死を恐れぬ生きたがり
第15話常に漂う内なる恐怖
いつの話だったか。あれは確か、小学校低学年の時のこと。ある日、クラスメイトの1人が私の髪を見て言ったのだ。
──────”おまえのかみへんないろだなー”
思えば始まりはクラスメイトのそんな一言からだった。
私は変だと言われて、思わずカッとなってしまった。前のめりになりながら、変だと言ったクラスメイトに反論する。
”へ、へんじゃないもん!このかみは、おとーさんとおなじいろなの!!”
この時の私は、呆れるほど馬鹿だった。こういう輩は放っておくのが1番楽だというのに。ムキになって態々訂正するのは、愚の骨頂としか言い様がない。
”へんだろ!だってぴんくいろなのともりだけじゃねぇか!!”
周りにいたクラスメイト達も同調し始め、そしてケラケラと悪気もなく笑い始めた。
”で、でも、わたしは・・・、”
それでも言い返そうとした。どれだけ周りの空気と雰囲気に呑み込まれそうになっても、どれだけ怖くても。でも、私の敵はクラスメイト全員。私一人だけじゃ、手も足も出なかった。
”やーい!おまえだけなかまはずれー!”
”かわいそうだなーぴんくいろで!”
”そんなこといったらかわいそーだよ!ともりちゃんだってすきでぴんくいろなわけじゃないんだから!!”
”そうよ!でもともりちゃんも、くろにそめちゃえばいいのにー。”
”あはは!そうだねー!!ね、そうおもうよね?ともりちゃん!!”
髪の色が違うというだけで私を仲間外れだと罵るクラスメイトや、私の髪の色を可哀想だと同情するクラスメイト。
そして私を庇うようなことを言うクラスメイトもいた。でもその言葉がどれだけ私を傷付けるかを分かってない。みんなにとって私が異物でしか無かったように、私にとってもクラスメイトは全員異物でしかなかった。
どうしてそんなことを言うのだろう?どうして違いを受け入れられないのだろう?どうして人は自分の主観だけでしかものを見ないのだろう?どうして、人間という生き物は、これほど愚かで、醜くて、汚いのだろう?
桃色の何が悪いの?誰が悪いって言ったの?じゃあ、黒ならいいの?黒なら正しいの?ねぇ、答えてよ。そうやって追い詰めて、言葉でうまくあしらえればよかったのに。結局、何も言葉に出来なかった。
そうしてる内にいつの間にか孤立した私。畳み掛けるように日に日に悪くなる周囲の環境。私の精神は徐々に徐々に病んでいった。
それでも、髪の色や目の色を嫌いになることだけは絶対になかった。
だって、父さんと同じ色だったから。
────────でも、そんな私の唯一の救いであった父さんが死んだ。
私のせいで。私が、呪われていたせいで。
だから私はその時1度死んだ。そして生まれ変わったんだ、強い私に。
”やーいよわむし!ぴんくがみー!!”
もうそんな心無い言葉に惑わされることも無くなった。こんなヤツらに心を侵害されるなど、あってはならないのだ。
”・・・うるさいんだが。静かにしてくれないか?”
”は、はぁ!?なにいってんだおまえ!?”
”用がないなら話し掛けるな、不愉快だ。”
”お、おいともり!”
私の名を呼ぶクラスメイトを無視し、私は教室に向かった。
私は強くなった。強くなって、生まれ変わったのだ。だから今はなんだって怖くない。なんだってできる。それでも未だ少しだけ、怖いものもある。
”──────とーさん・・・ッ”
──────大切な人を、失うことだ
─────────────────
『・・・ん、』
あぁ・・・いい天気だなぁ・・・。青い空を見て思ったのは、そんな呑気なことだった。
暫くはボーッと空を見つめていたのだが、段々と状況を理解してきた。そういえば、私は黒い軍服のオネェにやられて・・・その後、魔物に襲われかけて・・・最後に、誰かに助けて貰った気がする。
・・・なら、ここには私を助けた人が連れてきたのか?
『(連れてきたというか・・・ここって普通に森の中じゃないか?しかも地べた。)』
つまり助けては貰ったが放置されたのか?え、そんなことある?
