第8話白に穢れたスライムのお話


客観side



「──────────、は・・・」



街の中央に位置する塔の頂上。屋根の上に、黒いマントを頭から被る少年がいた。少年はアイデンティティとも言える笑顔を捨て去り、なんとも言えない顔をしながら立っていた。



まるで心ここに在らずなその様子は、さっきこの場を去ったトモリに関係している。



トモリは去り際、とんでもない置き土産を残し、塔から飛び降りた。



少年・・・マシロは、言い逃げとも言えるトモリの言葉に雷で打たれるような衝撃を受けながらも、どのように受け取ればいいのか決めあぐねていた。



素直に自身の色が好きだと言われたことを喜べばいいものだが、マシロの場合事情は異なる。正直言って、マシロの性格はかなり捻くれていた。



だから素直に好意を受け取れず、どう処理するべきか考えているのだ。優秀なマシロの頭を持ってしても、やはり答えは出ないらしい。



なんせマシロはそのようなポジティブな好意を受けるのは初めてなのだから。それも、今まで自分を嫌っていると思っていた相手から。戸惑うな、という方が無理な話だろう。



「(・・・何かの策略?それとも罠?)」



マシロがそのように考えてしまうのも無理はないのだが、マシロもここ数日間の間でトモリのことを少しは理解していた。だからマシロには分かっていた。あの言葉は本心である、と。



でもやはり勘繰ってしまうのは、最早癖と言ってもいいかもしれない。



あそこまでトモリに気を許しているように見せておいて、恐ろしい少年である。



「(・・・トモリに助けを求めたのは、綺麗なオーラをしていたからだというのは嘘じゃない。でも打算的な理由もあった。どうしても隠し切れない桃色のオーラが、彼女が誰よりも優しい存在だと告げていた。だから、助けてくれるだろうと確信していた。実際彼女は助けてくれたけど、思っていたよりも捻くれている性格に、まるで自分を相手にしているようで居心地が悪かった。でも、彼女は次第に僕に心を許していった。それが何故か、すごく・・・、)」



───────心地よくて、温かかった



マシロは端からトモリと旅をするつもりなどなかったのだ。予定では、助けて貰ったら直ぐに逃げてどこか遠くに行くつもりだった。



でも、どうしても離れられなかった。その理由は初めて名前を貰ったからか、それとも彼女のスキルにより彼女に縛られているからか。それは誰にも分からない。が、少なくとも、マシロがトモリの傍が心地よいと感じた感情に、嘘は無いのだ。



そんな簡単なことに、天才スライムであるマシロは気づかない。



どうしても彼には、感情面での欠落が多すぎた。



「・・・・・・トモリちゃん、」



だから何故、マシロのトモリを呼ぶ声が、こんなにも甘く優しく、そして縋るように弱々しいのか、彼自身気付かぬまま、ただただ彼女の去って行った方向を見つめていたのだった。



客観sideEND



トモリside



ようやく街の外に出た。やはり瞬間移動系のスキルがないのは痛いな。今度習得できるか試してみよう。



しかし・・・既に戦いは始まってるみたいだけど、なんかすっごい負けそうだな。



ポーションなんかを上手く使って何回も立ち上がってるみたいだが、体が治っても心の限界というものもある。



因みに私の心は限界突破して今は既に悟りの状態だ。もう何もかもどうでもいいよ、うん。



・・・まぁ冗談は置いておいて。いや心の限界突破に関しては冗談じゃないけど。とにかく、早く加勢しなければ。私の目標は誰も死なないことなんだから。



『・・・よし。』



1度深呼吸をして精神を統一させてから、腰から提げていた刀を鞘から抜き、構えた。



『・・・・・・・・・。』



・・・・・・・・・いやいやいや、無理だ、怖すぎる・・・!足が動かないし、刀を持つ手の震えも止まらない。だって500体だよ?死ぬしかなくないか?



・・・でも、今までだって色々な魔物と戦ってきたんだ。それでもこんなに怖いことは無かったのに・・・。



今と今までじゃ何か違いがあるのか?なんだ?マシロがいるかいないかくらいしか違わないような気・・・が、・・・・・・・・・・・・まさか。



いや・・・・・・いやいやいや。ないないない。それにあれ、ほら、沈黙の森にいた時は1人で魔物を倒したじゃないか。うん。



・・・・・・まぁ、あれは思わぬ場所で見つかって、逃げ回って、死なないために仕方なく戦ったって感じだったからな。



つまり何が言いたいのかと言うと・・・私、終わったかもしれない。



だって、ほら、見てよこれ、・・・足が、動かないんだ。震えが、止まらない。



今になって、どうしようもなく・・・震えの止め方が、分からない。



『・・・違う、』



そうだよ、引き返そう、まだ間に合うよ、ねぇ、結界の中にさえ入れば、絶対安全だからさ、ね?



