裏切りと争奪戦

第42話光には常に影が付き纏う


狼少年と出会い、仲間になった日の翌日。パンにチーズを垂らした私力作の朝ご飯を食べ、私達は出発した。



狼少年からのお願いで、狼少年と同じ家にいた奴隷の子達を助けることになったのだが・・・。



『・・・元いた家の場所を、覚えてない、だと?』



「・・・ご、ごめんなさ、い・・・っ、」



私の反応に怯えたのか狼少年はサッとエストレアの後ろに隠れてしまった。どうして私はこんなに怖がられているのだろうか・・・。



「別にトモリは怒ってないよ。ただ不思議がってるだけ。」



その通りだけどどうして分かったんだ?エストレアも真白みたくなってきたな・・・?



「狼くんはどうして家を覚えてないのか心当たりはある〜?」



「こころ、あたり・・・ぇと、えと・・・その、わからない・・・です。」



わからない?心当たりがないってことか?・・・いいや、この反応からするともしかして・・・。



私と同じことを思ったのか、真白がちらりと私の方を見た。私は真白にこくりと頷き、狼少年の方を向いた。



『・・・助けて欲しい仲間について、何か知ってることはあるか?』



この質問をしたのには訳がある。詳細は省くが、この質問にどう答えるかによっては今後の対応が変わってくる。



「────────わからない、です。」



『・・・・・・・・・。』



なるほど。やはりそうか、と私は真白と顔を見合わせた。



「・・・トモリ?2人でこそこそと何通じ合ってるの?」



『え、エストレア?』



拗ねてらっしゃる・・・。いや、確かに真白とはお互いに何を考えてるか大体分かるけど・・・エストレアともだいぶ通じ合ってる気はするよ?



「”つまりこういうこと。狼くんにはね、記憶が無いんだ。”」



「”!いきなり脳内で話し出さないでくれる?・・・というか、記憶がないって、まさか奴隷の時の記憶がないってこと?”」



『”いいや、奴隷の時の記憶・・・じゃなくて、全ての記憶、だな。ここからは推測なんだが・・・恐らく狼少年は、家を抜け出した頃はまだ家の場所や他の奴隷について覚えていたんだ。しかし何らかの影響により、記憶が消えた。”』



「”消えた?消された、じゃなくて?”」



「”消えた、って表現の方が近いね〜。狼くんには予め、家を抜け出したら記憶が消えるように首輪なんかに設定されていた。若しくは・・・時が経つ毎に記憶が消える薬とか、結構危なめなものを飲んでいたか。どっちにしろ穏やかじゃないね。”」



確かに、穏やかじゃない。それに・・・そこまで念入りに準備をして、記憶を消そうとしていたということは・・・その家には、外に漏らされたら困る情報があった。或いは、狼少年自体が・・・。でももしそうなら、追っ手が来るかもしれないな。近くの街で指名手配されてる可能性もある。



「”・・・じゃあ昨日言ってた、仲間を助けて欲しい・・・ってのは?”」



「”それは多分魔法かなぁ〜って思ってる。”」



「『”魔法?”』」



「”ありゃりゃ、もしかしてトモリちゃん気付いてない?狼くんの脳にね、魔法の痕跡があるんだよ。”」



『”!!それはつまり、”』



「”脳に直接魔法を施した・・・刻印魔法?”」



「”せ〜かい♪”」



刻印魔法・・・じゃあ、奴隷の仲間達が、狼少年の脳に魔法を刻んだってこと?奴隷の仲間を助けるっていう目的を、忘れさせないために?



つまりそれは・・・奴隷の仲間達は、狼少年の記憶が消えることを知っていた?



いよいよきな臭くなってきた。私と同じ悪党共の臭いがプンプンする。



「あ、あの・・・。」



私達がずっと黙っていて不安になったのか、狼少年が声を掛けてきた。よぉく観察してみると、確かに刻印魔法の痕跡がある。これは・・・詳しく調べてみる必要があるな。もちろん、薬の反応や首輪についても詳しく。



