第7話何度だって、その白を綺麗だと言う


トモリちゃーん!おはよー!!という馬鹿でかい声に眠気を吸い取られ、私の目は覚醒した。



思わず殴ってしまったのは仕方ないと思う。だって耳元で叫ぶマシロが悪い。



私は、ごはんごはん!と叫ぶマシロをじっと見て、ホッと胸を撫で下ろした。



昨日と同じ雰囲気だったら、少しやばかったかも。多分、わざとこういうウザイ態度にしてるんだろうけど・・・本当にウザイな。



私はマシロを適度に無視しつつ、ご飯を食べて出立の準備をした。



さてそろそろ行くか、というところでふと思い出したことがあって、マシロの方を見た。



マシロは私の後をちょこちょこ着いてきていて、私がマシロの方を振り向くと、こてん、と首を傾げて不思議そうに私を見た。



『・・・その仕草、やめてくれない?』



「え、なんでー?」



『・・・・・・・・・うざいから。』



「・・・ほんとにぃ?」



ニヤニヤと笑うマシロに腹が立つ。あー、くそ。このスライム無駄に頭良いの何とかならないのか。



・・・そうだよ、本当は首を傾げる仕草が可愛くて調子が狂うからだよ!情が移って非道に扱えなくなったらどうしてくれる。そうなったら私のアイデンティティが消滅するぞ?



『んんッ・・・あのさ、昨日はどうして魔物に追われてたの。』



「あー、そのことか・・・・・・・・・トモリちゃんだから言うけど・・・ボクねぇ─────魔物を呼び寄せちゃう体質なんだー。」



『・・・・・・・・・・・・え、』



マジか。・・・いや、それなら説明は着く・・・けど、魔物が魔物を呼び寄せるなんて、何それ訳わかんない。



でも・・・それはきっと、どこに行っても付き纏う影と同じで・・・マシロも、多分・・・恐らく、私と同じように苦労したんだろう。



そう思ったら・・・少し・・・ほんの少しだけ、優しくしてあげようと思えた。



「・・・ボクのせいで、何回も何回も魔物と戦わせちゃってるよね。ほんとにごめん、トモリちゃん・・・。」



・・・そんな顔で、声で、謝らないで欲しい。私には必要のない感情が、出てきそうになるから。



いらない、こんな暖かい感情など、何の役にも立たないのだから。



『─────何を勘違いしてるのか知らないけど、私は私のために魔物を殺してるだけ。お前を助けたのだって、私の都合だ。つまり、お前が私に謝るのは見当違いってことだよ。』



「・・・・・・・・・トモリちゃんって、酷いこと言ってるように聞こえるけど、実際はボクを励まそうとしてくれてるよね?」



『はぁ?頭沸いてるんじゃないのか。』



「えー?んふふ、トモリちゃん可愛い〜。」



絡みがウザイマシロをひと睨みしてから、私は歩き出した。



少し口角が上がっていることには、気付かぬまま。



─────────────────



マシロに出会って3日が経った。あれから何度も何度も魔物と戦った。それはもう、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらい。



だから逃げれる場面ではひたすら走って逃げたし、マシロを囮にした作戦も何度も決行した。その度にマシロには文句を言われたが、元はと言えばマシロのせいなので全て無視した。



だがまぁ、マシロの体質を舐めてたのは認める。まさか私の運の悪さと相俟って、とんでもない効果を発揮するようになるとは。



朝起きると結界の外に魔物の群れが集まっているのは毎朝の恒例になりつつあるし、犬も歩けば棒に当たるってことわざがあるように、マシロが歩けば魔物に出会う、的な感じで何をしてても魔物と遭遇する。



