(5)お留守番

とまぁ、この二人。

いい雰囲気になりそうで、なかなか進展しない。


正直言うと、もう、このままでいいんじゃないか?

と、思う程だ。


そんな矢先に、ちょっとした事件が起こる。

高等部の修学旅行で、ユウジが部屋を空けることになった。


さぞやタイチはがっかりするだろう。

泣きじゃくって、夜も寝られないのではないか?


と、思いきや、楽しそうに、


「お兄様! お気をつけて!」


なんて、嬉しそうにユウジを見送った。


なんだ?

さては、お土産を期待しているのか?


と、勘ぐるも実は違っていた。




「お兄様!」


タイチは、ユウジのベッドにダイブした。

そして、布団の中に潜り込む。


「良い匂い……お兄様の温かい匂いがする。ふふふ」


タイチは、満面の笑みでシーツに顔を押し付ける。


うへっ……そういうことかよ。

ユウジにバレても知らんぞ。俺は……。


ごろごろと転がりユウジの寝床を満喫するタイチ。


「にゃ、にゃー……」


しょうがねぇ、ご主人だぜ。

俺は、出窓で日向ぼっこを始めた。



夜になった。

いつも二人が揃う時間帯。

なのに、タイチ一人きりだと、やはり明らかにいつもとは違う。


俺は部屋を見回した。

やけに広い。

こんなに広い部屋だったか?


あんな、がさつなユウジでも、いないよりはいた方がましかもな。

なんて、思ったりした。



「もう、寝よう! ミルク」


タイチも、寂しいと思っているようで、俺をギュッと抱いて離さない。

タイチは布団に入ると俺に話かけてきた。


「お兄様、今頃何をしているんだろうね?」

「にゃー」


まぁ、友達と大騒ぎじゃね? 女風呂覗きとかかもな。


「そうだよね。きっと、ボクの事なんかすっかり忘れているよね……」


寂しそうな目で俺を見る。


「ねぇ、ミルク。ボクの話聞いてよ」

「にゃー」


俺は頷いた。


「ふふふ。ミルクって、たまにボクの言っていることが分かるみたいな態度をとるよね? おかしいな」

「にゃー」


まぁな。実際分かるからな……さぁ、話とやらを始めろよ。

今日は、特別に聞いてやるから。


「……じゃあ、話すね」




タイチが話したのは、ユウジとの出会いのエピソードだった。

出会ったのは、この部屋。

入寮の際、初めてこの部屋に通されたとき、先にユウジがいたそうだ。


「最初、お兄様は怖そうな人だったんだ。でも、そんな事は無いってすぐに分かって……」


そんな第一印象を持ったのはなぜか。

じつは、タイチは元理事長の子息で、いつも周りの人は自分にペコペコする人ばかりだった。

そうやって特別扱いされて育ってきたので、自分に対してちゃんと目を合わせてくるユウジに怖さを感じたのだ。


もしかして、自分の素性を知らないのでは?

隠し事が嫌いなタイチは、そんな後ろめたい気持ちを払しょくしたくて、ユウジにすべてを話した。


すると、ユウジは、


『あっそう。で? お前は、俺にとっては後輩でしかないんだが? 俺は甘くないぞ、いいな?』


と、ぶっきらぼうに答えた。

その言葉は、タイチの胸に突き刺さった。


自分を一人の人間として見てくれる。

この人は肩書何て全く関係ないんだ。


そう思ったら、もう気持ちは決まっていた。

この人に付き従って行こう。

そして、一人の人間として先輩に認めてもらえるように頑張ろう、と心に決めたのだ。


「それでね、ミルク。一緒に過ごすうちに、お兄様の素敵なところばかり分かってきちゃって……うふふ」


タイチは、目をハートにさせてニヤニヤと微笑む。


あーあ。

こりゃ、おのろけパターンだな……まぁ、いいか。


「それでね、それでね……」


タイチの話は終わりそうもない。


ふあーあ……。

俺は、聞いているフリをして密かに眠りにつくのであった。



次の日。

タイチは、普段通り授業に向かった。

俺は、お昼ごろに起きて、見回りに出た。

今日のコースは、中等部の教室脇を行くコース。


これでも俺は、タイチの事を結構心配しているのだ。

なぜなら、今朝、


「いってきます! ミルク!」


と、言ったタイチのまぶたが少し腫れていたのに気付いたのだ。


俺が寝た後に泣いたな……。


まぁ、そうなんだろうな。と、心のどこかで予想していた通り。

きっと、タイチにとってユウジは特別な存在になっているのだ。


俺は、ベランダ沿いにタイチの教室まで来ると、首を伸ばして中を見回した。


どれ? タイチは元気かな?