でも調べるには、狼少年の警戒を解かなければならない。少々面倒だが、仕方ない。ここはひとつ、飴と飴作戦で行こう。つまりひたすら甘やかすってことだ。



『どうした?何かあったのか?気になることがあるなら私に言ってみろ。』



「ヒッ・・・!!」



『エッ、』



お、怯えてる?こんなに優しく声を掛けてるのに?私が一体何をしたって言うんだ・・・。



「あはは!!トモリちゃんってば嫌われてやんのー!」



「うるさいよ真白。・・・大丈夫だよトモリ、きっと懐いてくれるって。」



『ウ、ウン・・・。』



地味にショック・・・だが、思えば昔から子供には好かれなかった。それどころか、動物に嫌われていた始末だし・・・。



「あ、あの・・・ごめんな、さい・・・。」



『あー、いいよ。気にするな。それよりも先を急ごう。歩けるか、狼少年。』



「は、はい。」



狼少年が昨日魔物に追われていた道を辿っているのだが、あと数時間程度で森を抜けられそうなのだ。



恐らく家はこっち方面にあるのだろうと仮定し、私達はひたすら歩いた。一度休憩とお昼ご飯を挟んだが、およそ5時間で森を抜けることが出来た。



森を抜けた先には、舗装された道があった。その道の先を辿ってみると、そこには大きな大きな壁が。恐らく城壁なんだろうが、この規模・・・まさか。



「ここがナハト帝国の首都、ポラーナハトか・・・。思ったより大きいな。」



「あは、来る気はなかったのに・・・結局入ることになっちゃうんだね〜。トモリちゃんってば不運♪」



『うるさいな・・・。』



しかしどうしたものか。私達はともかく、この狼少年に身分証は無いだろう。それにもしかしたらこの狼少年、ポラーナハト内で指名手配されてるかもしれないし。



『・・・よし、真白と狼少年はここで待機。私とエストレアで、中に入るから。』



「?」



「あぁ、そういうことね。」



「分かったよトモリ。」



真白とエストレアは分かったみたいだけど、狼少年は首を傾げてるな。



『エストレアには瞬間移動の魔法があるんだ。一度行った場所ならどこへでも行ける。』



しかもエストレアに魔力の上限はない。つまり、世界中を旅すればどこまでも行けるということになる。



「!すごい・・・。」



「まぁ、習得は難しいけど、トモリも頑張れ

ば使えるようになると思うよ?」



頑張れば・・・ね。その頑張るってのが私は嫌いなんだよなぁ・・・。必要性を感じたら或いは・・・って感じ。



『私はいい。エストレアがいれば何も問題ないしな。』



「!!ふふ・・・うん、そうだね・・・!」



じゃあ行こっか、と言ったエストレアと並んで歩き出す。行ってらっしゃーい!と大きく手を振る真白と、それを真似して小さく手を振る狼少年がちらりと見えた。ひらひらと適当に手を振ってやれば、2人が嬉しそうに反応するのが可愛かったのは内緒だ。



──────────────────



もうすぐ戦争だと言うのに緊張感の欠片も無い街だな、というのがポラーナハトに入ってすぐの感想だった。



賑やかで活気があって、街もかなり栄えている。しかしその裏に何かがありそうだと思ってしまうのは狼少年の件があるからだろうか。



「・・・トモリ。」



エストレアに小さく声を掛けられ、エストレアを見上げると、エストレアはとある路地裏を見ていた。



そこには、ボロボロの服を着て貧相な体をした、小さな子供が6人いた。



『・・・・・・・・・、』



一瞬。ほんの一瞬だけ、昔の私と重なった。昔も私はあんなふうに、一人で路地裏をさ迷っていた。でも・・・私はあの子達とは違う。私は行動した。生きるために自らを血で汚す決断をした。・・・あんな、救いを待つだけの人間とは違う。



『・・・行くぞ。』



「え、トモリ?」



どこに行くの?という思いが伝わってきたが、エストレアの手を引くことで何も言うなと訴える。いいから見ていろと。



『・・・すみません、焼き鳥20本ください。』



「はいよ!」



「・・・・・・どういうつもり、トモリ。」



別に怒っている訳では無いようだが、意味がわからないと混乱しているようだ。



まぁたしかに、あの子供達を見た後にいきなり焼き鳥を買いに行ったら答えはひとつだよな。



『・・・あぁいう子供の方が警戒されないだろ。』



「・・・つまり、この焼き鳥を報酬として、子供達に仕事を与えるってこと?」



『或いは情報との交換、だな。』



「・・・・・・・・・トモリってさ、素直じゃないよね。」



・・・・・・それはどういう意味だ?つまり私が子供たちに施しをするための言い訳をしているとでも?



