第4話 僕は記憶がない

僕の途切れた意識が戻った時、既に事件は収束していた。目の前に先程の罪人ギルティがすっかり伸びている。これは……僕がやったのか?


僕は似たような事が以前にも何回かあった。罪人ギルティ、チンピラから襲撃される。この世界では異能力者イノベーターをよく思っていない人間が多く、何かと面倒事に巻き込まれるのだが、僕はいつも自分が「やられた……」と思うと意識が途切れ、その後相手の方が倒れている。周りに守護者がいるわけでもないし、僕が能力を使った訳でもない。どういうことなんだ?


以前までなら結局考えても何一つ原因は分からず、諦めるのだが今回に限っては違う。水野葵がこの場に居合わせたからだ。僕は一先ず水野葵に事情を聞いてみることにした。




「水野さん……怪我はなさそうだね。これは水野さんがやったのか……?」


「えーっと、そう!私が後ろから不意打ちで殴ったの!そしたらご覧の通りに……へへっ」



この場にいた水野の話しを聞く限りでは僕が直接手を下した訳では無いようだ。しかし、そうなると普段の不可解な現象はどう説明する?



「そっか、おかげで助かったよ。ありがとう」


「い、いえいえ!そうだ!守護者の人にも連絡しないとね?」


「ああ、悪いけど連絡は頼むよ」



一般の事件を取り締まる警察組織とは別に、この日本では異能力者を取り締まる組織が設立されている。それが守護者だ。守護者の組織は『東西南北、中央本隊』の大きく5つに分類される。



北︰《玄武げんぶ


西︰《白虎びゃっこ


東︰《蒼龍そうりゅう


南︰《朱雀すざく


中央本隊︰《麒麟きりん



古くから伝わる『四神ししん』の四霊獣になぞらえて名付けられている。四神の中央を守るのが中央本隊の麒麟だ。基本的に重要事件以外では出撃することはない。各部隊の情報管理が主な仕事だ。ちなみに国家直属部隊の『八咫烏やたがらす』なんて伝説の部隊が存在する噂もあるが、どれも眉唾物だ。我々は東地区なので今回は蒼龍の部隊にお世話になるのだろう。


そんな事を考えている間に水野葵は隣で「こちら水野葵。蒼龍部隊どうぞ」と唱え蒼龍の部隊に連絡をしていた。


現代の連絡手段は基本的に『スマートレンズ』『スマートチップ』による音声操作だ。

人は皆生まれた時に住民登録としてスマートチップを体内に埋め込んでいる。

スマートチップには全ての個人情報が記憶されており、そのスマートチップと外部の機器をペアリングさせることで様々な機器が扱える。

その一つが『スマートレンズ』これは旧世代に存在した『スマートフォン』と同じような役割を持っており、半永久装着可能なコンタクトレンズ型として作られている。

内蔵されたスマートチップからの神経伝達によって自分の思い通りの操作をレンズ内で行ってくれる。目の前に大きなスクリーンがあるようなものだ。普段は何も投影されないので何も生活に支障は無い。


水野葵はそのスマートレンズによってビデオ通話しているようだ。犯人へと近寄り映像を蒼龍の部隊へ届けている。


そういえば12ヶ所で同時に攻撃を仕掛けていると言っていたが、他の生徒も襲撃を受けているのだろうか?




「水野さん。他の生徒は大丈夫なのかな?」


「あ、怪我をした生徒はいるけど、低ランクの生徒を優先的に近くの先生や守護者が駆けつけたらしいから比較的被害は無いみたいだよ」


「そっか、それは何よりだ」


「でももうすぐここにも守護者の人到着するみたい。あ、ほら噂をすれば」


「隼斗、水野葵、怪我はないか?」




僕は反射的に声のする方へと顔を向ける。水野葵は少し驚いた様子で声の主へと視線を向けた。




「いい!?一ノ瀬中将!?」


「何であんたがこんな現場にいるんだ」


「隼斗が襲撃を受けたって聞いたからやられざまでも見るついでに俺が直々に助けてやろうと思ったんだが、杞憂きゆうに終わったようだな」




《一ノ瀬 一夜いちのせ かずや》剣神の異名で恐れられる若き天才剣士だ。当時関東の一部を支配していた罪人ギルティの組織との抗争に単独で乗り込み支配地区を解放した紛れもない英雄で、さらには最年少で中将の地位まで手に入れた文字通りの天才。




「どうせ来るならもっと早く来て欲しかったな、あんたなら単独ですぐに駆けつけられただろ」


「俺も一応蒼龍の中では中将だからな。部下への指示ですぐには動けなかったんだよ」


「待って待って、神崎くんがどうして一ノ瀬中将とそんな親しげに話してるの!?」




さっきから隣でソワソワとタイミングを伺っていた水野葵が堪えきれず話に割って入ってきた。確かにただのEランクの学生と伝説の英雄の組み合わせは周りから見れば少し異質ではある。




「ああ、隼斗は俺の息子だからな」


「おい、その言い方は」


「……ええええええええええええええええ!?」




こちらを指さしてカタカタと水野は震えている。相当衝撃だったのだろう。


しかし、息子といっても養子だ。あの事件で俺と将兄を傍で見ていた一ノ瀬一夜は、自分なりに責任を感じていたのだろう。一人暴走しかけていた俺を抑え込み、それから俺をずっと保護してくれていた。要は親代わりというやつだ。



「待ってくれ水野さん。息子と言っても養子だから血の繋がりはない」


「何言ってんだ?いつもパパ〜って呼んでるだろ?」


「パ、パパ……!?」


「一ノ瀬中将、そろそろお時間です」



先程から一ノ瀬一夜の隣で姿勢よく待機していた金髪の女性七瀬 アリス少佐からそう告げられる。




「もうそんな時間か?仕方ないか、そろそろ帰投する。七瀬、罪人の処理は任せたぞ」


「了解致しました。異能力の権利を剥奪します」


「ああ、じゃあまた後でな隼斗」




一ノ瀬一夜は踵を返してその場を後にした。


その後七瀬アリスは罪人の男に歩みより、カプセルようなものを二種類取り出した。そのカプセルを男の首元に当て、親指でカプセルの突起を押し込む




「な、なにしてるのあれ……」


「あれは異能力を剥奪をしている。1つ目のカプセルで罪人の血液を採取して異能力の遺伝子情報を保管し、その後2つ目のカプセルに入っている薬液を体内へと流し込み直接遺伝子へと作用する。その後症状は緩やかに訪れ、2〜3日もすれば異能力は完全に消滅する」


「なるほど、それで罪人達から異能力を奪って事件の再発防止をしているんだね」


「そういうことだ」



水野の言う通り、主に異能力の剥奪を目的としているのだが、それだけでは無い。罪人達の子孫、次の世代の罪人を生む確率を少しでも下げる目的もある。罪人の血を断ち、国の悪疫となりうる種を根絶しているのだ。確かに効率的ではあるが、とても人道的と言えるものではない。




「任務完了。私はこれより帰投します。お二人は大丈夫そうですか?」


「は、はい!ありがとうございました」



水野はペコペコと何度もお礼を繰り返していた。七瀬アリスは表情一つ変えずに軽く会釈をし、その場を後にした。


僕と水野葵も歩みを進め、各々自宅へと帰宅することにした。

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