第56話舞い降りた絶望
僅かな沈黙の末に、先に攻撃を仕掛けたのは
私だった。
狙うはもちろんアーテル。さっきの魔法の対策として素早く動き回りつつ、刀が届く範囲内へ移動する。
あともうちょっと、というところで後ろから魔法の気配がした。反射で左に避けて交わすと、炎の塊が通り過ぎた。
『(背中を向けたら攻撃される。かと言って、動かなければ2人を倒せない。)』
ならば・・・と背後に結界を作り出す。そして右手に刀、左手に魔力で作った銃を持つ。
その時、油断していると思ったのかルーフスの炎が背中にぶつかったが、結界のおかげで怪我はない。これなら・・・やれる。
先程とは比べ物にならないくらいの速さで走り出す。後ろから炎が飛んでくるが、結界で全て防ぎ切り、更に銃を撃って牽制をする。そうしてようやくアーテルの近くにたどり着いた。
私は刀を振り上げた。それでも何故か、アーテルは動こうとしなかった。
油断?いいや、なにかおかしい。多分これは罠だ。カウンター狙いか、もしくは近接魔法を放つつもりか、あるいは武術で対抗するつもりか。可能性は無限にある。
そもそも、どうしてアーテルは私を倒そうとしないんだ?アーテルは私よりも遥かに強い。だというのに、私を倒そうとする素振りを見せない。
さっきの魔法だって、特別命に関わるものじゃなかった。でも、アーテルだってメメントモリだ。油断はできない。しちゃいけない。
『(逃げる?いいや・・・・・・斬るっ!!)』
刀を振り下ろす。確実に入ったと思った。でも斬ったのはアーテルではなく空気で、そこにアーテルの姿はない。
『は、!?』
戸惑っているうちに背後で人の気配がした。振り返るが、もう遅い。そこには私に手のひらを向けるアーテルがいて、
「《闇呪(ダークカース)》」
その向けられた手のひらから、何かが出てきた。
私は後ろにさがりつつその黒い物体を斬った。この黒い物体は・・・何故か猛烈に、触れてはいけないと感じてしまう。
「・・・いい加減、諦めてちょうだい。」
あたしはあなたを傷つけたくないの、アーテルはそう言った。それを聞いて何故か、ものすごく腹が立った。
その余裕さが、その弱いものを見るような目が、その憐憫を含んだ目が、気に入らなくて。
第一、これは決闘だ。だというのに、傷つけたくないだと?ふざけるな・・・そんなに私が弱く見えるのか。
お前に傷つけられるほど・・・私は弱くない。
『・・・諦めて欲しいなら本気でこい。まぁ、私は死んでも諦めないがな。』
「・・・・・・そう。なら、仕方ないわね。」
アーテルは諦めたように息を吐くと、次の瞬間に、
『・・・ぇ?』
消えた。一体どこにいったんだ?とキョロキョロと辺りを見回す。すると突然、強烈な痛みが私を襲った。
私はいつの間にか宙を舞っていて、がはっ!と口から血が溢れた。
『(見え、なかった・・・?)』
攻撃も、その姿も。痛みを感じるまで、どこを攻撃されたのかも分からなかった。
レベルが違うことはわかっていた。いいや、わかっていたつもりだった。でもこれは、知らない。こんな強さ、知らない。
前の世界では感じることのなかった未知の強さへと恐怖と、存外に”勝てない”と思い知らされる痛み。
ドンッ、と鈍い音で地面に激突した時、感じた痛みと共に、狂いそうなほどに強烈な屈辱を認識した。
1度目も、アーテルだった。そして2度目も、
──────同じ人に2度も負けるという”屈辱”は、思っていたよりも痛かった
『ごほ、ごほっ、はぁ、っ、』
「ほら、降参して。もう立てないでしょう?」
『こうさ、っ、なん、か・・・っ!』
「・・・約150よ。」
『は、』
「あたしとアナタのLvの差。」
150・・・?あぁ、そうか。そうかそうか。そんなの、
───────俄然、負けられないじゃないか。
『ま、だまだぁっ、』
「ちょ、聞いてた!?150もLv差があるのよ!?」
『うるさい!150のLv差?そんなの聞かされたら、降参しろってほうが無理だろ・・・っ!』
ガルルル、と噛み付くように叫べば、アーテルは意味がわからないというようにポカン、とした顔をした。
「──────はっ、そういうことかよ。おいアーテル、お前Lvは?」
