第54話鍵となる情報


執務室に入った2人がまず目にしたのは、無惨にも血塗れで死んでいる5人の兵士の姿だった。



悲鳴はあげなかったものの、ミヤがビクリと肩を揺らした。



ミツヤも目を逸らし、死体を目に入れないように務めた。死体が怖かった訳では無い。



ミツヤやミヤたちは今まで路地裏でひっそりと生きてきた。路地裏には、餓死して死んだ人の死体や、暴行の末に死に至った死体など、ほぼ日常茶飯事と言えるほどに転がっていた。



つまり見慣れていたのだ。にも関わらず、2人は堪らず恐怖した。



理由は簡単。2人は死体を見てすぐに、誰が兵士たちを殺したのか察したから。



────────もしかしたら自分たちが、こうなっていたかもしれないと想像したから



だから2人は恐怖し固まった。



そして、メメントモリが兵士たちを殺したというのは正解だった。2人が執務室に来る前、ここには既にメメントモリの連中が来ていた。兵士を殺し、執務室を漁った。



だから執務室内は書類や本などで散らかり放題だ。



一体なんの情報を求めて執務室に来たのかが未だに明らかになってはいないが、2人はそこまでは気にならなかった・・・いいや、思い至らなかったらしい。深呼吸をすると、散らかった室内を探り始めた。



「”・・・っ!ミツヤ、ちょっと来てみて!!”」



約5分後。ミヤはとあるノートと小さな箱を見つけ、テレパシーでミツヤを呼んだ。



「”どうしたの?”」



「”この日記に、トモリさんが探してる少年のことが書かれてるの!!”」



「”・・・っ!!”」



それを聞いたミツヤは、ミヤと共に日記を開いた。そこにはこう書かれていた。



───────今日はいい日だ。オークションで綺麗な顔をした狼の獣人を手に入れた。なんでも遺跡で発見されたらしい。古代兵器・・・興味がある。



───────狼が儂のことを忘れていることに気が付いた。どうやら記憶障害らしい。これを利用すれば、ヴァイスの英雄を始末出来るかもしれぬ。



───────狼が暗殺に失敗した。どうやら最終手段を使うしかないらしい。



───────手筈は整った。メメントモリと手を組むのは癪だったが、致し方ない。利害の一致というやつだ。明日のオークションが始まるのと同時に、メメントモリの連中が作戦決行のために王宮へ侵入する。作戦の鍵となる封印解除の儀式の方法が書かれた紙を、儂の執務室に隠した。メメントモリの連中がそれを見つけて狼を例の場所へ連れていけば、作戦は成功だ。



日記はそこで終わっていた。2人はそれを見た瞬間、顔を青くして日記内に記されていた紙を探した。



封印解除の儀式。その方法が書かれた紙。もしそれがメメントモリの手に渡ったら・・・と、最悪の展開を思い描いてさらに顔を青くした。



「”そ、そうだ、まだ外にいるメメントモリの人達が持ってるかも!!”」



「”よし、見に行こう!”」



2人は急いで外に出て、未だに眠っているメメントモリの人たちの懐を探った。



ふと、ミツヤの手に何かが当たった。引っ張ってみると、がさ、という音が聞こえてきた。様子を見ていたミヤも音を聞いたらしい。嬉しそうな顔でミツヤを見てきた。



ミツヤとミヤは頷き合い、紙を取った。そしてその紙に目を通し始めた。



「ね、ねぇこれ!!」



「今すぐトモリさんに知らせないとっ!」



2人は焦っていた。だからこそ、声を出して会話をしてしまった。周囲に警戒を配るのを怠っていた。



「・・・あ、れ?」



「テレパシーが・・・使え、ない?」



何が起きているのか分からない、というように困惑した顔をする2人。とにかくトモリのところに向かおう、2人はそう思って走り出そうとした。



しかし、2人は走り出せなかった。バタン、と音を立てて倒れ、急に力が出なくなったことに酷く焦燥した。



「な、なに、?なにが、起こって・・・っ、」



「動け、ない・・・だれ、か・・・、」



2人の意識は次第に沈んでいった。先に限界を迎えたのはミヤだった。



そして、ミツヤも既にほとんど意識がなかった。しかし辛うじて目は開いていた。



「ぅ、・・・く、そ・・・、こん、とこ・・・っ、で、」



「───────ガキは寝てろ。」



最後に聞こえた声と、目に焼き付いた赤色のブーツ。



ミツヤは働かない頭でも、確かに理解した。



「(メメントモリ・・・イグニス隊、)」



メメントモリのイグニス隊。誰なのかは分からなかったらしいが、閉じられた左目を見れば一目瞭然。



彼はメメントモリイグニス隊隊長。───────ルーフスである



「チッ、んでこんなとこにガキが。」



ルーフスは鬱陶しそうに呟くと、ミツヤが握っていた紙を奪い取った。



「・・・ったく、あの人は何してんだ。」



こんなこと俺の担当じゃねぇだろうが。ルーフスは苛立った様子でそう口にすると、大股で廊下を歩き始めた。



目指す場所は──────最上階



波乱が巻き起こる最上階に、新たなるカオスが参戦する。



客観sideEND



トモリside



狼少年の説得に成功し、いよいよ逃げるだけになったその時だった。



混沌が生まれる気配がしたのは。



「────────どうなってんだ、これ。」



聞き覚えしかない声と気配。私は無意識のうちに息を潜めていた。



なんせ、そこにはルーフスがいたのだから。何がどうなったらこうなるんだ、と私は頭を抱えた。



げこちゃんだけでなく、アーテルとルーフスにも出会うとか・・・運がないにも程がある。



しかも3人ともメメントモリ。私が何をしたって言うんだ・・・?



