星約は絆を咲かせる
第27話残酷な答え
騒動が始まった半日後。日も傾き始めた黄昏時のこと。
全ての事件が幕を閉じ、住民達の呪いも無事解けたので、私とディランは後始末に追われていた。
何しろ革命を起こしたため人が少ないのだ。猫の手も借りたいくらい忙しい。
私は一応ディランの騎士という立場になってるので、手伝わない訳にもいかずこうしてズルズルと後始末をさせられているのだ。
生き残った貴族や住民達への説明、城の中の後片付けなど、やることは山積みであった。
その中でも特に問題なのが近隣諸国への説明と対応。下手を打てば戦争になりかねない大仕事である。
そんなこんなで私とディランはとある部屋の中で今後の話し合いをしていた。
あぁだこうだと言い合っているうちにどんどん時間は過ぎていく。それでも話は全然纏まらない。こんな時真白がいてくれたらなぁ・・・と、思ったからなのか。
呼んだ?とでも言いそうなくらいいい笑顔で、真白は部屋の窓を開けたのだ。
ディランは驚き警戒していたが、私は気にせず真白にちょいちょいと手招きをした。その行動を見て真白が敵ではないと悟ったのか、ディランは少し警戒を解いた。
「もー、目離したら直ぐに問題起こすじゃーん!この問題児め!反省しろー!!」
そう言って真白は頬を膨らませた。どうやら革命のことは知ってるらしい。ごめんごめん、と全く反省の色が見えない声色で返事をしつつ、ポケットに入れていた解毒剤を投げて寄越した。
真白は片手でそれをキャッチし、蓋を開けて何の躊躇いもなくそれを口に含んだ。
「な・・・っ、それが何か分かって、」
「分かってるってばー。解毒剤でしょ?・・・というか君だぁれ?」
驚き声を上げたディランに少しムスッとしながら答えた真白は、ディランのことが目に入っていなかったのか今更な問い掛けをした。
「・・・我が名はディラン・セシル・フィッツウィリアム・ヴァイス。この国の新王である。」
ごほん。態とらしく咳払いをひとつしたディランは、私と話す時よりも少し低めの声で、且つ王に相応しい物言いで答えた。
「ふーん・・・”ボクの”トモリちゃんが世話になったね。」
「・・・、あぁ。だが問題は無い。”我が”騎士トモリは良い働きをしてくれたのでな。」
「そう、それは良かった。」
「あぁ。これからも是非我の隣で尽くして欲しいものだ。」
「あっは、何言ってんのクソガキ調子乗んなよぶっ殺すぞ。」
「やってみなよやれるものなら。但し僕に手を出せばトモリが黙ってないよ?」
バチバチと火花が散る睨み合いが眼前で繰り広げられているわけだが・・・果たして止めるべきか見守るべきか。
てか真白は沸点低いな?いつもそんなんじゃないと思うんだけど・・・。
ディランもディランで王の威厳捨て去って素のキャラに戻ってるし。
『はいはい落ち着けお前ら。くだらない言い合いしてないで会議始めるよ。』
「「え゛こいつも一緒に?」」
同時に同じことを言った2人は、お互いに顔を合わせてまたもや睨み合い始めた。・・・この2人、実は仲いいんじゃ?
