第9話やがて奇跡へと至る


客観side



街の英雄となったトモリがマシロの元へ帰ってきたのは、最後に会ってから約3時間後のことだった。



夕焼け空は既に黒へと様相を変え、夜の訪れを告げていた。



『・・・勝った。今から領主と話してくるから、街を出る準備と・・・この宝石の換金を頼む。換金したら、あの広場で集合。』



それから買い物をする、とトモリ。その話を上の空で聞いていたマシロの興味は、話よりもトモリの腕に向かった。血が出ていた。それも、刃物で切ったような傷口。



「(・・・・・・怖かったくせに。)」



マシロは全てを察していた。その明晰な頭脳がある限り、トモリがどのようにして自身を鼓舞し、魔物と戦ったのか嫌でもわかってしまう。でもその方法は分かっても、理由は分からない。自分を傷付けてまで、どうして戦ったのか。怖いくせに、強がるのは何故か。



どうして、知り合いでもなんでもない街の人間を助けるために、そこまで出来るのか。



どれだけ考えても、マシロには到底分からない。人間というものが、その本質が・・・理解できない。



しかし、マシロにも分かることが一つだけあった。それは、トモリが本当は優しいということ。



行動や仕草に滲み出る優しさは、隠そうとしても隠しきれない。



例えば、表情。マシロが何かをやらかす度に面倒そうな顔をする。しかしその裏には確かな心配の情があった。



例えば、気遣い。本人はそんなつもりはないのだろうが、マシロと歩く時はマシロに歩幅を合わせていた。ちゃんとついてきているか、危ない目にあってないか、見ていないようで、トモリはマシロをちゃんと見ていた。



だからこそ、マシロはこんな所までトモリと共に来てしまった。



逃げ出す機会が無かったのも事実だが・・・どうしてか、逃げる気になれなかったのだ。



───────自分よりも余っ程迷子のようなこの少女を、一人にしてはいけない気がした。



だからズルズルとよく分からない関係を引き摺って、こんな所まで来た。



だけど、もう潮時かもしれない、とマシロは思った。何よりも、怖かった。この傷を見て想像してしまった。いつかトモリも倒せないような魔物が現れて、トモリに何かあったら。傷付いて、その命を散らせてしまったら。