私を助けた人に対して失礼にも神経を疑っていたのだが、周りを確認しないことには何とも言えないと思い、とりあえず上半身だけ起こした。
『(・・・・・・・・・・・・あ、れ?)』
一通り辺りを確認して、ふと頭に浮かんだ疑問。それは次第に焦りと恐怖へと形を変えていった。
『っ、真白!!!どこだ!?』
真白がいない。どこにも。私は思わず立ち上がり、冷静さを欠きながら手当り次第に探し出した。
先程見た夢も相俟って、最悪の事態を考え嫌な汗が浮かぶ。胸がきゅーっと苦しくなって、呼吸がままならない。
あぁ、嫌、嫌、嫌だ、嫌だ・・・ッ!!
『真白・・・ッ!!!どこだ、真白!!真白ッ!!』
どこに、どこに行ったの?ねぇ、ねぇ!
弱い方の私が出て来ているのだと気付いていた。でも、何度制御しようとしても、どうしても止まらなかった。
『どこにいるの・・・っ?私の事、嫌いになっちゃったの?ましろ・・・、私を、置いていくの?いや、嫌だよォ、真白ォ・・・!』
ガクガクと足が震える。如何にしても形容仕様がない恐怖を味わって、立っていられなくなる。どさりと地面に膝を着くと、勢いよく崩れ落ちたからか砂利が膝に突き刺さって痛かった。しかしその痛みすら、胸の痛みには敵わないようで。
『・・・まし、ろ・・・、っ、どこなの・・・ッ?』
やっとの思いで紡いだ言の葉は、思いの外弱々しく、それでいて消え入りそうなほどに小さな声だった。
「───────トモリちゃん!!」
聞き慣れた、安心する声に思わず下がっていた頭を上げた。
真白だった。真白がいた。真白は焦っているのか汗をかいており、そして苦々しい顔を浮かべていた。
「トモリちゃん・・・ッ!!」
真白は私の顔を見ると、勢いよく私に抱き着いた。余程酷い顔をしていたのだろうか、抱き着く前に見えた真白の顔は泣きそうなほど歪んでいた。
『ましろ・・・?』
「どうしたの、トモリちゃん!何があったの!?」
私は真白を真白だと認識した瞬間、今までの感情が嘘のようにスーッと消えていった。
そして段々冷静さを取り戻してきて、恥ずかしさに真白の肩に顔を埋めた。
『・・・なんでも、ない。』
「なんでもないわけないじゃん!!何があったの?怖い夢でも見たの?」
『っ、なんでもないんだ!!』
「・・・・・・ッ、」
思わず叫んでから、ハッとした。あぁ、やらかした。感情のまま叫ぶなんて私らしくもない。一体どうしてしまったと言うのか。
『わ、わるい・・・話すのが嫌なわけじゃ、』
「・・・んーん、トモリちゃんの事情だもんね。首突っ込もうとしてごめんね。」
『・・・ッ、』
私の、事情。その言葉が、自分には関係の無いことだと言われているように感じたのは、気のせいでは無いだろう。
・・・どうしてこうも、上手くいかないのだろう。真白はあのクラスメイト達とは違う。それくらい分かってる。でも、それでも・・・怖いという思いは、一層募るばかりで消えてはくれないんだ。
「ボクはあっちにいるから、落ち着いたら言ってよ。」
『・・・、ま、待って!!』
この場から立ち去ろうと私から離れた真白。それが耐えきれなくて、無意識のうちに引き止めてしまった。
でも言葉だけでは駄目なのか、真白は未だこの場を去ろうとして後ろを向いたまま私に背を向けている。
手を伸ばせば届く距離。でも、その手を伸ばすのは躊躇われた。
だって、私はさっき真白を拒絶した。真白は私の取り乱した声を聞いて、あんなに慌てて駆けつけてくれたと言うのに。最低な私にはお似合いの最低な行為だと思う。でも、その行為を真白にはしたくなかった。
真白を傷付けて、拒絶して、そんな最低なことをした私が、この手を伸ばす資格はあるのか。
『(・・・ごめんなさいの一言も言えないなんて、私はどれだけ最低なんだ。)』
素直じゃないだけでは済まされないその行動に、私は思わず自分を嘲笑した。
「・・・どうしたの?トモリちゃん。ボクには関係の無いことなんでしょ?」
棘のあるその言葉にチクチクと胸が痛む。いや、傷付く資格などない。だってこれは自業自得なのだから。
『ち、違うんだ、その・・・、えっと、』
「・・・ボクもう行くよ?」