『知ってるだろ。私はそんな良い人間じゃない。』



「・・・優しい人ほどそう言うんだよ。」



優しい人間が、態々こんなことをするとでも?こんなことをすれば、子供たちに期待させるだけ。何も出来ない癖に中途半端に手を出すなんて、そんなのは偽善でしかない。



───────そんな善を履き違えた偽善者なんかには、死んでもなりたくない。



『私は、「待たせたな嬢ちゃん!ほらよ、出来たてだ!」・・・ありがとうございます。』



合計小銀貨1枚だぜ、と言われ中銀貨を1枚手渡した。



「おつりは『いりません。取っておいてください。』まいど!」



さて、いくか。私はエストレアの手を引いて、先程の路地裏へと向かった。



──────────────────



『───────────少しいいか。』



路地裏に入り、子供達に声を掛けると、子供たちはびくりと大きく肩を揺らした。



「な、なんだよ!俺たちに何の用だ・・・!」



ふむ・・・よく見たら獣人も混じってるな。もしかしたら狼少年のことで何か分かるかもしれない。



『情報を買いたい。お代はこれだ。』



これ、と言って先程買った焼き鳥を手渡すと、子供たちはそれをごくりと唾を飲み込み見つめた。あぁ・・・いい匂いだもんな、これ。



「じ、情報って・・・どんな情報が欲しいんだよ。言っておくが、俺たちは大した情報は持ってないぞ・・・。」



『あぁ。些細なことでもいいんだ。』



まず一つ目の質問だが、と言おうと口を開いた瞬間、誰かのお腹がぐぅぅぅと鳴った。



『・・・食べながら話そうか。』



「お、おう・・・。」



子供たちは代表格の男の子が焼き鳥を頬張ると、真似をして頬張り始めた。いい食いっぷりだなぁ。



『・・・一つ目の質問だが。この街に、奴隷を買ってる貴族とか金持ちの家はあるか?』



「そんなのどこにでもあるよ。この国じゃ、奴隷は貴族の装飾品みたいなものだし。この街には奴隷商の連中がたくさんいて、月に一度奴隷のオークションが行われるんだ。俺達はその奴隷商の連中に捕まらないように、必死に隠れ潜んで暮らしてる。そういう子供はここら辺に結構いるんだぜ。」



・・・なるほど。これで捜索範囲はかなり広がったな。振り出しに戻ったとも言う。



『二つ目の質問。貴族の中でも一際黒い噂とかヤバい噂がある家はあるか?』



「うーん・・・この国を見れば分かると思うけど、1番やばいのはこの国の王様なんだよ。だから貴族とかぶっ潰してもどうにもならない。根元から腐りきってるんだよ、この街は。」



『・・・三つ目の質問。どこかで灰色の髪をした獣人の少年を見かけた事はあるか?』



「それって・・・最近の国王のお気に入りって言われてる奴の事か?」



『っ、国王だと?』



「あ、あぁ。俺も本当かどうか知らないけど・・・国王が溺愛している灰色の獣人がいるって。」



「っ、!」



『・・・ほぉ。』



なんだそりゃ・・・。それが本当だとしたら・・・私はなんて運が悪いんだろうか。



狼少年との約束を守るためには・・・絶対に国王を敵に回さなきゃならなくなるって訳だ。



「トモリ。」



『あぁ。詳しく調べる必要があるな。』



「・・・手伝ってやろうか。」



意外にもそう申し出たのは、子供たちの方からだった。頼むつもりだったから手間が省けたが・・・こいつら、国王を敵に回すって意味分かってるのか?



『・・・消されるぞ。』



「っ、・・・どのみち俺たちに道は無い。いつかは野垂れ死ぬ運命だったんだ。だったら俺は、お前らにつく。」



他の子供たちもこくこくと同意するように頷いた。・・・なるほど。肝は据わっているらしい。



『・・・わかった。ならお前らには情報収集を頼みたい。知りたいことは全部で3つ。1つは国王のお気に入りが本当に灰色の獣人なのかどうか。2つ、国王の他の奴隷について。3つ、何故灰色の獣人がお気に入りなのか。』



「・・・・・・調べてみる。期限は?」



『出来れば3日、無理そうなら5日。もし調べられたらその日の午後10時頃にこの場所に集合。私達は毎日10時にここに来るから、いつ来てくれても構わない。』



「わかった。」



『・・・それから、これを渡しておく。』



これ、と言って懐からお金を取りだし、少年に渡す。少年は驚いた顔をしたが、静かにポケットの中にしまった。



「準備金ってやつか?」



『よく分かったな。報酬は情報の質で決める。精々いい情報を集めてくるんだな。』



「分かってるさ。・・・ここで成功しなきゃ俺達は死ぬだけだ。死ぬ気でやる。」



・・・善い人ならこの場面で、無茶はするなだとか、死ぬなだとか言うんだろうな。でも私は、子供だからと無償で優しくする気は無い。少年の言う通り、死ぬ気で情報を集めて欲しい。そして、今回の仕事で自身の価値を示したのなら、少しの情けは掛けてもいいと思う。



『・・・じゃあ頼んだぞ。さて、そろそろ行こうかエストレア。』



「うん。」



エストレアは返事をすると、私の肩を抱き寄せて瞬間移動を使った。景色が変わり、先程までいた街の外に飛ぶ。



真白と狼少年はどこだと辺りを見渡すと、後ろから真白の声が聞こえてきた。



「トモリちゃん!ここだよ〜ここ!」



『!真白、狼少年。待たせた。』



「全然待ってないよ♪それに狼くんのこと色々と知れたしね。」



狼少年のことを知れた?もしかして真白、この短時間に狼少年を懐柔して色々調べたのか?仕事が早いな。



『とりあえず・・・エストレアの瞬間移動で、街に入ろうか。』



私がそう言うと、エストレアは私達3人に触れ、再び瞬間移動を発動させた。



そして4人が泊まれる宿を探し、一先ず仮宿を得たのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る