そう言ったのはルーフスだった。ルーフスは謎にニヤニヤしながら、アーテルに話し掛けた。
「は、?420、だけど・・・?」
「つーことはこのクソ女は270・・・あぁ、やっぱりか。」
「は?どういう意味よ?」
「因みに俺のLvは120、だ。」
「・・・・・・ルーフスとトモリのLv差が、あたしとトモリのLv差と同じ150ってこと?でも、それが何よ?」
それが何、だと?アーテルにとっちゃどうでもいいだろうけどな、私にとっては死活問題なんだよ。
『ルーフスはLvが150上の相手とも戦えるのに、私は戦えないとかそんなの恥でしかないんだよッ!!!生き恥を晒すくらいなら今ここで戦って死んでやる・・・っ!!』
「クハハハハ!!やっぱそうかよ!!可愛いとこあんじゃねぇかクソ女ァ。」
「はぁ!!?そんな理由で戦おうって言うの!?意味がわからないわ!!」
『分からなくて結構。生憎私理論じゃ、諦めなければ負けてないんでね。勝負の続きといこう、アーテル。』
「・・・・・・はぁ。いいわ。こうなったら全力でやってあげる。」
「おいおい、俺も混ぜろよお前ら。」
私たち3人は一斉に構えた。2対1は依然として変わらない。でもやる気は先程よりもみなぎっていた。
今度こそ決着をつける。そう思った、その時だった。
先程のオークション爆発の比にならないくらいの爆音が、ナハト帝国に響いたのは。
私たちは思わず顔を見合せ、急いで扉から外に出た。そして階段を下り窓から街の方を見渡した。
『なっ、』
「・・・あぁ、作戦失敗ね。」
「チッ、めんどくせぇことになったな。」
────────そこはまさに、地獄であった。
建物は崩壊し、どこかしこも炎に包まれている。人々は逃げ惑い、逃げ遅れた人が建物の下敷きになっている。
そんな地獄の中心には、大きな、大きな獣が、まるで絶望が舞い降りたかのように君臨していた。
満月が狼を照らし出す。照らし出された狼は、月を見上げて大きな声で吠えた。
ワオォォォン!!という遠吠えに思わず耳を塞いだ。一体何が起こっているのか、それを確かめたいのに声が出ない。
こんな絶望を前に、何をすればいいのかも検討がつかない。足が、竦みそうになった。
「─────逃げるわよ。」
パシン、と腕を掴まれ引っ張られた。引っ張っていたのは、先程戦っていたアーテル。アーテルはどこへ向かっているのか、スタスタと早足で歩き出した。
チラリ、後ろを見るとルーフスがつまらなそうに外を見つめていた。
『ま、・・・って、待ってくれアーテル!!』
「待てない。早く逃げないと巻き込まれるわよ。」
『何が、あの狼は、』
「───────お前、マジで何も知らねぇんだな。」
笑えるぜ、と言って笑ったのは、後ろにいたルーフス。どういうことだ、と睨み付けると、ルーフスはニヤリと笑った。
「───────あそこで暴れてる狼こそ、お前が庇ってた狼だぞ。」
『・・・ぇ?』
「古代兵器フェンリル。この世に存在する3つの古代兵器のうちの1つで、この世に災いをもたらすとされ遺跡に封印されてたんだよ。今のアイツは本当の姿で、さっきまでのあいつの姿が偽物・・・いいや、弱ってた姿って言った方がいいか?」
・・・なに、それ。古代兵器?じゃあ、記憶がなかったのは封印されていた影響ってこと?
「・・・でも、おかしいわね。封印解除の儀式をしない限り、封印は解けないはずなのに。」
「儀式の方法を知ってんのは俺とアーテル、それからここの王くらいだろ。俺とアーテルじゃないってことは、だ。残るは1人しかいねぇだろ。」
「・・・でも、どうして今なの?仮にもこの国の王よね?この国がめちゃくちゃになることくらい想像できそうだけれど。」
・・・もしかしたら、やったのは王様じゃない?
でもそしたら一体誰が・・・。
「・・・とにかく、早く逃げるわよ。考えるのはその後。」
『ちょ、逃げるなら2人で逃げてくれ!私を連れて行こうとするな!!』
「は?まさかアナタ、ここに残るつもり!?」
『当たり前だろ!狼少年を止めに行かないと!!』
「っ、アナタに何ができるのよ!!?」
『そ、それは・・・っ、』
私に、何ができるのか?そんなの・・・何も出来ないだろうさ。だって今の狼少年はきっと私よりも遥かに強い。だからって、狼少年を・・・仲間を諦めろって言うのか?
