感情に灯す彩り

第4話純白に穢れしスライム


この森の王になってしまった私にとって、出口を探して結界外に出るのは非常に簡単だった。



なんせ頭の中に森の情景や地図が流れ込んでくるのだから、これがゲームならヌルゲーもいいとこだ。



そうして約1年ぶりに出た森の外は大変暑く、真夏か!とツッコミたくなるほど太陽が輝いていた。



私はフードを目深に被り、暑さを耐え凌ぎながら道を歩いた。次森に帰ってきた時は防寒と防暑の魔法も掛けよう・・・。



しかし、まぁあれだな。1年も青空を見ていなかったからか、新鮮さと懐かしさが相まっておかしな感情が湧き上がってくる。なんて言うんだろうか、こう、失ったものを取り戻した感覚は。



まぁ、その話はいい。それよりもここはどこだろうか。ヴァイス王国の最南端なのは分かるのだが、どれくらい歩けばヴァイス王国の都市に着くんだ?或いは小さな集落でも良いのだが。



一先ず歩いてはいるが、行先も現在地も不明のこの状況で、一体どこに辿り着くというのか。



はぁ、出鼻を挫かれるとはこの事だな。というかあの小屋の元の持ち主はどうしてヴァイス王国の地図を持っていないんだ。全ての地図を覚えていたとでも言うつもりか?いやまさか、天才でもあるまいし。



『はぁ・・・。』



今日何度目かのため息をつく。もう疲れたんだけど。こう、精神的にね。先行き不安だからかいつもよりも思考がネガティブだし・・・森に帰りたいなぁ。



引きこもりにありがちな禁断症状が出てしまい、思わず蹲る。



暫く休もうかな・・・と自分を甘やかす準備をしだした私だが、何かの引っ掛かりを覚えて、気配を探り、それから耳を澄ましてみた。



ふむ・・・恐らく魔力感知に魔物が引っ掛かったのだろう。位置は・・・私から見て北側におよそ300m先。真っ直ぐ向かってきてるから、後2、3分で鉢合わせるな。



後、ポヨンポヨン、という何かが跳ねるような可愛らしい音と、ドスンドスンという巨人の足音みたいな音が聞こえる。魔物の足音か?それにしてはなんか違和感があるが。



それにしてもなんだろう、この気の抜けるような音と、それとは真反対の厳つい音は。



うーん?と数秒悩んだが、それで解決しないことは目に見えているので、とりあえず近くの木に登り気配を極限まで薄めて様子を窺う。



『・・・へ?』



数分して見えて来たのは、プルルンとした白いボディに、つぶらな瞳をした丸い生き物・・・所謂スライムと、虎型の大型魔物・・・あれは確か、バーニングタイガーだな。所々燃えているのが特徴だ。



まぁ、その2匹が森に生息しているのは普通の光景なのだが。・・・これは、実に異様な光景だ。



なぜなら、バーニングタイガーが白いスライムを追い掛けていたから。普通、魔物同士は争わないものだ。それは初代魔王がこの世界に魔物を生み出した際に作り出した、絶対的で普遍的なルールだ。それなのに・・・これは、なんだ?



まさか、あの小屋にあった本の内容は間違っていたのか?それとも、世界に何らかの改変が起きた?それも、小屋にあった本が書かれたのよりも後の世に。



・・・いいや、考えるのは辞めよう。分からないことは分からないのだし。それに、助けるわけでもあるまいし。



非情?最低?なんとでも言え。私は自分が第一なんだ。1番大事なんだ。例え襲われてるのが人間でも、私は助けない。メリットがないし、他人のために自分を危険に晒すなんて馬鹿げてる。助けた人が私に何かをしてくれるわけでもあるまいし。何より怖い。



どのみち前の世界でもこの世界でも、人間や魔物、全ての生き物は総じて、私に害しか与えないのだ。いつかは敵になる。私を殺そうとする。ならば、無関心であればいい。全てのことに。全ての人に。



そうすれば、痛みや苦しみを感じることも、相手に同情することもない。まぁ、私はそもそも、相手に対する良心というものも持ち合わせてはいないのだけど。



さて。話は逸れたが、私ができることは何も無い。白いスライムというのは珍しくて貴重だが、ここは一思いに食われて欲しい。



後はスライムとバーニングタイガーがここを離れるのを待つだけだ。



そう考えて木の幹にそっと腰を下ろし、待ちの態勢に入った。・・・のだが。




偶然なのかなんなのか、私が登っている木の方に逃げてくるスライムに、思わず怪訝な顔になる。



私に気付いている訳ではないだろうが、少し気になるな・・・。なんせ迷うことなくこの木に寄ってきたから。



まぁ、ただの偶然だろう。そう判断し、じっと逃げ惑うスライムを観察していた。



しかし、スライムが私が登っている木に力いっぱい体当たりし出したため、呑気なことを考えていられなくなった。



いやいやいや、まさか本当に私に気付いてるの?どうして?沈黙の森に生息するLv150越えのアシッドドラゴンでさえ、私が気配を消すと気付かなかったのに。



もしかして・・・このスライム、そのドラゴンより強い?