『違う、だめ、だめなんだ、っ、』



死にたくないんだ、例え他の人を犠牲にしても、何をしても、死にたくない、死んでたまるか、くだらない人間のためになんか、



『うるさいっ、だまれ、黙れよ・・・ッ!!』



───────死んでたまるかと、弱い方の私が叫んだ。



それを黙らせたくて、躊躇なく刀で腕を切りつけた。血が地面に飛び散る。



その赤色を見て、先程よりは冷静さを取り戻せたようだ。震えも止まった。



もう二度と弱い私が出て来ませんように、と祈りながら、私は再び刀を構えた。



そして視界の先に魔物を捉えた瞬間、私は走り出した。



デカい刀を振り回し、戦場を駆ける私の姿は、さながら鬼のようだったと冒険者は後に語った。



──────────────────



「本っ当にありがとうございました!!どうお礼をすればいいか・・・!!」



『大袈裟ですよ。私は通りすがりにたまたま助けただけですし。』



頭を下げ、土下座しそうな勢いの領主にやめてくれと手で制す。そう、私は勝った。500体の魔物を全て倒し、この街の英雄となった。



まぁ、Sランクの魔物でもLv150くらいだし、当然の結果ではあるのだが。やはり戦う前から心が死んでいた私からしたら、死闘も死闘、ほんとに途中で心が死にかけた。



だから報酬はこれでもかってくらいふんだくろうと思う。まぁ、マシロもいるしあまり長居は出来ないけど。また魔物が攻めてきたりしたら今度こそ見捨てる自信がある。



因みにマシロには今宝石を売りに行ってもらってる。森の中では自給自足で生きていけるとは言え、流石に調味料は欲しいし、毎日同じ料理も飽きるだろうから。



だから領主から報酬を貰ったあとは、マシロと合流して買い出しをしてから次の街に向かうつもりだ。



まぁ、次の街に着く前にマシロの体質をどうにかしないことには前に進めないんだけどな。



「ですが!街を救ってもらったのは事実!!多くの冒険者から話は聞いていますよ!それはもう、鬼のようにお強いんだとか!!」



『あはは、そんなことないですって。』



お世辞はいいから早く報酬の話してくれないかなぁ。てか目輝かせすぎじゃないか?この領主。



「どうか、何か困り事などあればなんでも仰ってください!!できる限り手助け致します!!それとは別に、感謝の気持ちとして謝礼金も御用意しております!!」



──────来た。ここで街中の本が欲しい、なんて言っても却下されるのは目に見えてる。だからここは・・・、



『それでは、1つお願いがあるのですが。』



「なんでしょう!なんでも仰ってください!!」



『では・・・』



───────────────────



本当にこんなものでいいんですか?と言う領主にはい、と返事をして、私は領主の元から去った。



私がお願いしたのは、数時間だけ図書館の全ての本を閲覧したい、ということ。流石に禁書庫はダメだったが、体質について載っている本は見つけたし、時間が許す限り本の知識は詰め込んだ。



私は1度見聞きしたものは忘れない。だから本を買わなくとも、1度読めば覚えられるのだ。



因みに謝礼金は小金貨一枚だった。日本円で言うと、凡そ100万円。



袋の中に入っていた1枚の小金貨に歓喜したのを覚えてる。お金は大事だよ。うん。



・・・さて。あとは買い出しするだけだな。



そう思いマシロとの待ち合わせ場所に向かう。だが、マシロはまだ来ていないようでそこには街の人しか居なかった。



ふむ・・・見られてるな。そういえば仮面外すの

忘れてた。フードも今はしてないから、髪が目立ってるのか?



─────────なんて思っていた時期が私にもあった。



「なぁ!あんた街を救ってくれたんだってな!ありがとよ!!若ぇのに強いんだな!あ、この肉持ってってくれ!!礼だ!!」



「待ちなよ!私の野菜も持ってきな!お礼だよ!!」



「なら俺の魚も持ってけ!!怪我したんだろ?これ食べて治せよ!!」



「あら、怪我してるのかい!?ならこの傷薬持ってきな!!」



「私の果物も!!美味しいよ!!」



「旦那の手作りパンも持ってきな!!傷だってこれ食べりゃ治るさ!!」



「この前の嬢ちゃんじゃないかい!!この焼き鳥持ってきな!!」



『え、あ、えと、その、』



何も言わなくても全部押し付けられるんだけど・・・いや流石にこんなに持てないよ?



貰ったものを落としそうなくらい両手いっぱいになったので、とりあえず魔法袋に収納する。それから何時間もその場で色々なものを貰ったり、食べ物を奢ってもらったりしたが、いつまで経ってもマシロは現れなかった。



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