今頼れるのはげこちゃんだけだけど・・・げこちゃんもげこちゃんでメメントモリとしての立場とか矜恃とかもあるだろう。これ以上味方してくれるかどうかは分からないな。



「あんれぇ〜赤いのじゃん。奇遇だねぇ。」



「カエルレウム・・・てめぇ、なんでここにいやがる。今回の任務はイグニスとテネブラエの合同任務の筈だろうが。」



「あっは、俺は基本この国にいるよ〜?ギャンブル大好きだし〜。」



「・・・ちょっと。まだ話は終わってないわよ、カエルレウム。」



「え〜、俺はもう話すことなんてないしぃ。」



「アンタになくてもあたしにはあるのよ!!この泥棒猫!!」



「二ヒヒ、泥棒猫なんて酷いなぁ。俺たちはお金という名の元で愛し合ってるんだよ?」



「つまりお金の関係ってことじゃない!!なら早々に手を引きなさいこのヒモ男!!」



「うおっ、と・・・あっぶねぇ〜。」



げこちゃんってば、アーテルの本気の攻撃を何回も躱すなんて、流石は腐ってもメメントモリって感じだ。しかもアーテルより余裕があるし。



「チッ。てめぇらそんなことしてる場合かよ。カエルレウム、お前は帰れ。アーテルは攻撃をやめろ。・・・んで。───────出てこいよォ、クソ女。」



『(げっ)』



この男、私に対してだけ反応するセンサーでも付いてるんじゃないか?おかしいだろ絶対。



面倒なことになった、と思いつつ狼少年をその場に残してルーフスの近くに寄る。



ルーフスは私の姿を視認すると、心底嬉しそうに笑った。



「よォ、まさかこんなところで会えるとはなぁ。」



『・・・チッ。』



「舌打ちとは随分な挨拶じゃねぇか。やめろよ、今ここで殺したくなんだろ。」



私がお前を殺してやろうか・・・と殺意を込めて睨むも、意味はなかった。寧ろ逆効果か・・・?



「──────どういうことかしら、トモリ?」



『うぐ・・・っ、』



やばい・・・アーテルにはルーフスとの関係のこと話してなかった。あれ、でもなんでそれで怒るんだ?



「おいおい、まさかアーテルとも知り合いかァ?お前は強けりゃ誰でもいいのかよ?俺は遊びかァ?」



『は!?』



ニヤニヤしやがって・・・!絶対楽しんでるだろこの状況!!



「へぇ。・・・どういうことよトモリ。」



『いや違、違う、待ってアーテルその拳をおろして!!』



「ふふふ、どうしてやろうかしら・・・?」



「待てよ、こっちが先だろ?なァ、クソ女。」



『ちょ、なん、なんなんだお前らはっ!!』



いい加減にしろよ!と叫ぶも効果はなし。こうなったら・・・とげこちゃんの方を見たら、なんとげこちゃんはお腹を抱えて笑っていた。こいつ・・・いつか絶対仕返ししてやるからな!?



「あははははははは!!まじ最高ー!浮気現場じゃん修羅場じゃんいいぞもっとやれー!!」



『おい見てないで助けろよ!!』



「え〜でもぉ、俺のことも遊びだったってことでしょ〜?げこちゃん泣いちゃうっ!」



『可愛くないからな?なぁにがげこちゃん泣いちゃうっ、だよ!!ふざけんなこっちは身の危険を感じてるんだぞ!!』



ぜぇ、はぁと息を整える。久しぶりにこんなに全力で叫んだ・・・喉が痛い・・・。



「・・・ま、冗談はこのくらいにしてとくか。」



「『は???』」



私とアーテルの声が綺麗に揃った。なに、つまり今までの全部冗談??



『殺す・・・!!』



「落ち着けよクソ女。まだ約束の日には早いだろ?」



『チィッ!』



「・・・なによ、冗談?笑えない冗談ね二度としないで。」



こっちはこっちで面倒くさそうだな・・・目が死んでる・・・。



・・・さて。私も冗談はここまでにして。どうやって脱出するか。



げこちゃんに協力してもらっても無理な気がする。



・・・それに、さっきのルーフスの態度も気になる。あいつはあんなに気安く冗談を言うようなやつじゃないし。つまり、今までのは時間稼ぎか?一体なんのための?



・・・・・・まぁなんにせよ、狼少年さえ守ってしまえばこっちの勝ちだ。ここは真白を頼って安全に脱出を・・・・・・って、え??



『(魔法が・・・使えない?)』



まさか、とルーフスを見ると、ルーフスはニヤリと笑っていた。



周囲を観察してみると、薄ら霧のようなものも見えた。そうか、さっきの冗談はこの霧を充満させるための時間稼ぎ。くそ、やられた・・・。



物理でアーテルとルーフスの相手をする?いくらなんでもそんなこと無理だ。私は強いけど、純粋なパワーで負けてる。勝ち目は無い。



・・・でも、それは目的が勝つことなら、の話。狼少年と逃げることを目的とするなら・・・方法はなくもない。



私はこれからの波乱の展開を見越して、静かにため息をついた。



──────さて、始めようか。



波乱は続く。いいや、これは延長線だ。私は覚悟を決めて、ぐっと固く拳を握ったのだった。


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