ゲームで最弱の魔物がまさか、と半信半疑で《鑑定(ステータス)》を発動してみたが、結果はLv50。ドラゴンより弱かったので気配に気付いた訳では無いだろう。いや、Lv50のスライムも中々だけどね。



『・・・はぁ。』



森を出て早々面倒事に巻き込まれる私の運の悪さが嫌になる。どうにかして運を上げないと、私の望む平穏な生活は手に入らないな。



・・・・・・うん?どうにかして運を上げる?・・・・・・・・・あっ!!



あるじゃないか!運を上げる方法!!確かユニークスキルで、《灯を与えし者(ルクス)》だっけ?



この魔法で、せめてマイナスから脱出しないことには、私の平穏は訪れない。



そういうことなら何でもやってやろうじゃないか。例えば・・・そう、この白いスライムを助ける・・・とか。



《灯を与えし者(ルクス)》は、要するに誰かを助ければ運が上がる、ということ。つまり困っている人を助けまくれば、いつかは運が10000に達するのも夢じゃない。



無償且つ無利益での人・・・じゃない、スライム助けは性にあわないが、私の未来のためにはやむを得ないということで、魔物は怖いが仕方ないから助けてあげますか。



そういう結論に至った私は、知らぬ内に鷲掴みにされて今にも食われそうなスライムを助けるべく、木から飛び降りた。飛び降り際に容赦なくバーニングタイガーの首を刀で斬ることを忘れずに。



バーニングタイガーは悲鳴を上げる間もなく絶命した。首が落ち、血飛沫が飛び散る。汚いなぁ、と魔法袋から取り出したタオルで血を拭き取る。フードをしているので顔や素肌には飛び散っていないが、外套が血塗れだ。唯一良かったのは外套の色が黒だったことか。



因みに言い忘れていたが、バーニングタイガーのLvは80だった。このスライムよりは強いが、私よりは格段に弱い。私は戦闘狂では無いので強い相手と戦いたい願望はないが、しかし戦うなら自分の為になる相手と戦いたいものだ。珍しい技を使う相手・・・とかね。・・・まぁ、Lv80のバーニングタイガー相手なら一方的な殺戮でしかないからということも理由の一つだが。



今だってバーニングタイガーを倒して得た経験値は極わずか。これなら沈黙の森に生息するアシッドドラゴンを倒した方が余っ程いい経験値になる。まぁアイツら地の果てまでも追ってくるから二度と戦いたくないけど。



・・・不満はこれくらいにしておくとして。今度はこのスライムの番だな。しかし、助けてあげたのに何も起きないのはどういう事なのか。



まさかこの程度じゃ助けたうちに入らないと?嘘でしょそんなのただのクソスキルでしかないじゃん。



巫山戯るな、と心の中で散々スキルを罵りつつ、チラとスライムを見る。



スライムは助けてもらえたのが嬉しいのか、ポヨンポヨンと跳ねていた。



いや、普通に可愛い・・・けど、スライムって白い印象ないな。水色とかのイメージが強いんだけど、この世界では白が普通なのか?



そしてこのつぶらな瞳よ。どうしてこっちをじっと見てるのだろう。仲間になりたそうにこっちを見てるってか?



『・・・お前、どうして追われてたの?』



喋れないとは思うが、一応聞いてみる。するとスライムは、何を思ったのかパアアアっと顔を綻ばせ、またしてもポヨンポヨンと飛び跳ね始めた。一体何を思ってそんな行動に出たのかは分からないが、何かが噛み合ってないのは確かだな。そりゃあそうか。スライムと人間だし。



『じゃあ、家は?』



スライムは質問には答えることなく、またしても嬉しそうに頬を赤くした。・・・頬?でいいのか?



はあぁぁ、どうしようか。このままじゃダメってこと?何をすればスキルの条件をクリア出来るの?家まで送り届ければいいの?ならスライムの群れでも見つけて押し付けるか。もう面倒になってきたし。



今後について適当に考えていると、スライムは飛び跳ねるのに飽きたのか今度は私の方に飛び付いてきた。



それをサッと避けると、スライムはポカン、とした顔でじっと私を見た。いや何その顔。そりゃ避けるでしょ。うわ、段々泣きそうな顔になってきた。面倒だな・・・もう放っておいてもいい?いいよね?



・・・あぁ、でもその前に。色々と知りたいことがあるんだった。さっきこのスライムが私を見つけられたのはどうしてなのかとか、白い理由とか、魔物に追われてた理由とか・・・結構あるな。それが分かるまでは一緒に行動するか?・・・面倒だけど、それしかないな。



そう思い覚悟を決めた直後。こちらに向かってくる複数の魔物の気配を察知して、はぁ、とため息を零した。



・・・前言撤回。今すぐ投げ出して家に帰りたい。次々と面倒事を持ってくるスライムに腹を立てながらも、私は寄ってくる魔物を全て倒したのだった。

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