第3話嘘つきな傀儡のお話


成瀬side



〜過去〜



──────俺の人生は、親の傀儡として生きるだけのつまらないものだった



幼い頃から親の命令に従って、テストで高得点を取り、様々な賞を総ナメして、天才と呼ばれて生きてきた。



親に歯向かうことはしてこなかったし、する理由もなかった。



誰にでも愛想良くして、ニコニコと面白くもないのに笑って、そうして俺は生きてきた。でも、とある出会いが俺の人生を左右することとなる。



ある日の帰り道のこと。同じクラスの、前髪が長くて少し地味な女の子。そんな印象しかなかった宮代灯さんが、信号待ちをしているのが見えた。



誰にでも愛想よくすることを義務付けられている俺にとって、話しかけないという選択はなくて。



宮代さん、と後ろから声を掛けた。宮代さんは驚いたように肩を震わせた後、勢いよくこちらを向いた。



──────刹那、桜色の髪の隙間から金色が覗いた。



キラキラとした、綺麗な金色の目だった。息が出来なくなるほどの衝撃と色香に襲われて、頭がクラクラしたのを今でも覚えてる。



だがその目に魅入られている間に、何が起こったのか宮代さんが俺を押し倒していた。



その目は不安に染まっていて、思わず辺りを見渡した。俺達の横にはトラックが突っ込んでいて、あぁ助けられたのか、とやっと理解した。



ありがとう、と笑顔で述べたのだが、宮代さんは後悔したような、苦しそうな顔を浮かべるだけ。



おかしいな、そう思った。だって、俺が笑顔を浮かべたら誰だって嬉しそうに笑うのに。今までに例のない人間だ、と少し興味を持った。



だが次の瞬間言われた言葉に、俺の思考回路は停止した。



彼女は俺の手を強く握り、責任を取る、とそう言ったのだ。



思わずポカンとした俺に向かって、彼女は続けた。曰く、この事故は彼女のせいであると。だから、危険な目に合わせた責任を取る、と。



正直意味が分からなかったが、俺も彼女のことをもっと知りたかったため、笑顔で頷いておいた。



その次の日からだ。彼女が俺と行動を共にするようになったのは。



そして、何故か降り掛かるようになった不幸を全て未然に防ぎ、俺を守ってくれた。



彼女が俺の傍に居てくれるのは嬉しかった。だが、その分良くないことも沢山あった。



まずは、俺と彼女が一緒に居ることになったことを妬んだ女子が彼女に嫌がらせをするようになったこと。



これは少し申し訳なく思ったが、彼女自身が気にしていないので俺も気にしないことにした。



次に、俺の友達の2人が彼女に絡みに行ったことだ。正直これが一番問題で、千隼はまだ面白いやつだな、みたいな感じで絡んでるだけのようなのでいいが、柚は明らかに彼女に好意がある。



何故か面識があるみたいだったし、同じ図書委員らしいし、よく分からないけどそれを聞いた時は胸が張り裂けそうなくらい苦しかった。でもその時はそれだけだった。自覚なんて、してなかった。だけど・・・、



この感情が恋であると気が付いたのは、2年の夏のことだった。



たまたま、図書室で勉強していた時のことだ。・・・思えば彼女が図書委員だと知ってからは、絶対に図書室で勉強するようになってた。多分この頃にはもう好きだったんだろう。自覚があったかどうかはともかく。



俺はチラチラと彼女のことを見てたと思う。それも無意識だった訳だけど、その時にたまたま見てしまった。



楽しそうに笑い合う、彼女と柚の姿を。その姿を目に入れた瞬間、激しい嫉妬と怒りが俺の中を駆け巡った。



俺の中に初めて芽生えた、ドロドロとした恋情だった。いいや、恋情なんて可愛いものじゃないのかもしれない。俺を守ってくれるんじゃなかったのか、責任を取るんじゃなかったのかと、彼女を責め立てるように心に浮かんできた。それはきっと、愛憎にもよく似た何か。



そして高校二年の秋のこと。柚と千隼と3人で教室に入ると、見えてきたのは彼女の胸ぐらを掴んで窓に押しやっている女。クラスメイト達は傍観しているか、楽しんでいるかの二択だった。



