第57話読み取れない感情
客観side
時は15分ほど前に遡る。トモリに狼少年を任されたカエルレウムは、狼少年を脇に抱えて全速力で駆けていた。
王宮を抜け、真っ暗な道をひたすらに走った。目指すはトモリが言っていた街の外。トモリの仲間がいる場所だ。
「(・・・あーもう、どうして俺がこんなこと・・・。)」
金にならない労働ほどクソなものはない、というのがカエルレウムの持論。彼の辞書にタダ働きという文字は無い。つまりカエルレウムが今していることは自分の信念に反しているのだ。
「(それに・・・俺だから信じるとか、意味わっかんねー・・・。)」
そんなの、まるで俺自身を見てくれてるみたいじゃないか、とカエルレウムは思った。
───────今までカエルレウムの周りには、彼自身を見てくれる人間などいなかった。
何よりも、路地裏でひっそりと生きてきた彼に、”信用”なんてもの必要なかった。
人を殺し、騙し、騙され、奪い合う。弱肉強食の世界で育ったカエルレウムの心は、当然のように悪に堕ちた。
カエルレウムは10歳のとき、メメントモリに所属した。お金をもらってたくさんの悪事を働いて、12歳になる頃には既に幹部の席に座っていた。
彼には才能があった。魔法の才能、戦闘の才能、殺しの才能、どれをとっても全てが人並み以上。メメントモリはそんな彼に期待し、たくさんの仕事を与えた。
彼もお金を貰えるならと、断ることなく働いた。働いて働いて働いて、そうして気付いたのだ。
──────働いてお金を稼いで、その後は?
働くことに意味なんかない。メメントモリという組織すらも、彼にとっては生きていくための財布。忠誠も忠義も存在しない。
彼は生きたいがためにメメントモリに入った。でも今はどうだろう。掃いて捨てるほどに貯まったお金の使い道など、彼にはなかった。
それでも彼は知っていた。お金こそが全て、お金で買えないものなどないのだと。
────────愛すらも、お金さえあれば手に入る
ならば、と彼は思い付いたのだ。この退屈を埋めるための”スリル”を、お金で買おうと。
そうしてカエルレウムという男は見事にギャンブル中毒者となった。
今では昔あったお金も底を尽き無一文である。彼は変わった。もちろん悪い方向に。それでも彼は今の自分が好きだった。
────────だからこそ、分からない。
「(こんなこと、小銅貨1枚にもならないのに。強いて言うなら、トモリンからの好感度が上がるくらい?いや、何それ尚更意味わかんない・・・。)」
トモリンから好かれたからって、何かいい事でもあるのか?とカエルレウムは考えた。強いて言うならお金を貢いでくれるくらいだろう。 でもそれなら今のままでもお手伝いをすればお駄賃くらいはくれるはず。
・・・じゃあ、ただ単純に、俺がトモリンに好かれたいってこと?と考えて、思考を止めた。頭をぶんぶん横に振る。カエルレウムはいやいやいや、ないないない、と心の中で全力で否定した。
「(・・・むずかしいなぁ、心ってのは。)」
そう考えるカエルレウムの脳裏には、いつの間にかさっきのトモリが蘇っていた。思わずふっ、と口に出して笑う。
「・・・信じる、か。」
何よりも。トモリが、カエルレウムのことを信じている。その事実こそが面白いのだと、カエルレウムは思った。
─────────その時だった。
────────────ザシュ、音が聞こえた。
「ッ、・・・!!」
音の正体はカエルレウムだった。いいや・・・カエルレウムが、何者かに”切られた”ことによる音だった。
その何者かは、さっきまでカエルレウムが脇に抱えていた小さな体躯の少年。その少年は先程までの様子とは打って変わり、余裕そうな顔でニコリと笑っていた。
「・・・なぁに、この展開。」
カエルレウムは切られた腹を押さえながら、精一杯の笑顔を浮かべて呟いた。顔には冷や汗が流れ、全身には形容し難い痛みが宿っていた。
「・・・おかしいな。ちゃんと切ったはずなのに。」
「あ、はは〜俺ってば天才だからさぁ。てか・・・マジでなんなの?トモリンの仲間なんでしょ。」
「仲間?あはは!そんなの利用してただけに決まってるじゃん。それなのにあの人、必死こいて俺の事迎えに来たりしてさ。ほんっとバカみたい。なぁにが信じろ、だよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「君も馬鹿だね。あんな人に従うなんて。どうせあの人、君のこと便利な駒くらいにしか思ってないよ?」
クスクスと笑う少年の目は笑っていなかった。光の宿らぬその目には、最早破滅しか映っていない。
一方カエルレウムは立っているのでやっとの状態だった。恐らくさっき受けた傷が原因だろう。少年の手に収まっているナイフの刃先には猛毒が塗られていたのだ。強がってはいるが、彼も万能では無い。彼は意識が飛ぶ寸前だった。
それでも。それでも、わけも分からず湧いてくる怒りが、彼の意識をなんとか繋ぎ止めていた。
何故怒っているのか?彼もそんなこと分かっていない。なんせ、彼は感情というものを知らない。怒りを感じたことすら初めてかもしれないのだから。
「・・・あぁ、そろそろ行かないと。っと、その前に。」
少年はカエルレウムに近付くと、立っているのでやっとな彼に、思い切りナイフを突き刺した。
「ッッ〜〜〜!!!」
がくり、膝から崩れ落ち地に伏した。ぼやける視界と強烈な眠気に、カエルレウムは目を閉じた。
─────────意識はもうない、はずだった。
それでもなぜか、カエルレウムの頭の中には泣いているトモリが映った。
泣き顔を見て、もし狼のことを知ったら本当に泣いちゃうかも、なんて思った。泣いて欲しくない、とも。
そのとき、霧が晴れるような感覚をカエルレウムは味わった。
ふわふわした雲がいなくなって、ようやく空が見えたような心地だった。
「(・・・ようやく分かった。)」
それは、先程からカエルレウムの中にグルグルと巡っていた疑問。
「(──────俺、トモリンと仲良くなりたいんだ。)」
だから、トモリンによく思われたくて、トモリンの役に立ちたくて、トモリンのことをこんなに考えちゃうんだ。
カエルレウムはいっそ清々しい気分になった。だからだろうか、沈んでいく意識が一気に浮上した。
「────────二ヒヒ」
今ならなんでもできる、とさえ思えるほどの気持ちの良さに、カエルレウムは思わず笑った。
「・・・まだ生きてたのか。」
「二ヒヒ!なぁに言っちゃってるん?戦いはこっからじゃんか!」
「・・・悪いけど、俺には時間が無いんだ。遊んでる暇は無い。」
「じゃあじゃあ〜、無理矢理にでも付き合ってもらうよ?《水晶(クリスタル)》!!」
「なっ、!!」
カエルレウムの水魔法により、少年の足が水晶に固められた。身動きが取れないためか、少年の顔に焦りが浮かんだ。
「第2ラウンドといこうよ、二ヒヒ!!」
「・・・はぁ。いいよ、遊んであげる。」
カエルレウムの復活により、2人の戦いが幕を開けた。
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