正直限界なので、先にマシロの体質を何とかすることにした。しかし自身の呪いすら手につかない状態の私が、まさか他人の体質をどうこう出来るはずがない。



森の移動中に頭の端の方で色々と考えてはいるのだが、そう簡単に片付けられる問題でもないらしい。妙案は浮かばない。



それに私にはこの世界の知識が非常に少ない。対策法があっても、知らない可能性は高いのだ。



だから図書館等で本を読み漁り、情報収集をしたいのだが、何せマシロは魔物ホイホイ。街に入るとその街を魔物が襲う可能性が高い。



迂闊に街には入れない状況になってしまった訳だ。



『(いっそのこと沈黙の森に置いて来た方がいいんじゃないか・・・?)』



そうは考えるものの、それを実行出来ないのは、マシロに対してちょっとずつ情が湧いてきている証で。



でも、どうしようもない局面に、為す術なくフラフラと森を彷徨っているのも、やはり時間の浪費には変わりなくて。



さて、どうするか。考えて考えて考えた末に考え出した作戦は、冷酷非道だと畏怖される私にはお似合いのものであった。



「・・・!街だぁ!!」



『・・・・・・みたいだな。』



要は、街にある本さえ読めればそれでいいのだ。だったら、取るべき最適解の行動など、1つしかない。



・・・そう分かっているのに、何故こうも躊躇いがあるのか。



「・・・トモリちゃん?どうかしたの?」



『・・・いや、なんでもない。行くよ。』



「はぁ〜い。」



楽観的なマシロの顔を見つつ、私は街へと足を進めた。



・・・この前、マシロは気持ち的には人間寄りだと言っていたが・・・やはりマシロは魔物でしかない。



なぜならそう、普通の人間ならこう思うからだ。──────魔物を呼び寄せてしまう自分が街に入ったら、この街は魔物に襲われてしまう、と。だから街に入りたくない、と。



でもマシロはどうでも良さそうだ。人間に興味が無いのだろう。そういう所は、本当に魔物と変わらない。



私も、魔物になれれば・・・そうすれば、この邪魔な感情を消し去ることができるかな。・・・なんてね。



心底くだらないことを考えながら、街の中へと足を踏み入れた。見たところ王都ではないだろう。それほど大きくはないし、何より王都はもっとヴァイス王国の北の方にある筈だから。



しかし活気があり、みんなが楽しそうに今を生きていた。大きな声で客呼びをするどこかの店の店員、走り回る元気な子供達、冒険者と思われる武器を持った戦士達。全員、今、生きている。



