第58話意地と執念の果てに

「─────── 《水撃(ウォーターショット)》」



少年は自身の足元に向かって魔法を放った。それはカエルレウムの魔法に直撃し、少年の自由を奪っていた水晶の塊を破壊した。



粉々になった水晶の破片に少年の顔が映り込んだ。そこに映る少年の顔はまるで氷のように冷たく暗い。



そんな少年に、カエルレウムが先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けた。手には先程トモリを刺した剣が握られている。



少年も血のついたナイフを構えた。カエルレウムが剣を振り下ろす。キィィンという金属同士のぶつかる音が響いた。体格も筋力もカエルレウムが上。少年は押し負ける形で後ろへ下がった。そこにカエルレウムが追撃を加えようと迫る。が、少年が魔法を放ったことで追撃は失敗。カエルレウムは一旦後退した。



「(単純な力比べなら俺のが有利だけど・・・狼のがわざわざ不利な戦いをするとは思えない。魔法戦を仕掛けてくる?それとも、ほかに何か策が?)」



「───────考え事とはいいご身分だな。」



「っ!!」



カエルレウムは少年から放たれた魔法を慌てて避けた。近付けば確実に勝てるのに、魔法に妨害されて近付かせてもらえないことがカエルレウムに少しの焦りを与えた。負けじとカエルレウムも魔法を放つが、コントロール力は少年の方が上なようで、カエルレウムは少年に上手く誘導されていた。



遠距離魔法型の少年に対して、カエルレウムは見た目に似合わず物理特攻型。そして魔法は威力と範囲重視でコントロールは二の次。威力と範囲が小さい魔法を操って的に当てるよりも、どちらも大きい魔法を放った方が簡単だし楽、という考えをしていた。



いっそ加減なしで魔法を撃つか、とも考えたが、カエルレウムが本気で魔法を放つとこの辺一帯が更地になるため思いとどまった。



「(でもこのままじゃジリ貧だしなぁ・・・本気魔法は最終手段にして、とりあえず今は・・・、)」



カエルレウムは少年の動きを封じるためにとおる魔法を使った。その名も《氷霧(アイスミスト)》



この魔法は氷の霧を周囲に巡らせるというもの。この霧に触れたものは徐々に凍っていく。しかし即効性はなく、完全に凍らせることは不可能だ。でも・・・



カエルレウムは霧に紛れて少年の背後まで移動した。少年は所々体が凍っていた。キョロキョロと周囲を見回していることから、カエルレウムの位置は分かっていないらしい。



ギリギリまで少年との距離を詰めたカエルレウム。彼は少年の背中に向けて手を翳した。



「─────── 《氷結(フリージング)》」



カチカチ、少年の体が凍り始めた。少年は最後の足掻きなのか後ろにいるカエルレウムに向けて魔法を放った。流石に避けきれなかったのか魔法はカエルレウムに直撃したが、その頃には既に少年は凍りついていた。



「・・・っ、いってぇ〜・・・。」



魔法が直撃したカエルレウムだったが、なんとか意識だけはあるらしい。しかしもう動くことも出来ないのか、バタンと後ろに倒れた。



2箇所も刺されていることに加え、魔法も直撃したのだ。普通なら既に意識を失っていてもおかしくは無い。にもかかわらず今意識を保っていられるのは、カエルレウムの中にある意地と執念のおかげである。



「(それにしても・・・一体何がどうなって・・・、)」



この状況を理解できなくて悩んでいると、どこからか敵意が向けられていることに気が付いた。



この状態で攻撃を受けたら死ぬ、と身構えたのだが、敵意は次の瞬間には消えていた。そして同じタイミングで、何かが物凄いスピードで飛んできた。



「っ、しま・・・っ、」



それがなんなのか理解して、やらかした、と思ったときには既に少年は氷の中から出てきていた。



さっき飛んできたものは矢であった。その矢は真っ直ぐに少年へと向かい、その氷を破壊した。一体どこから?と考える余裕もないのか、カエルレウムは少年を観察した。



少年は少し青い顔をしていたが、意識はあるようだった。



「・・・最悪だ。」



感情の感じられない声でそう呟いたかと思えば、少年はカエルレウムに背を向けて歩き出していた。



「・・・まだ、勝負は終わってないよ?」



殺されると思っていたカエルレウムは少しの間呆然としていたが、次の瞬間にはハッとして少年に声を掛けていた。



「言っただろう。俺には時間が無い。お前に構ってる余裕なんてないんだ。」



「生憎と、俺はお前を逃すわけにはいかないんだよ。」



「ふん、その体でなにができる?」



「自爆くらいはできるかもね。」



体は動かなくても、魔法は使える。使いたくなかったけど、最終手段を使うか・・・とカエルレウムが考えていたその時だった。



「───────《雷電(エレキサンダー)》」



「〜〜〜〜〜ッッぅ、ぁ!!」



カエルレウムの体に、電流が走った。ガクガクと震える体と、思考をも穿つ電流。それは否応なく意識を刈り取る。クソ・・・と悔しい気持ちを抱えながら、カエルレウムは気を失った。



「・・・さて。」



カエルレウムの意識を奪った少年は、パンパンと服の汚れを払うと、再び歩き出した。



「───────おしごとの時間だ。」



少年の目にはやはり何も映らない。空っぽで無色な、透明人間のまま。



──────────まるで少年など、存在しないかのように

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