呆れたような真白の声色に、思わずきゅっと口を結んだ。真白は黙り込んだ私の行動を肯定と取ったのか、ゆっくりとした動作で歩き出した。
───────離れていく真白の背中を見て、何かを考えてる暇なんて無かった。
『──────真白!!』
私よりも随分と大きくなってしまった背中に、ぎゅっと後ろから抱き着く。
「・・・!!」
真白が驚いたように息を飲んだのが分かったが、気にしている余裕などあるはずもなく、ただ愚直なほど素直に、思ったことだけを口にすることに必死になった。
抱き着いてから手が震えていることに気が付いたが、どうかそれは見えないふりをして欲しい。
『─────ごめん、なさい。』
「・・・何に謝ってるの?」
『っ、傷付けて、ごめんなさいっ!!ごめんなさい・・・ッ、』
「・・・・・・、トモリちゃん。」
『ごめ、ごめんっ、真白が嫌いなわけじゃないの!話したくない訳じゃないの!!ただ怖かっただけなのっ!!だから、だから・・・っ、お願いだから、離れていかないで・・・っ、嫌いにならないでぇぇ!!』
もう離すもんかと震える手で真白を抱き締める力を強めると、真白はまたしても息を飲んだ。
「・・・トモリちゃん、ごめん。」
『?どうして・・・真白が、』
謝るの、と言葉を紡ごうとしたが、真白が私の腕を解いて私の方に向き直ったため、声に出ることなく消えていった。
「・・・泣いてるのかと思った。」
『!!』
「ごめん、トモリちゃん。いつまでも素直になってくれないトモリちゃんに、少し意地悪をしたかっただけなの。」
『いじわる・・・。』
じゃ、じゃあ、今までの冷たい態度は・・・、
「あはは、すこぉしいじめたかっただけなのに、予想以上に可愛い姿が見れて嬉しかったよ。・・・でも、泣かせたかった訳じゃないんだ。だから、ごめん。」
真白は苦々しい笑顔でそう言った。そして徐に手を伸ばし、私の頬に触れた。
頬には涙なんて流れてないだろうに、真白は涙を拭うように目元に触れた。
『・・・ないてない。』
「泣いてるよ。トモリちゃんの心が泣いてる。だから、こんな苦しそうな顔してるんでしょ?」
『・・・っ、だって、真白が私の事嫌いになったのかと思って・・・っ、わたし、どうすればいいか分からなくなって・・・っ、』
「あんなことくらいで嫌いにならないよ。というか、何があってもずっと好きだから。それともボクの好意が信用出来ない?」
真白はそう言うと、いつもと同じ甘い笑顔を浮かべ、私の顔に自身の顔を近付けた。
『な、っに、・・・、』
顔の近さに思わず息を止めた。そして恥ずかしさのあまり目を瞑った。その瞬間、コツンとおでこに触れた何かに、私の目はパチリと開いた。
目の前にはお菓子をドロドロに溶かしたような甘ったるい笑顔を浮かべる真白がいて、真白が私のおでこに自身のおでこをくっつけているのだと漸く気が付いた。
「トモリちゃんが望むなら、何回だって言ってあげる。──────だぁい好きだよ、って。」
『・・・・・・・・・ッ!!??!!/////』
あまい、あまい、ド直球な愛の告白。蕩けるように甘い声は、私の耳に届くなり体を震わせた。
だが恋愛経験のない私には、少々刺激が強すぎたようで。私は立っていることがままならず、崩れ落ちるようにして地面に座り込んだ。
「大丈夫?トモリちゃん。」
クスクスと小悪魔のように笑った真白は、跪いて私の顔を覗き込んだ。
「わぁ、顔真っ赤。可愛いねぇ、トモリちゃん。」
『・・・・・・っ、』
恥ずかしさで顔がさらに熱くなる。すると真白はいきなり無言で私の顔を見つめ始める。何を思って見つめてくるのかなんて分からないが、それに戸惑う暇もないくらいに焦っていた。
しかし真白は私から目を逸らすと、いじめてごめんね、と言って私を立たせてくれた。
そのことに安堵しつつ、服に着いた砂を払い落とし真白の方を向いた。
・・・今更だけど、掌の上で転がされたみたいで凄く癪だ。いつか絶対仕返ししてやる。
その仕返しがまた倍にして返されるということは、未来の自分だけが知っている。
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