『当たり前。ディランはこの国の王様だし、真白はこれでも頭がいいから。』
「ちょ、これでもってなにー!?」
これでもはこれでもだ。真白って頭良さそうには見えないし。
『ほら、さっさと始めるぞ。』
「無視!?ぶぅ、しょうがないなぁトモリちゃんはー。」
「トモリ、まずは何について話し合う?」
ふむ・・・そうだな、その前に先ずは情報の交換と擦り合わせをしたい。真白は革命についてのあらましはあまり知らないだろうし、私はヴァイス王国を含むこの世界についてあまり詳しくない。それらの知識不足を埋めてから会議を始めるべきだと思う。
『先ずは情報交換がしたい。私の持ち得る情報だと、ここヴァイス王国の国王・・・今は前国王か。そいつが暴君で、あまりに酷い王政を強いていたため、ディラン率いる革命派が王と王の味方をした貴族達を一網打尽にした。この解釈で合ってるよな?』
「うん。国民はほとんどが革命派で、貴族はほとんどが保守派・・・つまり前国王の味方だった。革命の場にいた貴族達はトモリが消したけど、他の保守派の貴族達は残ってる。だから騎士に命じて、僕に従う貴族達以外は投獄させたよ。このタイミングで反乱を起こされたら流石に持ち堪えられないだろうから。」
それが賢明だな。流石にこんなボロボロの状況で反乱を起こされるなんて溜まったものじゃないし。
「それから前国王に無理矢理連れてこられていた国民や、闇オークションで買われた奴隷は今解放の準備をしてるよ。出来ればトモリに奴隷の”刻印魔法”と”服従の輪”を解除する手伝いをして欲しいんだけど・・・。」
・・・つまり奴隷を解放するのか?何のために?いや、普通に考えれば正当な判断だろうけど、奴隷の場合は話が別だ。
『奴隷の解放は今はまだしない方がいい。』
「え、どうして?解放してあげた方が自由になれる、自由になれば家族のところに帰れるんだよ?」
純粋な目。穢れを知らぬその心。あぁ、王になるというのはそういうことかと、今更ながらにこんなに純粋な少年を王にしてしまったことを悔いた。もう少し考えればよかったと酷く思う。
奴隷は可哀想、解放するべき、自由になれば家族に会える。確かにそうあるべきだと私も思う。でもそれは考え無しのセリフだ。
少し考えれば分かる。その人の心情を、過去を。それを考えればこそ、私は解放に反対する。
私はディランにとって残酷なことを告げることをわかった上で口を開いた。嫌われてもいい、でもこれだけは知っていて欲しいと、そう思って。
だけど私が口を開く前に、真白がいつになく真剣な声と顔付きで話し始めた。
「──────奴隷にされた人達に、帰るべき人が・・・家族が本当にいると思う?」
真白は言った。言ってしまった。その言葉は、綺麗なディランの心を濁してしまう残酷な言葉。そして──────私が言おうとしていた言葉だった。
真白は私の代わりに嫌われ役を買って出たのだ。そう理解して、少しだけ胸がきゅうっと傷んだ。
「なにを言って・・・だって、じゃあ・・・じゃあさ・・・っ!奴隷の人達は・・・何を希望にして生きてるの?人は光がないと生きられない、なのにそんな・・・なんの救いもないと知りながら、奴隷達は毎日生きてるって言うの?そんなの・・・そんなの酷すぎる・・・ッ!!!大体、帰るべき家族がいないなんて、よくもそんな非情なことが言えたな!!」
思った通り、ディランは泣きそうな顔で怒鳴った。その姿が、その震えた声が、私に罪悪感を植え付けた。だから思わず目を逸らしてしまった。私には、ディランを王にした責任を取る義務があったというのに。
「希望?救い?そんなの夢物語でしかない。全部小説や絵本の中の空想上の話だ。よく見ろよ少年、ここはどこだ?革命をしたのは?その手で命を奪ったのは?・・・全部現実での出来事だよ。そして現実に都合のいい救いなんて存在しない。ヒーローや勇者なんて居ない。・・・居るのはただ、辛い現実を変えたいと叫ぶ勇気ある人間だけ。君も、そうだったんじゃないの?」
「っ、でも・・・僕は救われた、僕はトモリに救われた・・・っ、だからきっと、他の人にも・・・平等にきっと・・・!」
平等に・・・ね。その言葉は矛盾を伴う綺麗事の言葉だ。平等に何かを与えようとすれば、誰かが傷付き犠牲になる。それはきっと、この世の摂理とも言うべき不変の理。平等なんて存在しないんだよ。
「いい加減気付けよ、綺麗事ばっかで夢見がちな王子様。この際だからはっきり言うけどね、君がした方法じゃ奴隷は救われない。救いたいのなら、トモリちゃんに従うべきだ。」
「・・・仮に今解放しなかったとして、一体何になるって言うの?そんなの苦しい思いを長引かせるだけじゃないか!!ねぇ、トモリ!トモリはどうして解放しちゃいけないって言うの!?ねぇ、どうして!?」
