第22話黒は黒でしか生きられない
アーテルから逃げ出して数分。大分遠い所まで来たようで、そこに私の知ってる景色は無かった。
これは・・・もしや迷子か?と考えはしたが慌てて脳内から消去する。いやいやいや、私が迷子?そんなわけないだろ。
・・・・・・あ、そういえば真白に連絡するの忘れてたな。いきなり伝心切ったから怒られそうだが、覚悟を決めるしかないか・・・。
『”・・・・・・あー、真白?真白さん?今ちょっといいか?”』
「”っ、トモリちゃん!?今まで何してたの!?まさかアーテルに出会ったりしてないよね!?ね!?”」
おぉう、凄い勢いだな・・・。まぁ、それだけ心配掛けたってことか。
『”あー、その。アーテルに出会って・・・今逃げてきたとこだ。”』
「”・・・・・・・・・どんな手を使ったの?”」
・・・流石、真白。普通に逃げ切った訳じゃないって分かってるっぽいな。
でもなんて言おう・・・デートするから許してくれって言って逃げた?いや頭おかしいと思われないか?
『”あー・・・それはまた今度ゆっくり、時間を掛けて話すとして・・・赤の隊長ってどこにいるんだ?”』
「”えぇ〜!もう、今回ははぐらかされてあげるけど、次は無いからね!!・・・それで、赤の隊長だっけ〜?確かそいつも指名手配されてたはず。”メメントモリ”イグニス隊長、ルーフス。最近隊長になったから、賞金は250万。”メメントモリ”の7人の隊長達の中じゃ1番弱いらしいけど、もしかして捕まえる気?”」
『”いや、別にどうでもいい。だが赤いのが街の収容所から仲間を脱獄させるつもりだって言うなら、黙って放っておくのは些か罪悪感がある。だからとりあえず現場に行って、流れに身を任せようかと。”』
「”流れに身を任せるって・・・はぁ。りょ〜かいりょ〜かい。場所言うから勝手に向かって、ボクは魔物の足止めで忙しいからさ〜?”」
『”・・・ありがとな、真白。”』
お礼ならいいから全部終わったらボクのこと甘やかしてね〜?と大変可愛らしいことを言ってきた真白。
もちろん真白が満足するまで甘やかしてやる。今回の功労者は間違いなく真白だからな。
・・・さて。私は真白から告げられた場所に向かって走り出した。
”高い塔のすぐ側”、これが真白の言葉だ。なんともまぁわかりやすい。先程まで迷子してた私でも簡単に見つけることが出来た。
私はひとまずその塔に上り、傍にあるという収容所を探した。するとそれっぽい建物を発見した。
1面コンクリートで所々蔦が蔓延っている古い建物だ。少し小さいので、恐らくここは仮の収容所といったところだろうか。
建物をじっと観察していたのだが、ふと見えた奥の道から堂々と歩いてくる人影に目を留めた。
『(無造作な黒髪に、鋭い赤い瞳。左目は閉じられていて、傷跡があることから恐らく怪我による失明だろう。所謂イケメンというやつで、身長もかなり高い。遠目から見てるから分かりにくいけど、もしかしてアーテルよりも高いんじゃないか?)』
そして最後に、やはりというか、身に纏った赤い軍服。
間違いない。あの男がルーフスだ。
それがわかったとしても、戦う前にもっと情報が欲しいが・・・鑑定はできるか?・・・・・・いや、ここからじゃ遠すぎる。
・・・仕方がない、少し近付くか。そう判断し移動しようとそっと動き出した。塔を下り、家と家の間を縫って猛スピードで走る。
いい位置を発見し配置に着いた。男との距離は約10mで、早速鑑定魔法を発動しようと男を見た時。何故か分からないが、男が立ち止まった。
まさか気付かれたのかと思い警戒していたのだが、立ち止まった男は思わずといったように傷で見えないはずの左目を手で抑えたのだ。
もしかして中二特有のあの現象・・・?とどう反応すればいいか分からなくなって混乱していると、男がふいに大笑いし始めたのだ。
「ククッ、ハハハハハッ!!!」
『!!、??!??』
気でも狂ったかと混乱しつつもじっと男を眺めていた。すると男はまたしても突然笑うのをやめた。
しかしその不気味な笑みは口元に添えたまま、あろう事かその鋭い目をこちらに向けたのだ。
『なっ、』
男が私を見た。間違いなく、私を見ていた。一体何故?私はちゃんと男に気付かれないように気配を消していたはずだ。まさか私と男にそこまでのLvの差が?
