第55話信じられるもの

「おい、アーテル。これやるよ。」



ルーフスは突然そう言ってアーテルに小さな紙を手渡した。



アーテルはそれを受け取ると、紙に目を落として直ぐにこちらを見た。こちら・・・というか、狼少年を見てる。



狼少年が少し怯えているのが分かった。思わず狼少年とアーテルとの間に立つと、アーテルは分かりやすく顔を歪めた。



「・・・なんのつもりよトモリ。まさか、その狼を庇う・・・だなんて言わないわよね?」



『そうだって言ったら?』



「いくらトモリでも容赦しない。───────殺す気でいくわよ。」



殺す気で、か。いくら殺す気できたとしても、アーテルは私を殺せない。なぜなら私が死ぬと、一生色欲の呪いが解除出来なくなるから。それでも私とアーテルの力量差が埋まるわけでもないけどな。



「おいカエルレウム、お前も手伝え。」



「え〜、俺今はトモリンと手を組んでるからなぁ。」



言外に、協力して欲しいなら金を寄越せと言ってるように聞こえるのは私だけでは無いはずだ。ほら、私と同じように聞こえたらしいルーフスが苛立った様子で舌打ちした。



「金ならメメントモリの上層部からでてるだろうが!!」



「え?この任務俺の担当じゃないから、実質タダ働きでしょ〜。それともなぁに?赤いのが俺に給金支払うの?」



「チッ・・・なんで俺がお前に給金支払うんだよ。手伝わねぇならどっか行けよ。邪魔だ。」



「だからぁ、俺は今トモリンと手を組んでんだって〜。ね、トモリン。」



『ん。残念だったなルーフス、げこちゃんは今私専用のげこちゃんだから貸し出し不可なんだよ。』



「あァ?なに意味わかんねぇこと言ってんだ。頼むから俺でも分かる言語で話せよクソ女。あぁ、でもお前は18歳のお子様だもんなァ?お子様なら共通語すらまともに話せねェのも納得だわ。」



『あ?4歳しか変わらないだろうが。それに・・・。』



私はチラ、っとげこちゃんの方を見た。目が合うと、げこちゃんはニコニコしながら明後日の方向を向いてしまった。



『私でお子様なら16歳のげこちゃんは赤ちゃんだろ。』



「ちょ、トモリンひどぉい!」



酷いって・・・げこちゃんの方が酷いことしたよな?私の事殺そうとしたし・・・あれ、16歳ってギャンブルしてもいいんだっけ?16歳でギャンブル中毒になって金の亡者になるなんて・・・異世界って怖いな・・・。



『・・・あれ、そういえばアーテルは何歳なんだ?』



「・・・・・・・・・アナタ、18歳・・・なの?」



『えっ、あ、うん。それがどうした?』



「・・・最初に言っておくけど、別に年下が好みってわけじゃないわよ?」



『と、年下・・・?え、なんの話・・・。』



「・・・・・・・・・27よ。」



『・・・・・・・・・・・・・・・・・・エッ?』



「だから!27歳だって言ってるのよ!!」



27歳・・・アーテルが?じゃあ、私とアーテルは9歳も離れてるってことか?私、9歳も離れたアーテルに私の事好きになれって言ってたってこと?・・・・・・や、やばいな。



というかげこちゃんもルーフスもアーテルの年齢知らなかったな?固まってるし・・・あれ、そもそもなんでこんな和んでるんだ?敵同士だよな?



