息苦しい。


タイチは一人になると、俺を抱きかかえて悩みを言う。


「ああ、どうしよう! ミルク。お兄様の欲しい物は何だと思う?」

「にゃーにゃーにゃー!」


本人に聞け!

と答えるが、ちっとも伝わらない。

数分後にまた同じ質問が来る。


「ねぇ、ミルク。お兄様って……」


あー、面倒くさい。

一方、ユウジの方も、俺を捕まえると、


「ミルク。一生のお願いだ。太一が望むものを教えてくれ!」


と懇願する。

本来、プレゼント交換は楽しい行事なのだろうが、コミュニケーション不足のこの二人にとっては、苦痛を伴う試練なのだ。



さて、明日はいよいよ聖ミエール祭を控えた最後の休日。

買い物をするには最後のチャンスというわけだ。


どうやら、二人はまだプレゼントを決めかねているらしい。


夕食を終えて部屋に戻って来た二人は、ベッドにごろっと転がった。

重苦しい雰囲気。


それを打ち破るかのように、タイチはユウジに話しかけた。


「あ……あの、お兄様」

「ん? なんだ、タイチ」


「えっと……えっと、その」


ふっ。

やっと聞くのか……。


このまま調査せずにプレゼントするのかと思っていたぜ。

まったく、やきもきさせやがって。


俺は髭を撫でながらホッと胸を撫でおろす。


しかしながら、タイチは、「あの」とか「えっと」とか言って、なかなか言い出さない。

指をモジモジと組んだり離したり落着きがない。


ユウジの方がしびれを切らして言った。


「どうした、タイチ? 用があったのではないか?」

「……あの。やっぱりいいです」


タイチは、開いた口をそのまま閉じた。

そして、ガクッとうつむく。


はぁ……。

根性無し。

聞くだけだろ? どうして、そんな簡単な事ができないんだよ……。


タイチは、俺の独り言が聞こえていたかのように俺を見た。


「にゃ!」


俺は、さりげなく顔を逸らす。

そこへ、ユウジの声が聞こえた。


「な、なぁ……タイチ。ちょっと聞きたい事があるんだが……」


おっと。

今度は、ユウジのターン。


顔を見ると、真剣そのもの。

いつになくキリっとして無駄なイケメンっぷり。


こいつ、相当な覚悟の上で話を切り出したな。

さすが、上級生。


男を見せてやれ、ユウジ!

しっかり、聞き出せよ。


俺は、前足にグッと力を入れて、グーサインぽい形を作った。


タイチは、ユウジに視線を向けた。


「なんでしょう? お兄様」


そう言うと、小首を傾げて微笑む。

ぱっと、花が咲いたような可憐さ。


うはっ……こっちはこっちで、無駄な可愛さが溢れだしている。

俺が惚れちまうぜ、まったく。


本当に、こいつは女子だったらモテモテだったに間違いない。


なんて思って、ふとユウジを見ると、顔を真っ赤にしながら硬直しているではないか。


お、お前なぁ……。

まぁ、気持ちは分かるが。


ユウジは、しばらく無言だったが、


「……いや、なんでもない」


と言って、ベッドに転がった。

そして、再び息苦しい静寂が訪れたのだった。




二人寝静まった頃。

俺は、むくっと起き上がる。


さてと……。


軽く伸びをして、窓の外へ飛び出した。


俺が向かった先は、中等部の花壇。

抜き足、差し足、で花畑に入った。


たしか、タイチの友達が言っていた花は、っと。

あった、あった。


俺は白色と黄色の小さな花を見つけると、口で器用に茎を食いちぎった。

そして、3本程口に咥え、来た方へと歩き出した。



部屋に戻ると、花はさり気無くユウジの机の上に置いた。


よし、これなら朝起きれば気付くだろう。

さて、次は、こっちか……。


今度はユウジの布団に向かう。

そして、枕元に置いてある本をめくる。

って、この猫の手じゃめくれない事が判明。


仕方ないので、本をベッドからそっと落とすことにした。

器用に後ろ脚で押していく。

あと、もう少し……。


ゴトっ。


本は見事にベッドから落ちた。

しかし、その時の音が思った以上に大きい。


「うーん……」


ユウジのうめき声。


やば!? 起きたか?