恐怖が身体中を支配する。ずっと一人で旅を続けてきたマシロにとって、それは初めての感情であった。



未知の感情ほど恐ろしいものは無い、とマシロは思う。だから・・・逃避こそが、最適解だとマシロは考えた。



逃げればいい。トモリのいない所へ。トモリに危険が及ぶ前に。そうすればきっと、この感情をこれ以上知ることなく元の日常に戻れる。そう、マシロは確信した。



だからマシロは走った。見つからないようにマントを目深に被り、換金してと言われた宝石袋を握り締めて、どれだけ足がもつれそうになっても、ただ、走った。



夜だからか視界が悪かった。何も見えない暗闇を、マシロは必死で走り抜けた。



そうして、少し開けた場所に出た。そこは異様に明るかった。よく見ると月が出ている。満月だ。大きな満月が、その場所を照らしていた。



マシロはあまりの神秘さに息を飲む。それと同時に、不自然な不気味さを感じた。



まるで誘き寄せられたようだ、と。そう思った瞬間の出来事だった。



「ッッ・・・!!!」



背中に、何かが突き刺さった。痛みが身体中に広がる。人間の体だからか、スライムの時よりも痛みが増しているようだ、とマシロは冷静に推測した。



そしてその冷静さを保ったまま、辺り周辺の気配を探る。



「・・・・・・・・・、」



一瞬、高ランクの魔物でもいるのかと思ったマシロだったが、それは違うと直ぐに気が付いた。



気配が多すぎて判断が追いつかなくなるくらい多くの魔物。数は、トモリが戦った魔物の2倍くらいだろうか。



つまり・・・1000体以上の魔物が、この周辺にいる。



頭のいいマシロだからこそ、分かる。自分はもう、助からないと。



なんという不運、と自身の不幸を嘆くと同時に、これで良かったのかもしれない、なんてらしくもなく思った。



これでもう、トモリに迷惑をかけなくて済む。そう思うと、少しだけ清らかな気持ちになれた。



ここから街まではかなり離れている。マシロを倒した魔物たちが、今度は街を襲う、なんてことにはならないだろうとマシロは思った。



だからこそ。無意識に入れていた力を抜き、一切の抵抗を辞めた。



思えば生きる理由や立派な目標なんてものもなく、ただ適当に生きてきた、とマシロは今までの人生を振り返った。



生まれてすぐに、マシロは自分が異質だと気付いた。感情がある。意思がある。何よりも、マシロは真っ白の体を持っていた。群れの仲間はマシロが自分たちとは違うと無意識に気付いていたのだろう、本能的に、仲間はマシロをいないものとして扱った。だから群れから離れ、一人で旅を始めた。大変だったが、他のスライムと平凡な生涯を終えるよりはマシだった。



旅を始めて、もうじき3年。マシロは3歳だった。人間で言うと15歳、といったところだ。



最後の最後に、トモリという人間に出会えてよかった、とマシロは本気で思った。冗談のつもりで言ったが・・・トモリの番になるのも、悪くなかったかもしれない。なんて、もう遅いけど、とマシロはゆっくりと目を閉じた。



「───────ごめんね。」



呟いた声は、少しだけ震えていた。



客観sideEND



トモリside



待ち始めて数十分。流石に遅いとは思ったが、マシロなりに気を使って先に森の中にでも行ってるのかと思い、特に探しはせず1人で買い出しを済ませた。



・・・少し、ほんの少しだけ、マシロと買い出し出来ることを楽しみにしてたんだけど。まぁ、いいか。



やがて全ての買い出しが終わり、街を出て森の中に入った。



どこら辺にいるのだろうか、と気配を探ろうとして、ふと、違和感に気が付いた。



『・・・マシロ?』



呟いた声は、何故か空虚に聞こえてしまって、どうしてだか鳥肌が立った。



・・・まさか、と嫌な予感が過ぎる。でもマシロに限ってそんな、とその考えを首を振って否定した。



大丈夫だ、私とマシロには星約という繋がりがある。これが切れない限り、マシロは遠くへは・・・とそこまで考えて、ようやく違和感の正体に気が付いた。



『・・・ぇ、?』



──────マシロとの星約が、切れていた



切れた、というよりも・・・消えた、と言った方がいいのかもしれない。



でも、あれ・・・?星約が切れるのは契約が解除されたからだとして・・・じゃあ、消えた、のは・・・、



最悪の事態を想像してしまう。痛いくらいに心臓がドクドクと脈打ち始めた。そんなわけが無いと否定したくても、星約が消えた理由を説明しない限りそれは出来そうになかった。