『・・・ゴホン。気を取り直して、さっきの続きといこう。』



「せめて年齢に対して何か言ってちょうだい!・・・はぁ。もういいわ。──────始めましょうか。」



アーテルの緩んだ顔が引き締まり、真剣な雰囲気が溢れ出す。いつでも動ける、と言わんばかりの体勢に、私も無闇に動けない。



・・・でも。それはアーテルだって同じはず。



『げこちゃん!』



「はぁい、ここだよ。」



いつの間にか後ろにいたげこちゃんに驚きが隠せないが、隙を見せる訳にはいかないのでじっ、とアーテルとルーフスを見つめたまま小声で話す。



『街の外にある森の中に、私の仲間が待機してる。げこちゃんは狼少年を連れてそこまで逃げて欲しい。』



「・・・、・・・・・・?」



『?どうしたげこちゃん。』



まさかここまできてやっぱやめたとか言わないだろうな?と睨み付けたら、げこちゃんはいや・・・と、えらく動揺した顔で私を見つめていた。



「トモリンってもしかして、忘れっぽい?」



『喧嘩売ってるのか??』



「や・・・だってぇ、俺ってメメントモリだよ?」



『は?』



だから・・・なんだ?というか、今そんな話してる場合じゃないの分かってるよな?今にもアーテルとルーフスが攻撃してきそうなんだが?



「トモリンって危機感ないよねぇって話ぃ。もし俺が裏切ったら〜とか考えない?普通。」



『・・・は?』



「今だってさぁ。この狼のは、トモリンの大切な子なんでしょ〜?もし俺が狼のを売ったらとか、守りきれなかったらとか、普通、考えるよねぇ?」



・・・・・・言われてみれば、そうかもしれない。でも、私だって無条件で信じてる訳じゃない。



『お前は私を殺さなかった。つまり、不本意だが私にはまだ金蔓としての価値があるってことだろ。それにな、私はさっきお前のお金好きに命懸けたんだ。命を懸けて、生き残った。私が私の命で証明したお前のお金好きを、信用するなって方が無理だろ。』



「・・・ふぇ?な、え、な、なに?どゆこと〜??」



『簡単に言うと・・・メメントモリのカエルレウムは信用できないが、お金好きのげこちゃんなら信用できるってことだ。』



「・・・おれ?」



『あぁ。分かったらとっとと行ってくれ。頼んだ、げこちゃん。』



「ぁ、え、・・・?」



げこちゃんはまだ目をキョロキョロさせて戸惑っていたが、決心がついたのか狼少年を抱き上げた。



「と、もり・・・?」



『大丈夫だ狼少年。そのお兄ちゃんは私の知り合いだから。・・・後で、必ず会おう。』



「ぇ、・・・ともり、は?いっしょに、」



『・・・一緒には行けない。・・・ごめんな。』



「・・・っ、ゃ、やぁ!ともり、いっしょがいぃ・・・!」



『・・・狼少年。──────私を信じろ。』



「・・・っ!しんじる・・・?」



『大丈夫だから、私を信じて待っててくれ。』



「・・・・・・・・・ん。」



狼少年は頷くと、げこちゃんの服を握り締めて俯いた。



「───────信じてるよ、トモリ。」



小さく聞こえた声。それに大きく頷き、げこちゃんを見た。げこちゃんに目で合図をすると、彼は私たちが入ってきた扉の方へと走り出した。



「はっ!行かせるかよ!!」



扉の前にルーフスが立ち塞がった。私はそれを排除するべく、魔力で銃を作り出しルーフスに向けて撃った。



流石のルーフスでも当たると不味いと思ったのか弾を避ける。そうしてどんどん扉から遠い場所へと誘導する。



良い調子だったのだが、後ろに迫った途轍もなく黒いオーラに、私の意識はそちらへ向いた。



そこにいたのはやはりアーテル。しかしアーテルに気付いた時には既に羽交い締めにされており、動けなくなっていた。



『ぐっ、』



「今よ!カエルレウムを追いなさい、ルーフス!!」



「言われなくても追うっつーの!!」



『っ待て!!』



ルーフスを行かせる訳にはいかない。私が足止めしなければ。足止めを・・・でもどうやって?・・・考えてる時間は無い。なんでもいいから、魔法でどうにかしないと・・・!






