第41話狼少年


いつまでも地面で寝るのは体に悪いからな。下に何か引くか。



そう思い魔法袋から敷物を取り出し、出来るだけ凸凹の少ない場所に敷く。



そして獣人の少年・・・狼みたいな風貌だし、狼少年とでも呼ぶか。



狼少年の頭と膝の裏に手を遣り、そっと力を込めて持ち上げる。そうしてゆっくりゆっくり、丁寧に敷いた敷物の上に運んだ。



・・・持ち上げた時に思ったのだが、この狼少年・・・私より軽くないか?身長だって私より5cm程度大きいくらいだし。年齢にもよるけど、成長期っぽいからもっと重くてもいいくらいなのに。



一先ずポーションを飲ませた後、寒くないようにと手作りのタオルケットを掛けておいてやる。これでよし、と一人満足した私は、魔法袋から机や調理器具を取り出して夕餉のメニューを考える。



・・・・・・狼少年、めちゃくちゃ軽いしご飯たくさん作るか?いや、日頃何も食べてないならいきなりたくさん食べさせる訳にはいかないか。下手をすれば戻す可能性もあるし。



食べやすいものから徐々に・・・お粥とか?いやいや、そもそも米がないんだった。・・・久しぶりにお米食べたいなぁ。どこかの国に売ってないかな?



・・・って、今はそんなことはどうでも良くて。消化に良い食べ物ってなんだっけな。大根とか白菜か?・・・確か人参も消化に良かったはず。



大根と白菜はないけど、人参ならある。・・・人参オンリーのスープって味気ないな?・・・あ!うどんがあるな。うどんはいいぞ、お腹の調子が悪い時はとりあえずうどん!ってくらいいい。



よしうどんにしよう、と材料を取り出し仕込みをする。と言ってもうどんは既に茹でれば食べられるようにしてあるので、特にすることは無いのだが。



・・・そういえばリンゴもあったっけ。デザートに剥いておくか。



慣れた手つきでシャリシャリとリンゴの皮を剥く。全ての皮を剥き終わった頃、ちょうどよくエストレアが帰ってきた。



エストレアの手には私が持たせた魔法袋が。あの魔法袋、水も入るから便利なんだよねぇ。腐らないし、いつまでも溜めておける。



「お待たせトモリ。このお鍋に入れればいい?」



『んー、あと人数分のお水もこのコップに入れて置いて。ついでに氷も頼む。』



「はぁい。」



嬉しそうな声色の返事に私も気分が良くなる。普通頼み事したら面倒に感じるだろうに、エストレアは何を頼んでも嬉しそうに了承してくれる。頼もしい限りだ。



因みに水問題も水魔法を使える人が仲間にいれば解決するのだが、生憎私達3人の魔法は毒、酸、星、土、氷、風、闇だ。エストレアは氷魔法が使えるので、水を冷やすための氷をお願いしたのだ。



「トモリちゃ〜ん!持ってきたよぉー。」



ブンブンと手を振りながら帰ってきた真白。真白の腕の中にはちょうどいいくらいの量の枝が抱えられていた。



真白はその枝を私の傍に置くと、火が着きやすいような形に並べてくれた。



ありがとうとお礼を言い、魔法袋から火の魔石を取り出す。魔石があればいつでもどこでも、魔力を込めるだけで石に込められた属性の効果を得られる。便利だが、この石による犯罪やトラブル、事故や事件も相次いでいるらしい。