私は噛み合った目をそのままに、慌てて鑑定を始めた。
鑑定は直ぐに成功した。ということは、Lvは私の方が上。だというのに、気配に気づかれた?どうして?
私は鑑定結果をザッと見た。名前はルーフス。ということは私の目的の男ということで間違いない。そして歳は22。
焦りが冷静さを上回り、私はとある箇所を見落としていた。普通、戦いにおいて1番に確認しなくてはならない・・・ユニークスキルの欄を。
そして何よりも・・・男が笑いながら言った言葉で、私の優位は崩れ去った。
「───────久しぶりだなァ、クソ女。」
『ぇ、』
──────久しぶり、だと?
クソ女という暴言を無意識のうちに聞き流してしまうくらいには前半の言葉が気になって仕方なかった。
だって私がこの世界に来てから会った人間なんて、数える程しかいないんだ。
それも、ギラギラと怒りを募らせた目を向けられるくらい私を恨んでる人間など、あの洞窟での事件以外では思いつかない。
しかし洞窟内の軍服の奴らは全て葬ったはずだし、生き残っている奴なんてアーテルか私達の恩人が捕らえた、それこそ今この男が解放しようとしていた何人か、そして霧で私達に攻撃を仕掛けてきた男達の・・・、
あれ、そういえば・・・1人だけ、1番強かった奴だけ、逃がしてしまったような。
『(・・・まさか)』
確かにあの時、相手の顔の辺りにナイフが刺さった感覚があった。てことは・・・本当に、あの時の男が目の前のルーフスで、さっき目を押えていたのは私の気配に勘づいて、あの日私にやられた傷が痛んだから・・・とか?
『・・・お前は、洞窟を守っていた人、でいいのか?・・・霧使いの。』
「ヘェ、覚えていやがったのか。まァ、忘れてたとしても無理やり思い出させてやるけどなァ。」
『・・・・・・お前の目的は分かってる。』
「俺の目的ィ?ハッ、確かに俺の目的はそこの箱ン中にいる部下共だが。──────気ィ変わったわ。」
『はっ、』
男・・・ルーフスがニヤリと笑った。嫌な予感がして1歩後退る。が、少し遅かった。
目の前にはこの前戦った時とは比べ物にならないくらいの速さで迫る、1本のナイフがあった。
その攻撃は私の左目を狙っていた。分かりやすく、だけどギリギリ避け切れないほどの絶妙な速さで。
『っ、・・・!』
──────────痛みが、傷口を中心に広がった。
ジクジクと傷が脈打ち、痛みを体全体に知らせた。あぁ、痛い。痛い・・・けど、
『(ギリギリ、ほんっとうにギリギリ、目には当たらなかった。)』
その代わり、庇った左手が血だらけになってしまったが。
咄嗟に左手で庇ったのは良かったが・・・傷は結構深いな・・・。
とりあえず手当てを、と思い手の甲に突き刺さったナイフを抜き取った。
血が吹き出しポタポタと地面に零れ落ちる。真っ赤な血はリンゴのように赤く、そして錆びた鉄のような匂いがした。
────────嗅ぎ慣れた、匂いだった
懐かしい、と昔に思いを馳せる。が、直ぐに目の前にいるルーフスの存在を思い出して意識をそちらにやった。
「今のを防ぐとは流石だなァ、クソ女。・・・いいぜ、いいなァおい!」
ルーフスはまたしても楽しそうに笑い出した。左目を抑え、狂ったように私を見て笑っている。
「前回戦った時から思ってたんだが、お前──────俺らと同じ種類の人間だろ。」
─────────そう言ったルーフスは、心底楽しそうな顔を浮かべていた
──────────────私は、ただ、目を細めることしか出来なかった
それでも、必死に、本当に必死に繕って、何とか声を絞り出した。
『─────────それを知って、どうするんだ?』
絞り出した声は、思っていたよりも冷え切っていた。思いの外緊張していたのだと悟った。
「・・・なァ、勝負しようぜ。クソ女。」
『・・・・・・勝負?』
