第45話色のない奴隷のお話


???side



───────俺の世界は、無色透明だった。



色のない世界と、色のない自分。そして真っ新な記憶。



まるで他の人の人生に途中から入り込んだ異物のように、俺は自分という存在を理解することが出来なかった。



そもそも俺が誰で何者なのかも分からない。そんな自分を透明人間みたいだ、と思ったことがある。言い得て妙な例えだと、思わず笑った。



「───────お前は今日から儂の奴隷だ。」



旧い記憶に、俺に手を差し伸べるおじさんの記憶が在った。顔は思い出せない。いいや、多分もう忘れてしまった。



でもその人が言った言葉だけは、何故か呪いのように頭に残っている。



”儂の言うことは絶対だ”



”いいか、お前は暗殺者だ”



”感情など不要だ、棄ててしまえ”



────────”今度のターゲットはこの女だ。上手くやれよ、──────”



いつ言われたのかも、どうして言われたのかも・・・もう思い出せないけど。



最後の言葉だけは、思い出すと心が痛み出す。ターゲット・・・女、誰だっけ。よく分からないけど・・・でも、いいか。



──────もう何もかも、思い出せないんだし。



そうしてまた、俺の世界は色を喪失した。



──────────棄ててしまったものの重さに、気付かぬまま



???sideEND



トモリside



『やるならとことん、だろ。』



街の外のとある森の中。私達は夜だと言うのに、意気揚々と王宮へ攻め込む作戦会議をしていた。



しかもお茶を飲みながら、雑談のようなノリで、だ。



正直こうでもしなきゃやってらんないってのもあるが・・・王宮へ攻め込むのが楽しみなのは、実は本当だからだ。



別に虐殺大好きなサイコキラーとかじゃないが、私達3人はそれぞれ少しずつ憤っている。だから八つ当たりでもなんでもしたい気分なのだ。



「異議なーし!反撃の隙も与えずドカーンと行こう!」



「もっとチクチクやらない?二度とトモリを殺そうとしないように躾ないと、ね?」



ふふふ、と笑うその顔が怖い・・・。いつにも増してマジだな、エストレア。



『・・・因みに聞くが真白。もし今回城に攻め入って、国王含む色んな奴らを虐殺したら・・・どうなる?』



「そんなの聞くまでもなく死罪だけど・・・仮に指名手配されても捕まるわけないよね♪」



「それはそうだけど。そもそも、どうしてナハト帝国の国王はトモリを殺そうとしたの?」



「革命、したからでしょ。」



革命・・・なるほどな。ナハト帝国の国王は、ヴァイス王国に偵察部隊かなんかを送り込んでたんだろうな。そして、革命が起こったことを知り、激怒した。そこで革命をした私に矛先が向いた・・・と。



『・・・滅ぼしちゃダメ?』



「トモリちゃんがディランの騎士だって知られてるはずだし、ディランに迷惑が掛かるかもよ〜。」



うぐっ・・・たしかに。滅ぼすと言っても、別に全国民殺す訳では無いし。ある程度の目撃情報から私が国を滅ぼしたと特定され、そしてその矛先は今度私の主であるディランに向く。・・・はぁ、面倒だなぁ。



「ナハト帝国はグラツィアっていう結構でかい国と友好関係を築いてるから・・・もしかしたら、グラツィアが怒ってヴァイス王国を滅ぼす可能性だってあるかも。」



エストレアも当然ながら、地理とかに詳しいな。私ももうちょっと勉強するか・・・。



『じゃあ、どうする?狼少年だけ攫うとか無理あるぞ。』



「・・・・・・待って。トモリ、もしかしたらなんだけど・・・。」



『?どうした、エストレア。』



「いや・・・うん、この作戦なら・・・いけるかも。」



エストレアは何かを確信したように頷くと、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。



「この奪略戦、俺たちの勝ちだよ。」



─────────────────



時は過ぎ去り2日後の夜。・・・城への奇襲はどうしたって?いや、エストレアの作戦を決行するにはとある情報がどうしても必要になってくるんだ。そう・・・あの時エストレアと2人で街へ行った時に情報収集の依頼をした子供たちだ。



私達3人は子供たちに会うために、この前の路地裏に来ていた。もちろん尾行や監視の類が無いことは確認済みだ。



後は子供たちが来るだけなのだが・・・もしかして、まだ情報を集められていないのか?



と少し心配に思っていたのだが。その心配は杞憂に終わった。



「おーい!もう来てたのか!」



笑顔で手を振り、こちらに近付いてきた子供たち。ひぃふぅみぃ、と数を数える。6人、全員いた。少し怪我をしてる子はいるけど、ちゃんと一人も欠けていない。



私は、よく頑張った、と褒めてやりたい衝動を耐え、どうだった?と冷静に問い掛けた。



「へへ、特大ニュース、持ってきたぜ!・・・というか、その前に。1人増えてないか?」



一人増えてる・・・あぁ、真白のことか。真白も自分のことだと気が付いたのか、やっほ、と私の一歩前に出た。



「初めまして〜真白だよ!トモリちゃんの下僕兼相棒って感じかなぁ?よろしくね!」



「お、おう・・・。」



やめろ真白。なんか子供たちから凄い目で見られてるから。しかも私までドン引いたような目で見られてるし。



「あ!それよりも情報だ。まず1つ目の、国王のお気に入りが本当に灰色の獣人なのかどうかについてだけど・・・どうやら本当らしい。なんでも特殊な能力やら魔法やらを使えるとか。 」