『(──────だから、なんだというんだ。)』



私は、今からこの人達が魔物に襲われるのを見て見ぬふりをして見殺しにする。そしてその隙に図書館に行き、本を全て奪う。



これが私が導き出した、合理的で最短の作戦。非道な私だからこそ出来る、最適解の方法。



全てはマシロの体質をどうにかして、友達に会いに行くため。だからこれは、そう。全部全部、仕方がないことなんだ。



────────仕方がないんだよ。



「──────そこのお嬢ちゃん!うちの焼き鳥は美味いよ!!1本どうだい?」



『───────────、』



自分を納得させ、仕方がないと感情を理性で押さえ付けていた時。中年くらいのおばさんの声が、私に降り掛かった。



私は思わずそちらを向いて、無意識のままに足を進めてしまう。



何故おばさんの声に吸い寄せられるようにして向かってしまったのかは、いくら考えてもわからなかった。



「お!お嬢ちゃん、よく見たら綺麗な髪してるじゃないかい!どうしてマントで隠しちまってるんだい?勿体ないねぇ。」



カラカラと豪快に笑うそのおばさんの言葉に、嘘はないようだった。だからだろうか。どうしてだか、泣きそうになったのは。



そうだ。私はこの髪が好きだ。父さんと同じ色だから。この瞳の色も、この顔も、全部父さんのに似てる。



でも心ない者たちは私のことを許容しなかった。自分と違うというだけで、私を異物だと決めつけて排除しようとした。



あのクソみたいな親戚達も、担任の先生も、クラスメイト達も、全部。だけど、この人は違うみたい。



『(どうせ私は誰にも受け入れられないと勝手に決めつけて、人間というイキモノを見ようとしなかったのは、私も一緒か。)』



我ながら子供みたいだと小さく笑った。それをおばさんが怪訝そうに見てるから、安心させるために口を開いた。



『おばさん、焼き鳥2本もらえる?』



「はいよ!ちょっと待ってな。」



おばさんに話し掛けたのが意外だったのか、今まで傍観を決め込んでいたマシロが驚いたような顔をしながら私の腕に自身の腕を絡めてきた。



「あはは、トモリちゃんって何するかわかんなくて面白いよねぇ〜。ね、2本って1本は僕の?」



『そうだよ。いらないならいいが。』



「いる!いります〜!」



「ははっ!仲の良い姉弟だねぇ。可愛らしいから1本サービスだ!」



姉弟・・・に見えるのか。身長が同じくらいで少し顔が似てるだけで、それ以外は何ひとつとして似ていないというのに。まぁ、恋人に見られなかっただけマシだが。



「わぁい!ありがとーおばさん!」



マシロは素直すぎるくらいに真っ直ぐに、その言葉を受け入れていた。否定する気は無いらしい。そっちの方がいい。そっちの方が、何かと楽だから。



「いいんだよこのくらい!でもその代わり、これからも仲良くするんだよ?」



「はーい!」



元気よく返事をし、ニコニコしながら私を見上げるマシロを見遣る。相変わらず演技が上手いな。それに、頭がいい。



「はいよ!お待ちどおさま!熱いから気を付けて食べるんだよ!」



「ありがとおばさん!」



『・・・ありがとうございます。お金は持ち歩いてないので、これでお願いします。』



おばさんから焼き鳥の串が入った袋を受け取り、おばさんの手に小さな宝石をコロンと落とす。するとおばさんは、驚いたように私を見た。



「これ・・・宝石じゃないか!貰えないよこんなの!!換金すりゃ大銀貨はくだらないものだよ!?」



『私は持ってても意味無いので、どうか貰ってください。お礼ですから。』



「でもねぇ・・・あ、待ちなお嬢ちゃん!」



静止の言葉を無視し、私達はその場を離れた。



そして向かったのは街が見渡せる塔。その塔の屋根の上に座り込み、2人で焼き鳥を食べる。



「んん〜!んまい!!タレが絶妙な甘さですっごくいいよ〜!」



『そ。良かったな。』



「他人事みたいに言っちゃって〜。トモリちゃんも美味しいって思ってるくせに〜!」



ニマニマと笑うマシロを睨みつけてやると、マシロはきゃあ!と嬉しそうに叫んで私に抱きついてきた。



その行為にはぁ、とため息をつく。まるで本当に仲良しみたいだ。しかしこういうスキンシップに慣れてきたのかなんなのか、私にも抵抗はなくなってきた。だからこうして無抵抗のままにマシロの行為を受け入れている。



既に違和感のない温もりに身を包まれながらも、私はぼうっと遠くを眺めた。



──────綺麗な夕日。爽やかな風。そして賑やかな街の音。全てが見渡せるこの場所は、中々にいい所だ。



だから、そう。言い訳をするのなら・・・──────少し、ほんの少しだけ・・・情が湧いてしまったから。



『──────来たみたいだな。』



ポツリと、まるで待ち合わせていた友達が合流した、くらいの軽いノリで、私は呟いた。



それを聞いたマシロは抱きついていた私から離れ、屋根の先端部分に立って私の視線の先を見つめた。そして、納得したように頷いた。



「あぁ、思ったよりも早かったねぇ。どうするの?逃げる?それとも敢えてこの街を襲わせる?」



無感情な声が耳元で響く。その言葉は、残酷で非道な行為を示す筈なのに、彼の声に罪悪感の欠片も感じられなかった。先程までの彼とは打って変わったその態度に、初めて会った人は2度見くらいするだろうな、と場違いな考察をする。



それにしても、だ。やっぱりマシロも私と同じ考えに辿り着いていたのか。まぁ、私はもうそんな方法を取るつもりはないけど。



『決まってるだろ。─────────助けるんだよ。』



「・・・・・・・・・・・・・・・へ?本気?」



今の反応は素だろうな。私への不信感がヒシヒシと伝わってくる。そりゃあそうか。今まで無慈悲を貫いてきた私だからな。言うなれば、魔王がいきなり態度を変えて、世界を救い始めるようなもの。



部下はそんな魔王に、ついていけるはずもない。だからマシロは混乱している。マシロの中の私が、今ここに存在しないから。



『本気だ。確かに私も最初はこの街を敢えて襲わせて、本だけを盗って帰ろうと思ってたさ。でも、やっぱりやめた。面倒でも何でも、もう一つの方法で本を手に入れる。』



もう一つの方法、という言葉だけで何をするかが分かったみたいで、マシロは苦虫を噛み潰したような顔をした。でも納得いかないのは当然だし、納得させるつもりもない。なぜなら動くのは私1人だから。マシロはここで、私の動きを見ていればいい。



