第11話嘘を抱きし者
客観side
「────────それでは、第52回勇者会議を始めます。」
とある国の王宮にて。煌びやかな装飾が施された、ホコリ一つない部屋。そこでは何十人もの男女が椅子に座り、真剣な顔で顔を突き合わせていた。
長方形型の机には紅茶と様々な種類のお菓子が並び、形だけはいかにもお茶会だが、今から行われるのは重大な事件に関する会議である。それがわかっているからか、誰一人としてお菓子には手を伸ばしていなかった。白い髭を伸ばした老人が会議の開始を告げたから、というのも理由の一つではあるだろうが。
老人は若い男女の中に1人だけ混じっていた。国の大臣であろうか、どうやら司会進行を務めるみたいだ。
「まずは、招集に応じてくださった勇者様方に深く感謝を。」
「──────そういうのいいからぁ、とっとと要件を言ってくれません〜?わたしぃ、暇じゃないんでぇ〜。」
老人の感謝を容赦なく切り捨てたのは、勇者の1人、国立明里(くにたちあかり)であった。
国立は見下すように老人にそう言い放つと、同意を求めるように隣に座る成瀬秀弥の顔を覗き見た。媚びるような上目遣いと甘い笑顔で、近くで見ていた男子数名が顔を赤くした。
「ねぇ、成瀬君もそう思うよね?」
「・・・確かに暇では無いけど、それはカルロスさんも同じだよ。カルロスさんだって暇じゃないんだ。だからあまり、そういうことは言っちゃダメだよ。」
「・・・はぁ〜い。ごめんなさ〜い、カルロスさん。」
国立は従順な様子で成瀬の言うことを聞いた。そして、適当ながらもカルロス、と呼ばれた老人に謝罪する。カルロスは一瞬国立を見たが、直ぐに視線を逸らし目を瞑った。
「・・・いえ。では早速本題に入りましょう。」
「お願いします。」
成瀬がそう言うと、カルロスは大きく頷いて話し出した。
「我らがヴェリタ皇国から見て東にある、ヴァイス王国、という国をご存知ですか?」
その質問に頷いた者もいれば、ピンときていないのか首を傾げる者もいた。後者の側である大政千隼は、どれだけ考えても分からなかったのか、隣に座る塚井柚に声を掛けた。
「なぁ柚、ヴァイスってどこだ?」
「どこ、って・・・。も〜、ちゃんと習ったでしょ?いい加減覚えてよね。」
「わりぃわりぃ。」
「はぁ・・・。ヴァイス王国は俺たちヴェリタ皇国と敵対関係にある、ナハト帝国の植民地の国だよ。行商人や冒険者が中継地として利用することが多いから、宿とかが結構たくさんある。あとは・・・そうだなぁ、あっ!────────沈黙の森がある国、って言えば分かる?」
沈黙の森。森全体が特殊な結界で覆われ、入ることも出ることもできない恐ろしい場所である。仮に中に入れたとしても、酸と毒で満たされた空気に通常の人間は耐えられず、耐えられたとしても森の不気味さに精神が崩壊する。
恐怖の森としても知られる沈黙の森は、色んな意味で有名で、ヴァイス王国と言えば沈黙の森・・・ではなく、沈黙の森といえばヴァイス王国という風に国よりも有名な場所であった。
だからいくら物覚えの悪い大政であっても、一応は覚えていたらしい。大政は、あぁ!と手応えのある反応をした。その反応に塚井も満足する。
「確かLv150越えのクソ強え魔物が住む森、だったよな!!」
「あ、そっちか〜。うん、間違っちゃいないけど・・・。」
塚井は微妙な顔をする。流石戦闘狂、と呆れながらも尊敬するほどである。
「すご〜い!流石は”戦の支配者”と恐れられる大政君だね!」
態とらしく褒め始めたのは、やはりというか国立である。しかし大政は一瞥もくれることなく、で?ヴァイス王国で何があったんだよ?とカルロスに問い掛けた。
国立は無視されたことに腹が立ったが、きっと照れていたのだと勘違いも甚だしい結論を出し、うふふ、と不気味に笑った。
「実は・・・ヴァイス王国の境界の森と無法の森に挟まれた街、クライスが・・・数日前、魔物の軍勢に襲撃を受けたそうです。」
「・・・!!」
「襲撃だと!?」
「それ、本当なんですか・・・?」
「はい。ヴァイスに潜入させている諜報員からの情報ですので、確かかと。」
「街は無事なのか?」
真っ先に街を心配したのは大政であった。流石は兵士たちの尊敬を一身に受ける大政だな、と成瀬は自分とは違う感性を持つ大政に感心した。
「無事だそうです。死者も一人もいないと。」
「・・・!!死者が、いない?魔物の軍勢だったんですよね?」
成瀬は余りの被害の少なさに疑問を覚えた。魔物の軍勢というくらいだから、数十人は死んでいてもおかしくは無いのに、と冷静に考える。
「えぇ。確認された魔物だけで、1000体近くいたそうです。」
「1000体!?んな数相手にして無事なわけ・・・!!俺ですらギリギリ勝てるかどうかくらいだってのに・・・。」
「それが・・・報告によると、鬼のように強い少女によって、全ての魔物が倒されたそうです。」
「なっ・・・!!たった一人で!!?」
大政や他の勇者たちが騒ぎ立てる中、成瀬は一人静かに考え込んでいた。
「(誰一人死者を出さずに街を守りきるなんて芸当、余程の実力者か・・・或いは、勇者のように特殊な能力を持つ人間にしかできない。)」