それに関してはもう知っていた情報だが、特殊な能力やら魔法については初耳だな。出来ればその内容について知りたいが、流石に分からなかったか。



「んで、2つ目の国王の他の奴隷についてだけど。これに関しては信憑性が高いぜ。娘を国王に奴隷として連れ去られたって言う親が大勢いたからな。俺達が調べただけでも、数百人近くの奴隷がいると思う。」



・・・それに関しても、もういいんだけどな。律儀に調べてくれていたと思うと、凄く申し訳なくなってくるな。



「最後に、3つ目。何故灰色の獣人がお気に入りなのか、だけど。噂では何かの儀式に使うからだとか、兵器になるからだとか、訳の分からない噂ばかり流れてたんだよ。」



どれも噂程度で、信憑性はないと思う。そう言った子供だったが、私は何かが引っかかった。少し前、兵器とか何とかって単語をどこかで聞いたような・・・?



『・・・情報感謝する。報酬・・・の前に、もう一つ聞いていいか。』



「なんだよ。」



『この前、月に一度奴隷のオークションが開かれると言っていたが・・・いつ開かれるのか、知ってるか。』



「あぁ・・・その情報も、ついでに調べといたよ。オークションの開催は3日後の夜23時からだ。因みに・・・そのオークションに国王も参加するらしいって噂だ。」



・・・あぁ。その情報が知りたかった。どうやらエストレアの読み通りだったらしい。国王が奴隷好きなら・・・きっとオークションに参加する、ってね。



「ど、どうだ?俺たち、役に立てたか・・・?」



『・・・、』



不安そうな顔。それと同時に、私に期待している。・・・バカだなぁ、私は期待になんか応えられないのに。・・・私は、子供に優しくできるほどできた人間じゃない。



でも・・・それでも、私に期待して、私の役に立とうと怪我までして頑張ってくれた子供たちに、なんとかして報いたいと思うのは、悪いことなのだろうか。



私もそうだった。子供の頃。誰かの役に立ちたかった。笑顔で感謝されるような正しいことをしたかった。弱きを助け強きをくじく、そんなヒーローに憧れた。焦がれた。ありがとうって、あなたとお陰だよって、たったそれだけ。されどそれだけ。些細な言葉が、欲しかった。



要は認めて欲しかったのだ。愛して欲しかったのだ。生きていてもいいと、思いたかったから。



だから、この子達にはちゃんと、言ってあげたい。大丈夫、生きていていいんだよって。きっといつか、幸せになれるよって。・・・言ってあげたい。言って、あげたかったな。・・・言えるわけが、ないのに。



だってそんなのは、無責任じゃないか。私がこの子達を幸せにする訳でもないのに。幸せになれるだなんて。気休めにしたって、余りにも酷いと思わないか。



偽善だ。私が嫌いな、大嫌いな、偽善者だ。そんなものになるくらいなら・・・私は─────もう誰にも優しくしない。



「”───────トモリちゃん。”」



『”っ、!真白?”』



「”子供たち、見てみなよ。”」



そう言われて子供たちを見ると、子供たちは泣きそうな顔で私を見ていた。いいや、小さい子は既に泣いている。



─────違う、と誰にともなく言い訳を零した。



泣かせたかったわけじゃない。こんなつもりじゃなかった。こんなつもりじゃないのに・・・。



「”トモリちゃん。トモリちゃんは優しいよ。”」



『”っ、優しくなんか!”』



「”ううん、優しい。・・・そういうのはね、トモリちゃんが決めるんじゃなくて・・・周りが決めることなんだよ。いい加減自覚してよ、トモリちゃん。トモリちゃんは誰よりも慈悲深くて、優しいんだって。”」



『”・・・ッ!!”』



「”それにね・・・優しさと偽善は別物なんだよ。だから・・・トモリちゃんは、偽善者なんかじゃない。”」



『”・・・・・・、ん。ありがとう、真白。”』



「”どういたしまして♪”」



また、真白に世話になってしまった。冗談抜きで、真白がいなかったら生きていけないかもな。・・・なんて。



『・・・・・・・・・。』



私はすぅ、と息を吸うと、子供たちに視線を合わせるようにしゃがみ込み、そして腕を伸ばして6人全員を抱き締めた。



「わっ!お、おい、服が汚れるぞ・・・!」



『いい。気にしない。─────よくやったな。』



「っ!!」



『──────よくやった。・・・ありがとう、お陰で助かった。』



「・・・ッ、あ、あぁ・・・俺たちは、優秀だからな・・・!!」



ずびーっと鼻水をすする音が聞こえる。泣いてる。それも、全員。褒められたことがなかったのか。或いは・・・それだけ嬉しかったのか。



『・・・本当に、ありがとう。』



・・・そうだった。私は、ただこうやって、褒めて欲しかっただけだったんだ。

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