教室の中ほどに発見した。

真面目に先生の話を聞いている。


うんうん。これなら大丈夫。あとはもう一晩、乗り越えれば、だな……。


明日、ユウジは帰ってくるのだ。

だから、今夜が山場。

どう、気を紛らわせてやるかだ。


俺は、そんな事を思案していた。


と、再び教室に目をやると、なにやらガヤガヤと騒がしくなっているのに気が付いた。

俺は聞き耳を立てる。


「自習しておくように。いいな」


先生がそう言い残して教室を去ると、誰かが言った。


「高等部の修学旅行の船が台風に巻き込まれたらしいぞ!」

「うそ!」

「大丈夫なの!?」


そんな声が聞こえた。

修学旅行って……ユウジじゃねぇか……。


タイチは真っ青な顔で前を見つめていた。


こりゃ、まずいな……。

俺は、来た道を戻って行った。




タイチは、夜遅くに部屋に戻ってきた。

どうやら、食堂でニュースを見ていたらしい。


顔は青ざめたままで、元気がない。


「……ただいま。ミルク……」


ユウジの修学旅行先は遠く南の果ての島で、島に宿泊施設は無く、船中で寝泊まりをするような場所らしい。

で、台風は急速に成長したとのことだが、帰航の途に予想外の遭遇となってしまったようだ。


しかし、船で寝泊まりできるほどの大きさの客船だ。

そう簡単に難破したりはしないとは思うが……。


タイチは俺に飛びついた。


「ミルク! どうしよう! お兄様、帰ってこれるかな?」

「にゃー」


まぁ、大丈夫だ。うっ……苦しい。


タイチは俺をギュッと抱きしめる。


「ねぇ、もし、万が一があったらどうしよう、ミルク!」

「にゃー」


平気だって、そう簡単には沈まないって。


「ミルクはどこにも行かないよね?」

「にゃー」


ああ。どこにも行かない。ずっと、付いていてやるって……。


泣き崩れるタイチ。


「うっ、うう、お兄様……」


いや、歯を喰いしばって泣くのを必死に我慢している。


しょうがねぇな……。

俺は、タイチの頬に頬擦りするように体を擦り付ける。


「ありがとう……お前はいい子だね。ミルク」

「にゃー」


元気だせよ。タイチ……。


タイチは、すがるような顔で俺を見つめる。

うっ、うっ、と嗚咽を我慢しながら、必死に不安な気持ちを抑えようとしている。


何てけな気なんだ、タイチ……。


心配で心配でどうしようもない。

だから、泣きたいのだ。

でも、その気持ちを必死に押し殺す。


俺は知っている。

ユウジを尊敬して心から慕っている。

だから、ユウジが普段から言っている


『簡単に泣くな。良いな、タイチ』


という、言いつけを素直に守ろうとしているのだ。


タイチ。

お前は何て頑張り屋なんだ。


うっ、うう……。


俺の方が涙が出てくる。

くそっ……人間の事なんか本当はどうでも良いんだけどよ。


俺は、前足を伸ばしタイチの手の甲に重ねた。


なぁ、タイチ、いいんだよ。

俺の前ではしっかり泣いてさ……。

ユウジには秘密にしてやるからさ。


俺は、タイチの顔を覗き込み、タイチの頬をペロッと舐めた。


「ミ、ミルク……」


俺の思いが伝わったかのように、それが合図となってタイチは泣き始めた。

ワンワンと声をあげる。


よしよし。

それで良いんだ。タイチ……。




タイチはそのままベッドに突っ伏して眠ってしまった。

時より、「お兄様……」と寝言を呟く。


俺は、タオルケットを必死に引っ張って背中にかけてやる。


ふぅ……。

重労働ではあるが、俺ができる事ってこのくらいだからな。




次の日。

まぁ、多少の不安はあったとはいえ、予想通りユウジは無事に帰ってきた。


「ただいま。タイチ。ほら、お土産の貝殻細工の御守だ」

「お、お兄様……」


タイチの声は震えている。

驚きと歓喜が入り混じっている。


ユウジは、思わぬタイチの態度に驚いたようだ。


「ん? どうしたんだ?」

「どうしたじゃないよ! お兄様! ボクは心配で、心配で……」


タイチは、いつになく声を荒げた。

でも、語尾は感極まって泣きそうな声。

ユウジは、思い出したように言った。


「ああ、台風か? あはは。揺れて揺れて、沈むかと思ったよ」

「もう、お兄様!」


タイチは、口をぷぅっと膨らませた。


怒った顔をしているが、その実、泣きたいのを必死に我慢しているのだ。

いじらしくて、俺が切なくなってくる。


タイチは、ユウジに向かって一歩踏み出した。


抱きつくのか?


でも、そこで立ち止まった。

そしてうつむいた。


なんだよ、タイチ。

こんな時ぐらい抱き付けよ。


俺は、我慢出来ず行動に移していた。


タイチをずっと見守って来てたんだ。

お前の気持ちは分かっているつもりだ。

世話が焼けるご主人だが、これも飼い猫の役目。


俺は思いっきり助走をつけてジャンプした。


文字通り俺がお前の背中を押してやる!

思う存分、ユウジに抱きつけ!


目指すはタイチの背中。

思いっきり押してやる!

いけー! 俺!


と、宙を舞う俺。

しかし……。


あっ……。

俺は猫は猫でも運動神経がまったく無かったんだった。


俺はなぜか、タイチじゃなくユウジの胸に飛びついていた。

うげっ……俺はアホか……。


ユウジは、俺を抱きかかえて俺の顔を覗き込む。


「ははは。ミルクは俺がいなくて寂しかったのか?」

「にゃーにゃーにゃー!」


違うって!

これは不可抗力だ!

お前なんていなくても平気だって!


俺の言葉など意に返さず、ユウジは頬擦りをしてくる。


「にゃにゃーにゃ!」


やめろって!


と、そこへタイチが声を上げた。


「ボクだって、寂しかったです! お兄様!」


タイチは小さな拳を握り締め、息をはぁはぁと荒げる。

目には薄っすら涙を浮かべている。


タイチとユウジの目が合った。

ユウジは、にこりと笑った。


「じゃあ、ほら、おいでタイチ!」

「はい!」


タイチは、そう嬉しそうに返事をするとユウジに飛びついた。


二人はがっしりと抱き合った。


良かったな、タイチ……。

って、苦しい! 俺が潰されているんだけど!


俺は、手をバタバタしながら、にゃーにゃー叫ぶのであった。

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