正直腹が煮えくり返る気分だったが、千隼がまず怒鳴るだろうと思って睨み付けるだけに留めた。



しかし千隼の怒鳴り声は途中で途切れ、眩い光が俺達を包んだ。



クラスメイト達は混乱していて、かく言う俺もかなり戸惑っていた。



今まで親に命令されて、親の人形として生きてきた俺にとって、こんな予想外の事態に対処する能力などない。



どうしようと慌てて、混乱して、最終的に彼女を見た。



だけどその瞬間、彼女は彼女の胸ぐらを掴んでいた女によって窓の外に押し出されていた。



思わず手を伸ばすが、間に合わない。こんなことなら、もっと早くあの女を粛清していれば良かった。



心底後悔した刹那、視界が白に覆われ、気が付いたら別の場所にいた。



よく分からない丸い空間、欧米のような服を着た人間たち、そして、足元に描かれた見覚えのある模様。



これは恐らく、クラスメイトが言っていた魔法陣というやつだろう。そして、いきなり変な場所に連れてこられた原因は・・・、



「よくぞ来てくれた、勇者達よ!!歓迎するぞ。」



「・・・勇者、ですか。」



「うむ。君達はこの世界で勇者になるのだ。」



勇者・・・勇者、ね。ふふ、本当に笑えるな。



───────俺は、どこの世界でも道が決められてるらしい。



それに本当の俺は、勇者になれるような人間じゃない。彼女がこの場にいないことにすぐ気付いた。この場にいない原因は、彼女を突き落としたあの女。何も知らない顔で不安げに俺を見つめるその女を、今すぐに殺したいと思ってるくらい、嫉妬深くて執念深い、ただの一人の男なのに。



あぁ、そうだよ。俺はちっぽけな男だ。勇者なんかとは程遠い。俺はきっとこの先、彼女以外のことで本気になれない。国や世界のために魔王を倒す、だなんて・・・そんなお綺麗な目標を掲げて真っ直ぐに歩いて行けるほど、俺の心は綺麗じゃない。



ならば違う世界でくらい、彼女の為に生きてもいいんじゃないのか。



俺に恋を教えてくれた彼女のためだけに、全てを賭けて、彼女だけを守る・・・そんな彼女だけの騎士に・・・。



「─────という具合で、私共の世界は今窮地に立たされているのだ。よって、勇者達にこの世界を救って欲しいのだ。」



「───────わかりました。」



「ちょ、秀弥!?何言ってんのさ!?」



「そうだぜ!!いきなりこんな世界に飛ばされて勇者だなんて、意味わかんねぇよ!!」



「・・・でも、無視もできない。帰る術がないのなら、この人達に従う以外に生きていく方法はないよ。それに、困っている人を見過ごせない。」



───────無理だ。できない、求められてることに応える以外に、俺の存在価値がある気がしない。



親の呪縛が、ここに来てもまだ俺を解放してくれない。逃げ出せないよ。



「─────頼む、みんな。一緒にこの世界を救おう。」



こうして俺は、また嘘を吐く。本当は世界なんてどうでも良くて、彼女と一緒に居ることさえ出来ればそれでいいと言うのに。



苦しい、息が出来ない。どうか頼むよ、俺の命の灯火、大好きな想い人。



早く俺を見つけて、俺を助けてくれないか。



でないと俺は──────この世界で生きていく希望を持てない。



だから君が希望になってくれ────灯。



───────────────────



〜現在〜



「─────なに考えてんの、秀弥。」



「・・・・・・、柚。」



城のバルコニーで彼女との出会いや1年前この世界に来た時のことを思い出していると、後ろから柚がやってきた。



その手にはジュースが入ったグラスが握られている。それを見て、そういえば今はパーティー中だったなと思い出す。



「主役がいなかったら盛り上がんないでしょ〜が。」



「・・・そうだね。今日はお祝いだもんね。」



「そうだよ〜!なんて言ったって勇者パーティーである俺達が、3つ目のダンジョンをクリアしたんだからさ。」



「・・・うん、そうだったね。」



──────灯と離れてから1年。灯は、今どこにいるのかな。



「は〜ぁ、灯ちゃんに会いたいなぁ。」



「っ、・・・そう、だね。」



一瞬、心の中を読まれたのかと思った。でもそんなわけが無い。今のは、柚の本音。・・・俺と同じく、灯に会いたがっている。



「本当に、会いたいな。」



──────柚がいないところで、だけど。



会わせてたまるか。二度と、もうあんな思いはしたくない。



──────────もう、二度と。灯と柚が一緒にいるところを見たくない。



灯が笑いかける相手は、俺だけでいいんだ。



そう、その思いこそが、俺の原点。───────俺の、嫉妬のはじまり。



成瀬sideEND









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