「きっと何もできないわ。だってアナタはあたしよりも弱いもの。それに、あたしにだってあれを倒す自信はない。・・・もう一度聞くわ。アナタに何ができるって?」
何も・・・本当に、私は、何も・・・できない。弱いってこと、知ってるよ。アーテルにも勝てないし、ルーフスを倒すこともできない。自分が弱いことくらい、知ってるさ。
知ってるけど・・・っ、私は真白やエストレア、それに子供たちには・・・弱いところ、見せたくない。
それなのに、諦めて逃げろ?お前は弱いから無駄だって?そんなの、アーテルに決め付けられたくない。
弱いことは知ってる。自覚ぐらいある。でも、それでも・・・。
『っ、・・・あきらめたくない。』
「・・・ッ、いい加減にして!そんな子供っぽい感情で、・・・ッ!!」
『あきらめたく、な”い”・・・ッッ!!!』
悔しい、悔しい悔しい悔しいっ、私にもっと力があれば、もっと権力があれば、狼少年を守ってあげられたかもしれない、今あそこで暴れている狼少年を止められたかもしれないのに。
何も出来ないことが・・・っ、こんなにも、悔しいだなんて思わなかった・・・ッ。
「・・・、はっ、ちょ、なんで泣いて・・・えっ、お、落ち着いて、泣かないで・・・っ、」
『泣いてないっ!!』
「泣いてるじゃないの思いっきり!!」
これは・・・塩水か何かで、別に泣いてるわけじゃ・・・というか、まさかアーテルとルーフスの前でこんな醜態を晒すなんて・・・くそ、穴があったら入りたい・・・っ。
ぐすっ、と鼻水を啜り、目の前でオロオロしてるアーテルを睨みつけた。
『て、はなして・・・っ、私は逃げない、諦めない・・・っ、』
「・・・あぁぁあぁもう、この頑固者!!というか、泣き落としなんてさすがは色欲の大罪者ね・・・。」
『泣いてないし!!』
「泣いてるわよ!!・・・はぁ。ルーフス、先に帰っててちょうだい。」
「・・・はっ、おいおい、まさかこいつを手伝うってか?冗談だろアーテル。あの極悪非道の冷徹人間が聞いて呆れる。」
「──────────勘違いすんな。これはメメントモリとしてじゃなく、ただのアーテルとしての選択だ。お前にとやかく言われる筋合いねぇよ。」
「・・・・・・・・・へぇ。」
な、え、な、今のなに・・・あれ、幻聴?なんかアーテルからすっごい口悪くてめちゃくちゃひっくい声が聞こえた気がしたんだけど・・・。
涙なんか引っ込んだわ。いや泣いてないけど。私もう18だし?立派な大人だからこんなことくらいで泣いたりなんか・・・。
「・・・トモリ。」
『ひゃいっ!!?』
「・・・ふふ、なによひゃいって。返事のつもり?」
あ、よかった。いつものアーテルだ。いやぁびっくりした・・・。心臓が止まるかと・・・。
「・・・仕方ないから手伝ってあげるわ。但し、どうしても危なくなったら逃げるわよ?」
『ぇ、いや、手伝うって・・・え?いらん・・・。』
「いいわね??」
『はい・・・。』
何を企んでいるのか分からないが・・・まぁ、別にいて困ることもないだろうしいいか。
「・・・・・・チッ、しゃあねぇな。俺も手伝ってやんよ。」
『もっといらん・・・。』
「あ?」
『そんな凄まれても・・・。』
どうにかしてよ仲間なんでしょ?とアーテルを見たら、何故かニコリと微笑まれて頭をわしゃわしゃと撫で回された。
『ちょ、おいやめろバカ!!ぐしゃぐしゃになるだろ・・・!?』
「あらごめんなさい、ついうっかり手が滑って。」
『ついうっかり手が滑って!?』
「ふふ・・・よく考えたらアナタ、まだ子供なのよね。」
『え、喧嘩売ってる??』
「売ってないわよ。・・・ほら、行くわよトモリ、ルーフス。」
『ちょ、アーテル。もしかしてこいつも行くのか?』
「俺がいちゃ問題でもあんのか?あぁん?」
ガラが悪い・・・こいつだけは絶対に子供たちに会わせないようにしよう。
・・・それにしても。まさかメメントモリの隊長2人と行動を共にすることになるとは。めちゃくちゃ不本意・・・だが、ルーフスはともかくアーテルは強い。戦力としてこれ以上ないくらいの助っ人だが・・・やはり何を企んでるか分からないからちょっと不安だ・・・。
まさか私が泣いたからか?・・・いやいや、相手はメメントモリの隊長だぞ?慈悲とか温情とか持ち合わせてるわけない。
『よし、行こう。2人とも。』
とにかくいないよりはマシと考え、私は2人を追い越して歩き始めた。
「・・・あなたにも優しさなんてあったのね?」
「あ?クソつまらねぇこと言ってんじゃねぇよ。俺があのクソ女に慈悲なんぞかけるか。あるのは憎しみと憎悪と、怒りだけだ。」
「・・・その割には、トモリが泣き出した時固まってたじゃない。」
「クソ女が珍しく年相応の反応するからだろ。・・・そういうお前こそ、どういうつもりだァ?」
「ふふ、知ってたかしら?───────恋は人を変えるのよ。」
「・・・はっ、趣味悪ぃぜ。」
『──────おい2人とも、早く来い!』
私から離れたところで何やらコソコソと話をしていたから、早く来いと大声で呼んだ。するとアーテルはニコニコしながら走ってきて、ルーフスは舌打ちをこぼしながらスタスタと早足で私のところまで来た。
追い付いた2人を確認し、私は窓の外を見た。今も暴れ回っている狼少年に、待っててくれ、と心の中で呟いた。
────────必ず助ける
そう、心に誓って
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