第5話 憑依

 帰宅後、僕は一人夕飯の支度をしていた。父さんはいつも仕事で僕よりも帰りが遅い為、基本的に家事全般は僕の役割だ。


 時刻は20時になる。もうすぐ父の一夜が帰宅する頃だ。そんな事を考えていると玄関の開く音がする。



「ただいま。はあああぁ七瀬の野郎、最近以前にも増して口うるさくなってきたなあ……」




 帰ってきた矢先に仕事愚痴を思わず吐き出していた。七瀬さんは見たところ真面目で優秀そうな隊員だ。恐らく父に9割問題があるから口うるさく指摘しているのだろう。何故か僕が申し訳ない気持ちになってきていた。




「おかえり父さん。それは自分に原因があるんじゃないの」


「まあ、それはそうなんだがな。お?今日はカレーか〜いいねえ」




 父さんはいつも僕の料理をこうして褒めてくれる。以前は一人暮らしだったものでろくに自炊もしていなかったらしい。その為手料理には人一倍ありがたみを感じているのだとか


 制服から着替えを済まし、テーブルに並んでいる料理の前に早くも腰掛けていた。

 両手を合わせ、余程腹を空かしていたのかカレーにがっついている。



「いただきます」


「お、そうだ隼斗、学校の方はもう慣れたか?」


「まあ、ぼちぼちかな。明日から基礎訓練が始まるようだし、明日からが本番って感じだよ」


「基礎訓練か〜懐かしいなあ」


「父さんの時はどんな内容だったの?」


「あー、どうだったかな〜最初は座学だった気がするぞ」


「座学?」


「ああ、自分の能力について分かることをできる限り記していくんだ。そしてそこから担当の教官に色々と質問をされ、己の能力を深堀していく」



 つまり今日水野葵が教師から言われていたように、己の能力を知るための自己分析を行うわけか。




「なるほど、参考するよ」


「ああ」




 その後の会話は特になく、お互い夢中でカレーを掻き込んでいた。


 ーーーー


 食事がひと段落つくと、父からいつも通り声をかけられる。




「さて、隼斗。今夜も修練場に来なさい」


「はい、わかりました」




 一ノ瀬一夜の自宅は4階建て地下2階の一軒家だ。軍としてそこそこ高い地位にいる為、一般的に見れば裕福な部類に入る。


 僕は食器を片し、地下2階にある修練場へと向かった。




「来たか」


「お待たせ父さん。今日もよろしくお願いします」




 僕は5年前から毎日父さんとこの地下修練場で訓練を積んでいる。僕はある目的を果たすために力が必要だった。しかし、なんの力も持たない僕に父さんは戦う術を教えてくれた。



「よし、俺は能力を使わない。お前は好きにしていいぞ」


「ああ、わかった」



 僕の足元には一本の木刀が転ばっている。そして父の一ノ瀬一夜は同じ木刀を片手に持ち、自身の肩にトントンと当ててどこかリラックスしているような雰囲気で待機していた。


 僕が父から寸止めで決め手となる一本を取れば勝ちというシンプルなルールだ。決め手とならなければ攻撃を当ててもお互い問題ない。僕は足元の木刀を拾い上げ目を閉じて息を吐き集中した。




「憑依ーーーー武蔵」



 その言葉を唱えた瞬間、僕の辺り一帯にぶわっと風圧が発生した。しかしその風に一ノ瀬一夜は眉ひとつ動かなさない。



「来い。隼斗」


「ああ、行くぞ」



 ――――――――――


 憑依。またの名を《神憑り》それが隼斗の能力だ。霊界より歴代の武神、猛者をその体に憑依させ戦うことができる。憑依させている間はその憑依させた者の知識、技術、身体能力をあらゆる能力をそのまま受け継ぐことが可能だ。


 今隼斗が憑依させたのは伝説の剣豪 《宮本 武蔵》生涯無敗の剣士と呼ばれた天下無双の豪傑だ。憑依した隼斗は重心を下げ、居合の構えをとる。そこから「タンッ」と足音は静かだが、猛烈なスピードでこちらへ向かって居合を放つ。


 バキッ――――――――――


 その居合を俺は木刀で受け流す。しかし隼斗は体を高速で回転させ二撃目を放った。遠心力を最大限利用した一撃だったが、それでも俺には届かない。俺は上体を後ろに反らし、そのまま空中でクルクルと回るように後方へ回避する。




「くっ……!?」


「次」




 隼斗は木刀の斬撃をこちらへ数回叩き込み、途中で握りしめていた右手から木刀をパッと離して瞬時に左手に持ち替えて斬りかかる。




「うぉっ」


「ちっ、これも当たらないのか」


「いーや、今のは流石に危なかったぜ?いいフェイントだ」




 実際今の技を初見で使われたら完璧に回避するのは至難の業だ。ま、俺には通用しないがな。




「次は決める」


「ほう、やってみろ」




 隼斗は大きく下段の構えを取り、ジリジリと隙を伺っている。こちらで敢えてひょいっと視線をずらすと隙と見たか一気に間合いを詰めてきた。


 上体を深く沈めた隼斗は右手で握りしめていた木刀ですくい上げるように下から斬撃を繰り出す。俺はそれを右手にある木刀で受け、押し合う形になる。しかし隼斗は下、俺は上から押しあっているのでどちらが力負けするかは目に見えている。


 しかし、突如隼斗の木刀の力が抜け、俺はこのまま木刀ごと隼斗へ一撃を加えようとしたのだが、相手の木刀に再び力が加わる。……今のはフェイントか?


 ガキンッーーーーと音が鳴る。


 その瞬間、視界の右から小さく高速で迫る何かが……




「手刀か……!?」




 気がついた時には既に俺の右手首に衝撃が加わり隼斗の手刀が直撃していた。その一瞬の攻撃によって握力が弱まり、握りしめていた木刀が弾かれる。




「これは貰うよ」




 弾かれた俺の木刀を隼斗は左手でキャッチし、そのまま後方へと飛んで距離を取る。




「お前、力を一瞬抜いたのはわざとか……?」


「そうだよ。一瞬力を抜くことで相手の油断と注意を惹きつけた。左手の手刀に目がいかないようにね」


「全く、末恐ろしいやつだ……それで?そんな木刀二本も持ってどうする?ただ曲芸で俺を倒そうったって動きが重くなるだけでいい事なんて…………」




 言いかけたところで俺はある答えに至った。今回隼斗が憑依させた剣豪宮本武蔵彼は生涯無敗。まさに無敵の侍だった。そして何よりその侍には他とは違う特徴があった。


『二刀流』かの伝説の剣豪は二刀流の達人であった。




「さあ、久方ぶりの喧嘩だ。面白くなりそうだのう」



 好戦的な笑みと同時にジリジリと押し寄せる歴戦の猛者による殺気。隼斗は二刀流になった事で宮本武蔵の性格が大きく発現していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る