石に魔力を込めて枝の中心へと投げ入れる。すると枝は燃え始め、綺麗な炎を形作った。



その上に水の入った鍋を乗せる。既にうどんは入れてあるので、あとは茹でるだけだ。



ここで塩や、椎茸で取ったダシなどを加え、味を付けていく。ほんとは醤油とか入れたいけど、醤油はこの世界ではあまり普及してないらしく、見たことは無かった。



だから思い通りの味付けにはならないけど・・・まぁ今はこんなものだろう。



納得したところで器に盛り付ける。真白とエストレアに渡せば、待ってましたとばかりに顔を綻ばせた。・・・可愛い。



お箸は使いにくいだろうからフォークを渡す。私はお箸だ。この世界にはお箸文化はないから、最初は珍し気な目で見られたけど、今は慣れたのか特に見られなくなった。



熱いうちに食べるか、と真白とエストレアに声を掛けようとしたのだが、真白とエストレアは狼少年の方をじっと見つめていた。



あぁ、起きたのか、と思いそちらに目を向けると、怯えたような顔で私達を見る狼少年が。綺麗な空色の瞳には、私達が映っていた。



・・・特に気にしてなかったけど、そういえば私達3人ともフード付きマントを被ってたな。そりゃ怪しいわ。



でも私はこれを脱ぐ訳にはいかない。なんとか敵じゃないことを伝えようと狼少年の方に近寄ると、びくりと肩を揺らして後ろに後ずさった。



『・・・私はトモリだ。この2人は私の仲間の、』



「真白だよ〜。」



「・・・エストレア。」



『・・・私達は唯の冒険者だ。お前に危害を加える気は無い。』



まぁ、そんなこと言っても信じられないだろうけど。ほら、狼少年は警戒を解かない。



仕方ないか、とうどんだけ狼少年の目の前に置いておく。すると狼少年は私のその行動を信じられないものを見るかのような目で見てきた。



『・・・置いておくから、食え。食わなきゃ死ぬぞ。・・・・・・毒なんかは入ってないから、安心しろ。』



「・・・・・・た、・・・い、?」



声が出ないのか、掠れた声が聞こえた。その声は上手く聞き取れなくて、なんと言ったのかは分からない。



『・・・真白。』



「はぁ〜い♪これど〜ぞ、狼くん。」



私が声をかけると、当たり前のように意志を汲み取って狼少年に水を渡してくれた真白。それにむくれるエストレア。なんか、ここまでの流れが習慣みたくなってるな?



「・・・り、とう・・・、ます」



「どういたしまして〜。」



真白は言ってることがわかるのか?さすがだな・・・。まぁ大方、唇の動きを読んでるんだろうけど。



狼少年はスンスンと水の匂いを嗅いだ後、ぐびぐびと水を飲んだ。



そんないきなり飲んだら絶対噎せるだろうなぁと思ってそっと狼少年の横にしゃがみこむと、案の定噎せてゴホゴホと咳をした。



落ち着け、という思いも込めて背中を摩ってやる。最初触れた時はびくりと反応したが、攻撃じゃないと分かったのかされるがままになっていた。



『ゆっくり飲め。おかわりならあるから。』



「は、い・・・、」



頷いてゆっくりとの見だしたのを見て、よしよしと満足し狼少年の傍を離れる。



そして私達も地面に座り込むと、いただきますと言ってうどんを食べる。うん、優しいお味だな。



「んん〜、美味いねこれ!あったかぁ〜い!」



「ほんとだ。美味しいよ、トモリ!」



『ありがとう。・・・ほら、狼少年も。食え。』



「・・・・・・。」



狼少年はうどんが入った器を手に取ると、またしてもスンスンと匂いを嗅いでから食べ始めた。



そしてひと口食べたあと目を輝かせると、はふはふと必死になって食べ始める。余っ程お腹が空いてたのか。



『ゆっくり食え。取ったりしないから。』



そう言うと、こくこくと頷いて私の言う通りゆっくりと食べ始める。



・・・なんか、餌付けみたいで楽しいな。反応も可愛いし癖になりそう・・・。



じーっと夢中になって狼少年を観察していたのだが、目の前の2人から視線を感じることに気付いた。



2人の方を向くと、パチリと目が合う。2人とも何故かムスッとしていた。どうして拗ねてるんだと問いかけたかったが、更に怒らせることになりそうなのでそっとリンゴの乗った皿を差し出しておいた。



これで機嫌が治るとは思えないが・・・美味しそうに食べてるし、まぁいいか。



狼少年の方にもリンゴを置いておこうと思い立ち上がると、ビクッと怯えるように反応し、不安そうな顔で私を見上げた。



「ごめ、なさ・・・」



『?何故謝る。』



なるべく優しい声を出したつもりなのだが、怒っていると思ったのか私の一挙一動全てに怯えた反応を見せる。



きっと奴隷であることから来るトラウマのようなものだろう。



私は怯えさせないためにゆっくりと狼少年に近付き、リンゴの乗った皿を近くに置いた。



「・・・?」



『リンゴだ。良かったら食べろ。』



「!ぁり、がと・・・う。」



まだちゃんと声が出ないのか。余っ程酷い酷い暴力でも受けたのかもな。



狼少年は食事をしてあと片付けが済むまで、怯えながらも私の言うことをよく聞いた。そして何故こんな所にいるのか聞いてもいいか尋ねたところ、話してくれるとのことなので、私達は水を片手に狼少年の話を聞く体制に入った。