──────ここで逃がしたら、一生後悔する気がする






『────────《恒星(フィックストスター)》!!』



「なっ!!?」



「チッ・・・!!」



岩石のような金色に輝いた星が扉の前に出現し、部屋の外に出ようとしていたルーフスを足止めした。



その星の金色はまるで黄金のように光り輝き、暗かった室内を明るく照らした。



私は驚いているアーテルの手が緩んだ隙を見て、拘束から脱した。



急いで距離を取り2人の様子を観察する。2人はそれぞれ違う反応をしていた。



ルーフスは笑っていた。心底可笑しそうに、左目を押さえて。



そして、アーテルは顔を青くさせていた。戸惑ってるとか困惑してるとかそんな次元じゃない・・・これは、もしかして・・・焦ってる?一体何に?



「・・・トモリ、正直に答えて。──────これは、なに?」



これはなに、だと?見ての通り星・・・・・・・・・あ、そういえば。この星属性を持ってるの、この世界じゃ私だけっぽいんだった。真白とかエストレアとかが驚かないからすっかり忘れてた。



というか、使っておいてあれだけど、どうして魔法が使えたんだ?確か、ルーフスの霧魔法で魔法を封じられていたはずなのに。



・・・まぁ、2人が驚いてないところを見ると、恐らくげこちゃんの仕業だな。



なんか地面に大量の氷の礫が落ちてるし。霧は水分だから凍る。恐らくげこちゃんは氷属性も持っていて、魔法を封じている霧だけを凍らせたんだろう。



でもそんな芸当、とんでもなく魔法操作が上手くないと出来ないんじゃ?・・・今度げこちゃんに聞いてみよう。



『・・・知らん。多分土魔法。』



「アナタ土魔法は持ってないでしょ。──────へぇ、・・・星属性ね。」



『・・・・・・・・・・・・。』



恐らく私のステータスを見たんだろう。でも見られてるっていうことはつまり、私の方が弱いってことで・・・すっごく悔しいな。



「クハハッ!!星属性、だと?こりゃあいいことを知った。なァアーテル。」



「・・・・・・・・・・・・。」



「この星属性をメメントモリが見たらなんて言うだろうなァ?メメントモリだけじゃねェ。世界中の権力者が欲しがる能力だ。このことが世界に広まれば・・・お前は色んなやつから狙われる羽目になるだろうぜ。まァ、どのみち生き地獄だろうな。」



・・・生き地獄?そんなの前の世界の時からそうだった。今更そんなことで弱音なんか吐くか。



それに・・・世界中の奴らが欲しがる力を、こんなちっぽけでクズな私が持ってるんだ。最っ高に楽しいと思わないか?



『なら今ここでお前らの口でも塞いでおくとするよ。安心しろ──────ころしはしない。』



足に力を入れて、一気に走り出す。目指すはアーテルのところだ。



倒すならまず弱い奴からが定石だけど、ルーフスには憤怒の瞳という大罪系のユニークスキルがある。そう簡単に決着がつくとは思えない。



それはアーテルにも言える・・・というか多分アーテルには負けるだろうけど、ルーフスに集中して後ろからアーテルの攻撃を受けるよりも、アーテルに集中してルーフスの攻撃を食らった方がダメージが少ないと考えた。



だからアーテルの相手を・・・とアーテルの方へ走った。



アーテルとの距離が数m、というところで、アーテルが俯いていた顔を上げた。その瞬間、アーテルは何かを呟いた。



「───────《闇影(ダークシャドウ)》」



『ッ、な!?』



体が・・・動かない?一体何が起こって・・・。それになんか、足を掴まれてるような、



思わず下を見ると、そこには黒い”何か”が、地面から這い出ていた。無意識のうちに息を飲む。”何か”は禍々しい手で私の足首を掴んでおり、その力は人間の比じゃない。



『ぅっ、ぐぁ、』



やばい、これ、骨折れるんじゃ?という嫌な予感がした。立っていられなくなってしゃがみこむ。手を足首から引き剥がそうと引っ張ってみるが、ビクともしない。それどころか腕まで掴まれる始末。



しかも、これ・・・痛いと思ったら、この黒い”何か”に触ったところ・・・まるで腐敗したみたいに黒く染ってる。なに、これ、どうなってるの・・・?