それなら文句はないだろう?マシロの手は一切借りないのだから。



「・・・魔物に街を襲わせて、その魔物を倒すことで人間を助け、褒美をもらうってこと?でもその作戦は面倒だよ?第一、今街に向かってきてる魔物の数は尋常じゃない。下手したら殆どが死ぬ、なんてことも有り得るんだよ?それでも、この作戦で行くの?」



訳が分からない、と言いたそうな顔をしているマシロの顔を見つめる。目が合わないのは、きっとマシロが逸らしているからだろう。まぁ、目が合ったら合ったで私の呪いが発動するのでやばい事態に発展するからいいんだけど。



『あぁ。・・・あと、マシロ。お前に1つ言っておきたいことがある。』



「・・・・・・なぁに?」



頭のいいマシロからしたら、私の行動は心底不思議なんだろうな。合理的じゃないし、これが最適解でもない。



でも、それは当たり前だ。なぜならこれは、私が自分の気持ちに従った結果なのだから。



しかしマシロにとっては私の気持ちなど関係ないだろう。というか、マシロが何故私を慕い、着いてくるのかがずっと謎だった。



だけど今、少しだけ、ほんの少しだけ、分かった気がする。



マシロと私は、どこか似ている。マシロも私と同じ、異物として排除された側だ。だからマシロは、私に認めて欲しいのかもしれない。同じ異物同士なら、きっと分かり合えると信じて。



『───────私は嫌いじゃないよ、その白い色。寧ろ、』



好きかもしれないな。そう呟いて、ニヤリと笑った。



「──────っ、!!?」



マシロが息を飲んだのが分かったが、それを確認する間もなく私は塔から飛び降りた。



・・・ほんの少し、恥ずかしかったのは否めない。



けど、既に街の側まで来ている魔物を倒すために降りたのも事実。決して言い訳ではなく、私はほんとに、魔物を退治するために降りただけなのだ。・・・ほんとだからな?



『・・・さて。』



やっと魔物の存在に気付き始めたのか、街の人々が塔の方へと走り出していた。しかし中には街の外の方へと走り出す人もいる。恐らく冒険者なのだろうけど、この数をその人数では無理だろうな。



『《探索(サーチ)》』



私の探索(サーチ)は半径10km内の全ての生物を認識できる。この街の大きさからしても、余裕で全ての魔物を把握可能だろう。



・・・ふむ。魔物の数はおよそ500体程だな。そのうち400体はAクラス以下の魔物だけど、残り100体はA〜Sクラスの魔物だ。



さっき見掛けた冒険者達では、恐らくSクラスどころかAクラスすらも倒せないだろう。



しかし、外に出て一緒に戦ってくれるのであれば非常に助かる。なんせ、私が全て倒しても見てる人がいなければタダ働きになるからな。絶対に報酬は頂く。これは絶対条件だ。



『《結界(イージス)》』



その条件に加えて、街の住民を1人も死なせないこと。これを条件に加え、今から私は魔物の殲滅を開始する。



街は結界で覆った。これで魔物は入って来れない。後は結界の外で全ての魔物を倒すのみ。



『──────見ててね、父さん。』



私は魔法袋からとある特殊な仮面を取り出し、顔に着けた。そしてフードを脱ぎ、目の前を確りと見据える。



街の壁の向こうに、魔物が見えた。すぐそこまで来ているのだと分かり、私は些か重い足取りで走り出した。



1歩踏み出す度に桜色の髪が視界の端に写り込む。長い間見ることの無かった、父さんの色。



それを見ると、何故か安心できる気がした。父さんが見てくれているから、大丈夫だと。私は強いのだと。



『・・・・・・だいじょうぶ』



自分を励ますために口に出した声は、マシロに聞かせられないくらい情けなく、そして弱々しく震えていた。



いつもの私からは考えられないだろうな、こんな姿。でも、怖いものを誤魔化すつもりは無い。



───────怖いものがあるから、私は強く在れる。



私を奮い立たせ、鼓舞し、強がりをくれる恐怖を捨ててしまえば、私はただの弱虫になってしまう。それだけは、何がなんでも嫌だから。



『・・・・・・とうさん。』



呟いた声は、やはり震えていた。


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