『じゃあまず確認なんだが、狼少年の名前は?』



「なま・・・え?・・・・・・わから、ない・・・です。」



『・・・種族は、狼でいいのか?』



「はぃ・・・た、ぶん。」



『・・・・・・年は?』



「??」



年も分からない?・・・仕方ないな。鑑定スキルで調べてみるか。



『(《鑑定(ステータス)》)』



お、出た。名前は・・・???になってるな。てことは名前は無いのか。



年は16・・・ということは、私の3歳年下。獣人にとっての16が人間にとっての16と同じなら、だけど。



それで職業が射手と奴隷。どうやら真白が言っていた奴隷、という話は間違いじゃなかったらしい。



種族は獣人・・・。詳しいことは記されてないから、本当に狼族なのかは分からないな。



後は特に記述すべきところはない。強いて言うなら、Lvが95で普通の人よりも格段に強く、水属性と雷属性の魔法が使えるということだけだろうか。



『・・・じゃあ、次だ。言いたくなければ言わなくてもいいが、お前は何故奴隷に?』



「そ、れは・・・。」



キョロキョロと視線を周囲にさ迷わせた後、狼少年は唇を噛み締めて俯いてしまう。



・・・まぁ仕方ないな。トラウマになってるかも知らないし、何よりも、出会ったばかりの私達に話すような事じゃない。



『・・・もういい。何も言うな。・・・・・・最後に一つだけ。何故、主人の元から逃げた?』



「・・・っ、ぇ・・・と、」



・・・やはり、言えないか。しょうがないと諦めて質問はやめにしようと思ったのだが、意外なことに、狼少年は口を開いた。



「───────しにたく、なかった・・・」



まさか答えてくれるとは思わなくて、目を見開いて狼少年の顔を見つめた。



狼少年は死にたくなかったと言ったきり俯き、何かを耐えるようにして拳をギュッと握っていた。



・・・もしかしたらもっと色々話してくれるかもと思ったが・・・流石にこれ以上聞き出すのは至難だな。



『・・・話してくれてありがとう。もう何も聞かないから、気を楽にしてくれ。』



そう言うと、狼少年はあからさまにホッとした。余程辛い思いをしたのか、或いは話すなと命令を受けているのか。



『・・・そろそろ寝るか。明日も早い。』



「だねぇ〜。あ、トモリちゃん!最初の見張り番はボクがするよ。」



『ん、じゃあ頼む。エストレアは2番目でいいか?』



「うん、いいよ。」



エストレアの了承も得られたところで、寝る準備をする。・・・あ、そういえば狼少年にもう1つ聞きたいことがあったんだった。



『狼少年、寝る前にひとつ、いいか。』



「?なん、ですか・・・?」



『これからどうする?』



「・・・・・・・・・え?」



『これから、お前はどうするんだ。逃げてきたんだろう?このまま一人で逃げるのか?・・・まぁ、さっきみたいに魔物に襲われて終わりだと思うがな。』



「そ、れは・・・。」



敢えて、私達と共に来るという選択肢は与えなかった。別に狼少年を保護することに苦労は無いし、一緒に来ることを拒絶するつもりはないのだが・・・ひとつ、確かめたいことがあった。