ルーフスは私の質問に答えることなく、楽しそうに提案を持ち掛けてきた。私がその勝負とやらについて正常に考えられるほどの余裕が無いと知りながら、わざとその提案をしてきたに違いない。
だって本当に、それどころじゃないのだから。なぜならそう────────私は今、この目の前のルーフスという男を、どうやって殺すかを考えている途中なのだから。
殺す理由?そんなの1つしかないだろう。私は、”私”を知られる訳にはいかないんだ。
誰にも知られたくない、召喚される前の・・・それこそ高校に入学する前の私。
────────裏世界でしか生きられなかった、かつての私を。
私は決して、誰にも知られたくないんだ。
『・・・勝負って、一体何を?』
平生を装いルーフスに問い掛ける。ルーフスはその言葉を聞くと、1歩、また1歩と私の方に歩みを寄せてきた。
「簡単な事だ。分かンだろ?」
私とルーフスとの距離、残り3m。ルーフスは依然足を止める気配は無く、その距離は縮まり続けている。
『・・・お前と戦えってことか?』
「あァ、簡単だろ?ルールは至ってシンプルだ。制限時間制で、時間内にどちらかが相手を気絶させたらそいつの勝ち。だが時間内に勝負がつかなかったら引き分け。」
・・・待て待て待て。もしかしてだが、こいつ・・・、
『・・・・・・・・・まさか、週一で戦うとか言わないよな?』
「あん?よく分かってンじゃねェか。勝負がつくまで続けるからな。」
・・・・・・はぁ。私は今日で2つも週一の約束ができるのか?アーテルのことは仕方ないが、ルーフスのは別だ。もう断ってもいいのでは?
『・・・勝者はどうなる?敗者は?あと制限時間は何時間だ?』
「敗者は勝者に一生隷属する。その際、隷属の魔法を掛けることを絶対とする。制限時間は30分だ。」
隷属の魔法、ね。確かそんなのもあったな。私は持っていないが。制限時間は30分か。
『・・・断る。私にはデメリットはあれどメリットがない。』
「ハッ、断るなんて許さねェぞ?・・・断ったら─────────今、ここで、戦争を起こす。」
その言葉を口にする頃には、ルーフスはもう手を伸ばせば届く距離にいた。
顔に浮かんでいる表情は、見かけた時から変わらず、楽しそうな色を浮かべていた。しかしその中に混ざった確かな憎しみもまた、十分過ぎる程に感じ取っていた。
・・・それにしても、脅しか。確かにその脅しは正しい。ここで戦争を起こすということは、アルバートさんや冒険者のやつらも巻き込まれる可能性が高い。アーテルの国を滅ぼすのとは意味が別だ。
───────だから、私は頷くしかない
『──────分かった。その勝負受けてやる。』
「ハッ、そう来なくっちゃあな。──────お前を俺の奴隷にして、一生使い潰してやるよ。」
『・・・なら、私は──────お前を下僕にして、反抗も出来ないくらいに心をズタボロに殺してやる。』
そうして私の口止めは、完了する。そしたらもう邪魔だから、どこかに捨てるのもありだ。私と真白の旅に、こいつは要らない。
「世界で1番憎たらしいお前の下僕になるくらいなら、死んだ方がマシだな。」
ならば、望み通り殺してやるのも一つの手か。ああ・・・もちろん、真白の知らないところで・・・だけどな。
「・・・勝負の日は俺がお前のところに行く。逃げるなよ、クソ女。」
『そっちこそ。せいぜい私と対等に戦えるように備えておくことだな。』
「言ってろ、クソ女が。」
私達は互いに毒を吐きながら、背を向けて歩き出した。ルーフスが囚人を解放するつもりなら止めるのだが、どうやらもう本当に帰ったらしい。ルーフスの気配は既に消えていた。
それを確認し、とりあえず左手の傷をポーションで治した。そして私も帰ろうと足を動かす。ああ、早く真白に会いたい。
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