「・・・魔法を解除しなさい、トモリ。そしたら許してあげるわ。」



「──────────甘ェな。」



「は?・・・ちょ、何するつもりよルーフス!!」



「何って・・・見てりゃわかんだろ。」



ルーフスはそう言って私の前にしゃがみこんだかと思ったら、いきなり私の首を締め付けてきた。その衝撃で、被っていたフードがハラりと脱げる。



マズイ、と目が合わないように思わず目を瞑った。



『ングッ、はなっ、せ、!』



「離しなさいルーフス!!トモリのことは私に任せて、」



「甘いんだよ、お前。このクソ女に情が湧いてんの丸わかりだぞ。」



「っ、そんなことないわ!いいから早く離して!これは命令よ!!」



「命令?俺に命令出来んのは上層部の連中だけだ。お前の命令なんぞ聞かねぇよ。信者の奴らと一緒にすんじゃねぇ。」



「・・・どうしても離さないっていうなら、」



「おっと、怖いねェテネブラエ隊は。さっさと終わらせるからちょっと待てよ。────── 《魔法封印(チャームシール)》」



『なっ、にを、』



突然白い光に包まれたと思ったら、いつの間にかルーフスは私の首から手を離していた。



咳き込みながら息を吸い込み、異常を確認する。未だにアーテルの能力によって体の不自由はあるけど、特に問題は・・・・・・あ、れ?



『魔法、が・・・っ、』



使えない。どうしていきなり・・・まさか、さっきかけられた魔法は、魔法を封印するもの?



じゃあ・・・扉のところにあった星も・・・やはり、無くなっている。



『チッ、ころ・・・す・・・!』



「おいおい、いつもの迫力はどうしたァ?まぁいい。もうお前に用はねぇよ。そこで大人しくしてな、クソ女。」



「・・・魔法は解いてあげるわ。・・・最も、解いたところでもう動けないでしょうけど。」



アーテルの魔法から解放された。でも、アーテルの言った通り体が重くて動かせない。ピクリともしないなんて。



・・・でも、左手だけは動く。こうなったら、とことんやってやる。せいぜい私を傷付けたことを後悔することだな。



私は懐から魔法袋を取り出した。袋の中身を漁り、震える手で手のひらに収まるくらいの瓶を取り出した。瓶の中にはエメラルドグリーンの液体が入っていた。



私はそれをごくごくと全て飲み干した。瓶を放り投げると、カリン、という音が鳴った。



音で気が付いたのだろう、扉を出ようとしていたアーテルとルーフスが私の方を見た。



「・・・はっ、執拗ェ女は嫌われるぜ?」



「まさかあの腐敗を取り除いたっていうの・・・?有り得ないわ、そんなこと、有り得るはずが・・・、」



───────さっき飲んだポーションは所謂万能薬と言われる優れ物。ただし、この世に1つしかない。



なぜなら今私が飲んだポーションは、エストレアが作ったものだから。エストレアの魔力をこれでもかと注ぎ込んだ、超特性の魔力ポーション。



効き目は、確認するまでもなく圧倒的。傷が全て治り、さっき封印された魔法も元に戻った。



────────さすがは魔力を司る暴食の瞳(グルマンディーズ)のポーションだな。



『第2回戦といこうじゃないか。なぁ、メメントモリ。』



魔法袋からスルスルと刀を取り出す。やる気も元気も漲っている。さすがはエストレアのポーション。



刀を抜き、構える。久しぶりの戦いに、刀も喜んでいるような気がした。


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