「・・・・・・・・・ひとりで、にげ、ます。」



『死ぬぞ?確実に。』



「っ、・・・だい、じょうぶ・・・です。」



大丈夫、なわけが無いのだが。やはり私達と一緒に行きたいとは言わないな。これでハッキリと分かった。



恐らく狼少年は、自分の意思というものが無い。・・・いや、無い訳では無いと思うのだが、その選択肢を心のどこかで諦めてしまっている。



・・・今回逃げたのだって、多分・・・他の奴隷の子に言われたから、とか、助けを呼んできて欲しいとお願いされたからとか、そんな理由だろう。



今まで与えられたもの、与えられる選択肢しか選んでこなかった狼少年は、自身で選択するという選択肢を選ばない。いいや、選べない。



これは周りの環境が悪いんだろうな。この子は何も悪くない。・・・きっと、奴隷にさえなってなければ。この子はもっと陽のあたる場所で暮らしていけただろうに。



・・・エストレアが私と似ているなら、この子は私と正反対だな。そもそもの立場が違う。この子は虐げられる側で、私は虐げる側。そしてこの子は選択肢を見つけられず、私は選択肢を作り出した。



この子を見ていると、私は可哀想なんかじゃないって思える。ぐちゃぐちゃで複雑な汚い感情が、少しだけ軽くなる。



そんな風に考えてしまう、思ってしまう私は最低で最悪などうしようも無いクズなのだろう。知ってるさ、分かってる。私が悪役側の人間だってことくらい。



だから悪党は悪党らしく。自分のために、自分の目的のために他人を利用する。そうして利用した結果、例え数百人の命が犠牲になろうとも、それでも目的を達成出来るのなら、それでいい。



でも・・・私のその行動で、目の前の意志を持たない少年が・・・選択肢を選ぶ権利を与えられなかった少年が、幸せになって、笑顔でいられる未来が訪れればいいと。割と、本気で、思った。



『・・・お前に選択肢をやる。まずその1、さっき言った通り1人で逃げる。その2・・・私達と一緒に来る。』



「ぇ・・・・・・なん、で、」



『勘違いするなよ。・・・お前を助けたいわけじゃない。私を善人だと思うな。常に警戒しろ、私を疑え。・・・私はお前を助けたいわけじゃなく・・・ただ、お前を利用しようと思っただけだ。』



「・・・・・・・・・・・・、」



「勘違いするなよって、あは、トモリちゃんってば素直じゃないの〜。」



「トモリが優しいってこと、ちゃんと分かってるよ?」



えぇいうるさいなそこ2人!大体私は優しくないし!優しいとしたら、それは友達か仲間にだけだ!他のやつに優しくした覚えは無い。



『・・・私が優しいと思うのは、私がお前らを特別扱いしてるからだ。他の奴にはしない。』



「はいはい、そういうことにしておくよ〜。」



『だから!本当にそうなんだって言ってるだろうが!』



何回言えばわかるんだ!と思い真白を睨み付けたのだが、真白は余裕そうな笑みを浮かべるのみ。くっ、ムカつく・・・。



「ぁ、あの・・・、」



『あ?』



「ひぃっ、ご、ごめん、なさ・・・っ、」



あ。やらかした。思わず狼少年を睨みつけちゃった。もしかしてトラウマ刺激したか?



『あー・・・悪い。お前を睨んだわけじゃない。』



「ぁ、はい・・・すみません。・・・あの、さっきのはなし、なん・・・ですけど。」



『あぁ、もう決めたのか?』



「はい。・・・・・・おれを、なかまにいれてください。・・・それと、おねがいがあるんですけど。」



お願い、それがなんなのか大体察していたが、私はしっかりと狼少年の口から聞きたくて、じっ、と黙って聞いていた。



狼少年は少し躊躇うような仕草を見せたが、覚悟を決めたのかやがて話し始めた。



「───────おれがいたいえのどれいたちを、かいほうしてください。」



予想通りのお願い。正直面倒事の香りがするので遠慮したいのだが、こんな泣きそうな顔で縋られては、断る方が辛い。



『・・・分かった。その願い、叶えてやる。』



「!!ほんとう、ですか?」



『あぁ。・・・それでいいか?真白、エストレア。』



「ボクはトモリちゃんの判断に従うよ。なんせトモリちゃんの下僕だしね〜?」



「トモリがそう言うなら、俺も従う。」



『あぁ。・・・というわけだ。これからよろしくな、狼少年。』



「はい・・・よろしく、おねがいします。」



こうして、私達4人の旅が始まった。狼少年との出会いがかつてないほどの面倒事を引き起こすのだが・・・今の私達は、まだ何も知らない。

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