第50話二度目の自己紹介


分厚い扉をひとしきり観察した後、時間がないことを思い出しげこちゃんの方を向いた。



『ちょっと手伝ってくれないか?』



「いいよ〜。その代わりお駄賃出してね〜。」



抜かりないなこいつ・・・。まぁ、お金で操作できるだけマシ・・・か?



私ははぁ、とため息をつきながら後ろに宝石を投げ渡した。犬のように宝石をキャッチしたげこちゃんは、大事そうに懐に宝石を仕舞った。



『(さてお次は・・・)』



ここ大きな扉だよな・・・。どうやって破壊しようか。



「トモリントモリン、この扉開けよーか?」



『えっ、』



「《発砲(スパーリング)》」



開けれるのか?と聞く前に、げこちゃんは魔法を放っていた。放たれた水魔法は、大砲のような速さで扉に激突した。



扉は激突した箇所が綺麗に裂け、中が丸見えになっていた。



「どーお?俺有能でしょ〜。偉い?偉いと思うならお駄賃ちょーだい♡」



『さっきやっただろ。まぁ、でも・・・ありがとう。』



私でも開けられるけど?でも手間が省けたし?お礼くらいは言ってやってもいいかも・・・なんて考えてお礼を行ったのだが・・・げこちゃんはなんと、カチン、と笑顔のまま固まっていた。



『・・・おい、げこちゃん。』



・・・げこちゃんって名前、シリアスなシーンに向いてないな?例えるなら、ゲームで適当にああああああとか名付けてシリアスシーンで後悔するやつ。うん、私も今後悔した。



「・・・あぁ、ねー。うん、なるほどなるほど。俺、キミがなんで色欲なのか不思議だったんだけど、ようやく分かったよ〜。」



『は?』



「あ、というか今更だけど顔隠してくれない?目が合ったら洒落になんないし〜。」



『あ、うん?』



大人しく魔法袋からいつもの外套を取り出して羽織り、フードを被った。カツラももう意味をなさないので外した。



「・・・黒いのがあーなった理由、ちょっとわかったかも。」



『・・・?何か言ったか?』



「いんやー?ほら、早く中入ろーよ。」



そう言うと、げこちゃんは開けた穴から中に入った。私もそれに続いて中に入ろうとしたのだが。



『?おい、げこちゃ「しぃー。」??』



何故か、部屋に入ったげこちゃんが穴を塞ぐようにして立つものだから、中に入れなかった。



・・・・・・あれ、待って。色々あって気付いてなかったけど、今、部屋の中に人が3人いないか?



狼少年と、げこちゃんと・・・あと一人は、誰だ?まさか・・・、



「──────そこで何してるのよ、カエルレウム。」



「二ヒヒ、なんだろーね〜?」



・・・この声。この喋り方。やっぱり、中にいるのはアーテルだ。



てことはアーテルが狼少年を捕まえに来たの?冗談だろ、戦っても勝てる気なんかしないぞ?



「アンタ、古代兵器の任務担当じゃないでしょう?冷やかしなら帰りなさいな。・・・それとも、後ろにいる誰かさんを守ってるのかしら?」



気付かれてる・・・。でも、私だってことは気付かれてない。



「そうだ、って言ったら〜?」



「・・・まさか、アンタが?ありえないわ。だって、あの怠惰で面倒臭がりでギャンブル好きのどうしようも無い人間代表のアンタよ?そこにお金があるからって言われた方が余っ程納得できるわ。」



あってるよ、それ。そこにお金があるから。げこちゃん、多分私のこと金蔓とでも思ってんだろうし。



「違う違う、お金じゃなくてひーと。に・ん・げ・ん。」



「・・・もしかして風邪?やだ、移さないでよ?それとも明日は世界が終わるのかしら?」



酷い言われようだな。これも日頃の行いか。日頃の行いって大事だな。



『・・・げこちゃん、私は大丈夫だから中に入れろ。』



小さな声でそう言うと、げこちゃんはやれやれ、という顔をして横に避けてくれた。



私はよいしょ、と中に入った。中には窓の近くにアーテルが、そして右奥のベッドの上に、怯えた顔で私たちを見る狼少年がいた。



「あ、ぇ、は、?」



「二ヒヒ、すんげぇ反応〜。おもれー。」



『久しぶりだな、アーテル。』



「久しぶ、え?ちょ、ちょっと、どういうことよ?説明しなさいトモリ!!」



荒ぶってらっしゃる・・・。そりゃあそうか。でもこっちだって、アーテルが来るなんて衝撃だ。



「・・・もしかして、2人って仲良しちゃん?マジで〜?」



「ち、違うわよ!!」



『え、違うのか?』



「ちっ、・・・違くは、ない、かもしれないけど・・・。」



「わー、こんな黒いの初めて見た〜。」



「うるさいわね!!というかなんでアンタがここにいるのよっ!!」



めちゃくちゃ怒ってるけど顔が真っ赤だから怖さが半減だな・・・。最近会うアーテルはいつも顔を真っ赤にしてるよな・・・。



「ん〜?トモリンが俺の今日の”標的”だったんだけど〜、気が変わってやめたんだよね〜。」



「っ、はぁ!?トモリがアンタの標的!?というかトモリンってなによ!!」



「二ヒヒ、あだ名?俺たち仲良しだから〜。」



「はぁ?意味わかんないわね・・・というかトモリ、怪我・・・とか、してないのよね?」



怪我・・・は、もう治ったから怪我したとは言わないのか?あれ、でも私が死んだらアーテルも困るわけだし、一応死にかけたことは言っておいた方がいいのか?