俺は、閉じた目を恐る恐る開く。

すると、目の前にユウジの顔。


ユウジは、ぼぉっとした目つきで俺を見つめている。


「太一……チュー」


うぉー。やめろ! 俺はタイチじぇねぇ!


ユウジは俺をガッチリと掴み、逃げることを許さない。

迫る唇。


ちゅっ!


ああぁ……。

俺は、にゃーにゃー言って、大騒ぎをしようとしたが、ここはグッと我慢した。


ユウジは、ふぅ、と満足そうな顔をすると、そのまま寝息を立て始めた。


まったく、てめぇらは……。


俺はため息をつくと、ベッドから飛び降りた。

そして、落ちた本から抜け落ちたものを目にする。


それこそ目的の物。

タイチとユウジのツーショット写真。


二人ともいい笑顔じゃないか……。


俺は、それを咥えると、タイチの机の上にそっと置いた。


ふあーあ……。


ちょうど欠伸が出た。

さて、寝るかな。

俺はいつもの出窓の所でうずくまるように眠った。





次の日の早朝。

ということで、ユウジとタイチは自分の机を見てびっくりする。

お互いの顔を見て何やら考え込むのだが、ピンと来たのか手をポンと叩いた。


ちゃんと分かったか?

これで、お互いの欲しいものが分からなかったら、それこそ見込みなしだぜ。


俺は寝不足を解消しようと再び夢の中に落ちていった……。





さて、聖ミエール祭当日。

二人は授業が終わって部屋に戻ってくると、さっそくプレゼント交換を始める。

二人とも堂々としていて、自信満々である。

俺は、そんな二人に顔をみて、にやりとする。


さぁ、見せてみろ! 答え合わせと行こうじゃないか!


「ほら、太一。プレゼントだ」

「お兄様。これ、ボクからです」


プレゼントの包の中から出てきたものは……。


「すごいです! お兄様。こんな素敵な花瓶。嬉しいです! ありがとうございます!」

「ははは。やっぱり、花瓶が欲しかったんだな。これからは、どんどん花を飾ってくれ」


タイチの手には、首がキュッと細くなったガラスの花瓶。

タイチは胸の中に大事にしまいながら言った。


「お兄様、いいんですか? お部屋に飾って」

「もちろんいいさ」


「嬉しい!」


タイチの大喜びっぷりを見ていたユウジは、得意げに鼻の下を指でこすった。

そして、ユウジは手にした物を眺めて満面の笑みを浮かべる。


「……お兄様、どうでしょう? 喜んでいただけましたか?」

「ああ、もちろん! とっても嬉しいよ」


ユウジが手にしているものは、縁がモザイク模様になった写真立てである。

中には、例のツーショット写真が入っている。


ユウジは紛失してしまった写真がどうしてここに? 

と思うはずだが、喜びのあまり、さして気にしていないようだ。


まぁ、こんなもんだな。ふふふ。


俺は満足げに「にゃー」と鳴いた。

と、その時、タイチとユウジが俺に何かを差し出した。


「はい、ミルク。これ、ボクとお兄様からだよ」

「にゃ?」


それは、小さな鈴が付いた首輪だった。


お、俺にか?


俺は呆気に取られた。

俺にプレゼント? なぜ?


タイチは俺を抱きかかえると、すっと首輪をつけてくれた。


「可愛い!」

「な? やっぱり、俺が見立てた通りだっただろ?」


「はい。お兄様、とってもいいです!」


俺は、タイチとユウジに交互に抱っこされた。

二人は満面の笑みを俺に向ける。


な、なんだよ。これ……。


胸に熱いものが込み上げる。

ちくしょう……嬉しいじゃねぇか。


「にゃー」


思わず声が出た。

タイチは、俺の鳴き声を聞いて、俺を両手で高く掲げた。


「ふふふ。よかった。ミルクも喜んでくれたみたい!」

「ああ、そうだな。なぁ、ミルク。来年は、俺達にプレゼントよこすんだぞ!」


「お兄様、ミルクにはそんな事できないですよ! ふふふ」

「そうだな! あはは!」


なっ!

俺は、反論をしようとしたが、まぁ、こんないいプレゼントもらったんだ。

ここは、我慢してやるか、とグッと堪えた。


まったく、世話が焼けるご主人達だぜ……ふふふ。


そして俺は二人の頬ずりを仕方なく受けるのだった。

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