第3話 神崎将人


「来いよ。ヘタレボクサー」


「……くっ!こいつ!!」



 隼斗は男の繰り出すパンチの連打を片手でいなし、離れ際に相手の右脇腹へ左足を突き刺した。肝臓という人体の急所へと攻撃を受けた男は思わず片膝を着きながら苦悶の表情を浮かべる。



「ぐふっ!?てめえ……どうして俺がボクサーだと分かった?」


「あ?間合い見れば大体わかる。それにさっきもボクシングのテクニックを使ってたからな」


「お前、どうにも普通じゃねえな。わかった俺も本気を出そう」


「ああ、さっさとそうしてくれ」



 威力を犠牲に速さを重視した左拳を隼斗は男の顔面目掛けて繰り出したーーーーが、直撃の寸前に頭を後ろに引いたので男にダメージはなかった。




「へえ、それスリッピングアウェーだっけ?間近で見たのは初めてだ。一応凄いボクサーらしいな」


「ほう、多少知識はあるようだな……確かにスリッピングアウェーだ。だが、ただのスリッピングアウェーじゃねえ」


「ただのスリッピングアウェーじゃない?」




『スリッピングアウェー』打撃直撃の瞬間インパクトに合わせ、頭部を後ろに引くことでパンチの衝撃を殺す絶技だ。プロのボクサーでも完璧に使いこなすのは至難の業




「俺の異能力は動体視力を通常の3倍向上させる。まさにうってつけの能力ってわけさ」


「ふーん。ま、だいたい分かった。」




 隼人はボクサーの男を目の前にし、両手をポケットに入れた。




「てめえ、どこまでも舐めやがって!」


「いいから黙って来いよ」




 ニヤリと笑う隼斗。全身全霊でラッシュを叩き込むボクサーの男の打撃は全て隼斗へとヒットしている。


 だがしかし、全てに手応えがなかった。




「こいつ……なんでこんなに殴ってるのにダメージ一つも……まさか?お前もスリッピングアウェーを体得してい」


「いや?使ったことないよ。だからーーー」




 隼人は相手の右ストレートに合わせて頭部、上半身をずらし完璧にその威力を殺した。そしてそのまま流れるような動作で上体を沈める。

 視界から隼人が消え、焦りを見せる罪人ギルティの男。




「なっ消え……!?」


 バキッーーーー



 隼斗の右足が、天を突き刺すように放った神速のカウンター。卍蹴りで男の顎を撃ち抜いた。




「今覚えた」




 隼斗はニヤッとほくそ笑んだ。




「その技は確かに凄いけど、まあ結局目で見えてなきゃ何も意味ないわな」




 水野葵はただ呆然と何が起きているのか分からないまま、隼斗へと声をかける。




「神崎くん……?」




 隼斗は罪人ギルティの男から水野葵へと視線を移した。




「本当に神崎くんなの?」


「ああ、悪い悪い。自己紹介してなかったよな」


「え?」


「俺は神崎将人。隼斗の兄貴だ」


「ええ!?お兄さん?どういうこと?でも確かに神崎くん……隼斗くんだったよね?」


「確かにこの身体は隼斗のものだ。俺はもう既に死んだ身だしな」




 ええ?と水野葵は首を傾げる。

 それもそのはず。俺は5年前に命を落とした。だが、何故かこうして時折隼斗の身体に憑依している事がある。




「それが俺にもよく分からねえんだ。いつも気がつけば隼斗の身体に憑依しちまってる。まあこれも能力なのかもな」


「憑依……?それは隼斗くんも知っているの?」


「いや、隼斗はこの事を恐らく知らない。俺がこうして表にいる間のことは覚えてもないんだ。もちろん意思疎通を取ることもできない」


「そんなの、悲しすぎるよ……!」


「……へ?」




 水野葵は潤んだ瞳でこちらを見ていた。




「かもな……でも幸いにもこの事を隼人は知らない。何も知らなければ悲しむこともないんだ。だからこの事は隼斗に黙っておいてくれ」


「けど、それならお兄さんの気持ちはどうなるの……」




 ぎゅっと少しだけ口元に力が入る。そんな事はとうの昔に乗り越えたはずだ。俺も悲しくないと言ったら嘘になる。けど、もうどうすることもできないんだ。


だから、俺の成すべきことはただ一つ。




「兄貴ってのは、どんな事があっても弟を守るもんだろ?」




 神崎将人はニッと笑顔浮かべた。




 ――――――――――



 神崎くんのお兄さん。神崎将人のその笑顔は危うげなものに感じた。しかしその笑顔には強い意志を感じる。




「悪いやつじゃないんだ。ただ、あいつは今も昔のことを引きずってる。友達を作らないのは、大切な人を失う痛みを知ってしまったからだ」




 その痛みをまだ知らない私は、その言葉に返す言葉がわからない。

 視線を動かしては誤魔化し、時折何か言葉を発しようとするが、すぐに引っ込める。




「できればでいい。隼斗のこと、よろしく頼むな」




 黙り込んだ私に、少し困ったような笑みを浮かべたお兄さんは、そのままふっと気配を消した。

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