『うん、まぁ死にはしなかった。ちょっと腹に剣ぶっ刺されて目を切り裂かれただけ。』



「は?死にかけじゃない。・・・カエルレウム、後で話があるわ。」



「うへぇ〜やだぁ。なんとかしてよ〜トモリン。」



『アーテル、やったのもげこちゃんだけど、治してくれたのもげこちゃんだ。つまりそれでチャラってことで話はついた。』



「は?意味わかんないけどそれよりも。げこちゃんって何よ?もしかしてあだ名?安直過ぎない??」



『可愛くないか?ほら、げこちゃんも気に入ってる。な、げこちゃん。』



「気に入ってる〜。安直だけど。」



一言余計だぞげこちゃん。・・・って、あれ?アーテルなんか段々不機嫌になってないか?顔が怖いことになってるぞ?



「・・・で?今までスキルでヒットした人は残らず殺してきたアンタが、初めて人を殺さなかったなんて、一体どういう心境の変化よ?」



「うん?だってトモリン、俺と結婚してくれるって言うから〜。」



「・・・・・・・・・は?」



「もうトモリンしかいないかなって思って〜。一生俺を養ってねトモリン♡」



おい待て逆だろ逆。私がげこちゃんを養うんじゃなく、げこちゃんが私を養うなら結婚してやるって言ったんだよ。まぁお金好きなげこちゃんには一生無理だろうが。



訂正しようと口を開いたその時。隣にいたげこちゃんが吹き飛んだ。



何が起こったのか分からないが・・・アーテルがマジギレしてるってことだけはわかる。



「・・・ってぇ〜、なにすんだよ黒いの。」



「結婚?誰と誰が?アンタと、トモリが??許すわけないじゃないクソガキ。どうしても

結婚するって言うなら・・・アンタとトモリを殺してあたしも死ぬわ。」



ヤンデレじゃん・・・と若干、というかだいぶ引いたが、これはチャンスなのでは?とも思った。



『げこちゃん、死なない程度にアーテルの相手頼んだ。』



「はぁ〜?こんなゴリラの相手なんかいくらお金を積まれたって、『中金貨1枚。』二ヒヒ、かかってきなよ黒いの。今の俺はちょっとやそっとじゃ死なないからね?」



「なら、ちょうどいいわね。簡単に死なれたらつまんないもの。」



げこちゃんってば単純・・・。単純すぎて心配になるが、アーテルを引き付けておいて欲しいので今はナイスだ。



私は物凄い迫力で戦い始めた2人を横目で見つつ、右奥にいる狼少年の元へと向かった。



『狼少年!怪我はないか?』



「・・・ッ、!!」



狼少年に声を掛け、傍に近付いた。でも狼少年はベッドの上で丸くなったまま返事をしない。



狼少年?ともう一度声を掛けてみても、やはり返事は無い。もしかして怪我でもしたんじゃ、とガシッと狼少年の肩を掴んだ。



するとビクリと反応した狼少年が、ようやっと顔を上げた。



『・・・ぇ、おおかみ、しょうね、ん?』



「ヒッ、・・・!!」



初めて会ったときと同じくらいの怯えが見て取れた。それくらい、怯えた顔で私を見てた。



・・・本当は、予感していた。もう私たちなんか忘れてるんじゃないかって。もう二度と、あの笑顔は見せてくれないんじゃないかって。



でも、信じてみたかった。過ごした時間が短くてもきっと、狼少年なら・・・って。



馬鹿みたいだ。呪いは残酷なくらい平等だってこと、私が一番よく知ってるのに。



「だ、・・・だれ?こ、こないで、こわい・・・っ、」



『わ、私だ、トモリだ、狼少年。わかるだろ?忘れてなんかないんだよな?お前が私を、私たちを・・・忘れるわけ、ないもんな?』



あぁ、いけない。こんな状態の狼少年に詰め寄ったら、きっともっと怖がらせてしまう。わかってるのに、どうしてだか止まらない。



みっともないくて滑稽だ。いい加減諦めろよって、冷静な私が言った。でも止まらない。だって、悔しいじゃん。



短い時間?そんなのわかってる。でも仲間だって言った言葉に嘘なんかない。



嘘じゃない・・・のにさ。私たちに出会えてよかったって、ありがとうって笑った狼少年に、その記憶に、欠片でもいいから、何かを残したかった。



────────なんでもいいから、覚えていて欲しかった



忘れないで、欲しかった。



「な、・・・いてる、の?」



『・・・ぇ?』



「・・・なかな、いで。」



『・・・ッ、!!』



「・・・・・・よし、よし。」



頭にほんのわずかな温もりが宿った。小さな、小さな、消えてしまいそうな熱。



『狼少年・・・?』



「あなたがないてると・・・おれ、も・・・かなしい、から・・・。」



まさか・・・私たちのことを思い出して・・・?いいや、違う。これは・・・、



体が、覚えてるのかもしれない。私たちとの記憶を。



『・・・ともり。』



「え・・・?」



『私はトモリ。・・・お前の、仲間だ。』



「なか、ま・・・?」



例え忘れてしまっていたとしても関係ない。だって狼少年は、私の仲間だ。



私がそう易々と仲間を諦めるとでも?否、何があっても諦めない。地の果てまでも追い掛けて、必ず取り戻す。



『一緒に行こう、狼少年。・・・私を信じろ。』



「・・・・・・!!」



手を差し伸べた私に戸惑った顔をしていた狼少年だったが、次の瞬間には私の手に自身の手を合わせていた。



「から、だが・・・かってに、?」



『・・・、ふは。そうか。そうかそうか。』



「・・・?」



『──────おかえり。』



狼少年の手から伝わる温度が心地いい。例え狼少年に記憶がなくたって、今はどうか、この幸運に感謝を。



私は小さな幸せを噛み締めて、ぎゅうっと狼少年の手を握った。

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