ディランは真白に向けていた体を私の方に向け、私に問い掛けた。
そろそろ覚悟を決めないとな、そう思って息を吸った。真っ直ぐにディランを見詰めて、諭すように話し出した。
『ディラン、君は優しい。とても、とっても優しい。だからこそ、その優しさは刃となって奴隷達に突き刺さる。優しさを無闇に振りかざすのと、奴隷達を救うのとでは、意味が違うんだよ。』
「優しさが刃になる?そんなことない、優しさは誰かを救う希望になる!少なくともトモリはそうだった!!」
『私のは優しさじゃない。生憎私に優しさなんて生易しいものは存在しない。ディランを助けたのは、私の中でそれが1番手っ取り早いと思ったから。だから私はディランを王にした。』
「なっ、・・・んで、そんな・・・、」
『・・・ディラン。優しい君なら分かるはずだ。奴隷達には家族が居ない者が多い。そんな者達を解放したとして、その奴隷達はどうなる?行く宛てもなく、生きる術も持ち合わせてない。そんな奴隷達を、一体誰が助けるんだ?』
「それは・・・この国が、援助すれば・・・!」
『それは出来ない。この国にはそんなお金も人員もない。もし奴隷達を援助すれば、今度は国民達がディランに反乱を起こすかもしれない。』
「っ、!!じゃあ、どうしろって言うんだ!!僕に何が出来るの?僕は弱いし馬鹿だし、教養もない!トモリ達みたいに頭も良くないし、正しい判断も出来ない!!ねぇ、どうして僕を選んだのトモリっ、都合のいい貴族を王に仕立て上げればそれで良かったじゃないか!!僕は・・・っ、僕はただ、家族になってくれたトモリの役にっ、立ちたいだけなのに・・・っ!!それとも、家族になってくれたのも・・・っ、僕を王に仕立て上げるための策略だったの!?!?」
『!ちが、「違わないじゃないかッ!!」っ、』
「トモリは僕を選んだ訳じゃない、ただ僕が都合のいい王子様だっただけ!・・・ねぇ、トモリ?僕、頑張ったよ・・・トモリの望む王になって、トモリが望むことをしようって。でも・・・でもね、王になって役に立つのがトモリのためだったとしても・・・っ、王になって困ってる人を助けたいって思ったのは本当だよ!!トモリが僕を助けてくれたみたいに、僕も助けたいって!!」
あぁ・・・どうしよう、どうしよう・・・どうすればいい?誤解だと言いたい、家族になると言った言葉に嘘は無いのだと。ただ・・・覚悟が足りてなかったのは、紛れもない事実だ。
『・・・ごめん、』
そんな言葉しか口から出てこなかった。もっと何かあるだろ、情けない、そう思うのに・・・どうしても、伝えたいことを言葉に出来ない。
「・・・もう、いい。もういいよ。─────我は部屋に戻る。だから、もう・・・顔を見せるな。」
ディランは私に背を向けてそう呟き、そそくさと部屋を出て行った。追いかける事など出来なかった。何より、こういう喧嘩をしたことがないから、どうすればいいか分からなかった。
頭の中にディランの寂しげな後ろ姿が浮かんでは消えていった。ディランは泣きそうな顔をしていたのだろう、だって声が震えていたから。だというのに、私は・・・。
そう思うと自分に怒りが湧いてくる。どうしてもっと上手く人と付き合えないのかと、コミュニケーション能力の低さににほとほと呆れる。
『・・・真白。』
「なぁに、トモリちゃん。」
真白の声は優しかった。優しくて甘くて、いつも通りの声だった。
抗えない、そう思うと同時。私はフードを脱いで、近くにいる真白の腕の中に飛び込んだ。
真白は予想していたかのように軽々と受け止めてくれて、そしてトントン、とあやす様に背中を叩いてくれた。それがなんだか心地好くて、泣きそうな気持ちになる。
『・・・ディランに、謝りに行きたい。でも、また怒らせてしまいそうで怖いんだ・・・。なぁ真白・・・私は、どうすればいい・・・?』
「・・・ボクは人間の家族についてあまりよく知らないけど、でもね。少なくともトモリちゃんは、十分あの少年に優しく出来ていたと思うよ。それはもう、本物の家族みたいに。ただ、トモリちゃんの愛は少し不器用だから。正しく理解出来るのは僕ぐらいなだけ。あの少年に全力でぶつかれば、きっとトモリちゃんの思いも伝わるよ。」
頭の上から心地の良い声が降ってくる。それを大人しく聞いていたのだが、パッ、と真白が私から離れて、温もりが消えた。
思わず真白を見ると、真白は行ってらっしゃいとでも言うように微笑んでいて、敵わないなぁと私も笑った。
『・・・ありがとう。』
それだけ告げて、真白に背を向け歩き出した。ディランに何を告げようかと、考えながら。
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