でも。仮に”そうだ”として、私がマシロの所へ行く意味はあるのだろうか。そう考えると、胸の中の熱い部分が一気に冷めていった。



・・・そうだ。そうだよ。私とマシロは赤の他人。出会って1ヶ月も経っていない。ならば、そうだ。いっそ、逃げてしまおう。



元々目的地はここじゃない。私は友達3人を探しに来たのだ。こんなところで道草を食ってる暇は無い。だから、早く、逃げてしまえ。



・・・・・・そう、思うのに。どうしてこうも、胸が痛むのか。マシロの所へ行きたくない。でもこのまま逃げるのも嫌。なんてわがまま。なんて意気地がないのだろう。



逃げればいい。マシロのいない所へ。現実を直視しないために。そうすればきっと、この痛みをこれ以上知ることなく元の日常に戻れる。そう、私は確信した。



そうと決まれば早く、早く森を抜けなきゃ。1秒でも早く、マシロから離れたい。もう何も、考えたくない。



───────でも、本音を言うと。もう一度だけ、マシロに会いたい。



『・・・マシロ。』



名前を呼んだ。すると何を思ったのか、足が勝手に動き出した。全速力で、森の中を走り出した。



『《探索(サーチ)》』



闇雲に走り回っても意味が無いと、探索魔法を発動させる。100m、200m、と奥まで探索していく。私はただ静かに、反応が引っかかるのを走りながら待っていた。



『・・・、これって、』



1箇所だけ、魔物が大量に集まっている場所を発見した。魔物が集まってる・・・つまりは、



『・・・ッ、マシロ・・・?』



呟いた声は、迷子の子供のように弱々しかった。震えていた。まさか自分の中にこんな私がいたなんて知らなかった。



走る速度が上がる。髪が乱れて冷や汗が頬を伝う。疲れてなんかないのに、妙に息が切れた。



数分ほど走っただろうか。前方に魔物の群れが見え始めた。



『《害毒矢(ポイズンアロー)》!』



毒の矢を何百本も放ち、辺りの魔物を一掃する。それでも立ち塞がってくる魔物。多すぎる数に、何度か攻撃を防ぎきれずに食らってしまった。しかし致命傷では無い。私はひたすら刀で切って、魔法で無力化して、魔物を倒し続けた。



体感的に一瞬だったのだが、どうやら相当時間が経っていたらしい。いつのまにか、その場に立っているのは私だけになっていた。



私は魔物の死体を掻き分けながら、特徴的な白い髪を探した。そういえば、マシロは黒いマントを被っていた。探すなら黒か。



存外、私は冷静だった。もっと取り乱すかと思ったが、やはり私には人の心がないのかもしれない。



と、その時。何か、光っているものを見つけた。赤、青、緑、黒・・・小さな、何かが・・・、



『・・・ッ!!』



宝石だ。宝石が、見覚えのある茶色い袋から飛び出ている。その近くには、黒色のマントもあった。でも、どれだけ見ても、あるのは宝石と黒色のマントだけだった。



『・・・マシロ?』



──────もしも。あの街に入らなければ。もしも、私が街を襲わせる最適解を選んでいれば。もしも、知識を求めなければ。



──────もしも。もしも、魔物の死に関する本を、読んでいなければ。



『ぁ、・・・あぁ・・・、』



───────スライムは殺されると消えるってことさえ、知らなければ。



ねぇ、こんなにも、胸が痛むことは無かったのかな・・・?



『うそ、だ・・・うそだ、うそだ・・・っ!!』



認めたくない。



────────マシロが死んだ、だなんて。



もしかしたら生き延びていて、そこの木の陰から現れるかもしれない。びっくりした?なんて、無邪気に笑いながら。



・・・・・・、そうだ。マシロは頭がいいじゃないか。このことさえ読んで、遠いところに避難してるのかも。だとしたら迎えに行かなきゃ・・・。



・・・・・・・・・私が。私が、あの時迷わなければ。私が変な意地を張らずに、意気地にならず迎えに行っていれば。



後悔したってもう遅い。失ってしまったものは、もう二度と戻ってこない。奇跡なんて、起きるはずもない。



でも。それでも、祈らずにはいられない。



ねぇ、神様。誰かを救える力なんて望まないから、勇者みたいな大いなる力なんていらないから、どうか・・・目の前の絶望を拭い去る奇跡をください。



奇跡とは程遠い、不運な私からの・・・最初で最後の祈りだ。



これで、最後。最後だから。幸せも希望も光も何もいらない。一生闇の中で生きたっていい。もう二度と絶望しないように、私が奇跡になるから。



私は祈るように跪き、マシロが被っていたマントを抱き締めた。



分かってた。奇跡なんかないって。それでも信じたかった。信じてみたかった。



絶望に押し潰されそうになりながらも、私は泣かないように耐えた。そうしているうちに、いつの間にか私の意識は暗闇へと引き込まれていった。

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