「・・・その少女って、特徴は?」
まさか、と成瀬は思った。しかし、そうとしか考えられない。彼女なら或いは、俺たちよりも特殊な力を得ているかもしれない。
彼女であってほしいと成瀬は思う。だからこそ、その少女がどんな特徴なのか知りたかった。彼女の桃色の髪は目立つから、彼女ならばすぐに分かるはずだ、と。
しかし。カルロスはそれが・・・と困ったように呟くと、やがて黙り込んでしまった。
成瀬はカルロスの言葉の続きを早く聞きたくて、それが・・・なに?と問い掛けた。
カルロスは成瀬の圧に負けたのか、言いにくそうにしながら話し出した。
「───────分からないんです。」
「────────、は?」
「すみません。儂にもよく分からんのですが・・・諜報員によると、フードを被っていた・・・としか。」
「髪は見えなかったんですか〜?」
塚井が不思議そうに聞いた。例えフードを被っていたとしても、髪の色くらいは分かるだろう、と思ったのだ。
「見たらしいのですが・・・その、思い出せない・・・と。」
「なにそれぇ。やる気ないんじゃないのぉ?その諜報員。」
国立は巫山戯ているのかと言いたげにそう言った。それは他の勇者たちも思ったようで、何人かは同調するように頷いていた。
しかし、成瀬や塚井を筆頭に、頭のいい勇者たちは気付いていた。それが諜報員のミスでは無いことに。
「いや・・・これは、魔法かな。」
「だね〜。多分刻印系の魔法だよ。相手に自分の特徴を認識させない魔法・・・とか、そういう類の。」
成瀬と塚井が代表して説明する。つまり、仮にその少女の髪や顔を見たとしても・・・その特徴を記憶できない、ということ。例えその少女が探している彼女だったとしても・・・成瀬や塚井や大政には、認識できないかもしれないということである。
「一応聞き込みもしてみたのですが・・・少女が街の英雄であるという認識はあるのに、その特徴を覚えていないと言うのです。それも、全ての人が。」
決定的だな、と成瀬は思った。その少女を探し出すのはほぼ不可能。でも、それは普通の人の話。
カルロスがこの話を俺たち勇者にしたってことは・・・と成瀬は会議を開いた意味を一足早く理解した。
「そこで、勇者の皆様方に依頼したい。」
「・・・なんでしょうか。」
依頼、なんて言いつつも、結局は命令と何も変わらない。成瀬は国からの依頼に拒否権がないことを知っていた。勇者だなんだと持て囃され、自分たちが特別だと勘違いしている大勢の勇者たちは、現状の深刻さに気が付いていない。
勇者たちが甘やかされ、好き放題を許されているのは、この国が勇者たちにとって最高の場所だと示すため。反乱を起こさせないため。反抗させないため。なぜなら、魔王を倒すのにその力が必要だから。・・・じゃあ、仮に。魔王を倒したとして。勇者の大きすぎる力は、国にとって大きな脅威となるだろう。
そうなったらきっと・・・、
「──────我が国の脅威になりかねないこの少女を、倒して欲しいのです。」
───────勇者たちも、少女と同じように淘汰されてゆくのであろう。
成瀬はそう考えて、ふと思った。彼女と共に在れないのであれば・・・いっそのこと、殺されるのも悪くは無い、と。
いい加減、うんざりなのだ。頭の悪い他の勇者に付き合うのも、勇者を気取って正義ヅラをするのも、大きすぎる期待に応えるのも。全部が全部、クソ喰らえ、と成瀬は内心愚痴を零した。
「(──────俺が世界を滅ぼすのも、悪くはないかもしれない。)」
なんて。成瀬は無意味にそんなことを考えた。意志を持たぬ傀儡である成瀬に、そんなことが出来るはずもないのに。
しかし、ある意味では勇者に一番向いていないのは成瀬なのかもしれない。
なぜならそう、成瀬は嘘つきだから。
「──────わかりました。やります。勇者として、この世界のために。」
1ミリもそんなことを思っていなくとも、成瀬はそれができる。
例えば。人を殺せと言われたら、成瀬にはそれができるのだ。そこに何の感情もない。あるのは無限に広がる”無”のみ。
成瀬は嘘つきだ。でも、嘘をついているなんて自覚はない。
「(ユニークスキル、《嘘を抱きし者(フィクタ)》、か。───────便利だなぁ、この魔法。)」
《嘘を抱きし者(フィクタ)》とは、嘘をついてもバレない、また嘘を見破れる、という魔法。そして・・・ステータス欄の隠蔽すらもできる便利な魔法だ。
つまり、成瀬にとって嘘とは──────ただの魔法である。
魔法は、便利だ。嘘もまた、人の役に立つという点では、便利である。
そして───────人を傷付けることもある、という点もまた、共通しているのかもしれない。
「おぉ!ありがとうございます、勇者様。」
「いえ。──────これが、勇者の使命ですから。」
勇者の使命なんて、考えたことも無いくせに、成瀬は平然と言い放ち笑った。
こうして、会議はどんどん進行した。
成瀬が浮かべる笑顔の下の冷たい目には、誰一人として気付かぬまま。
客観sideEND
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