僕の婚約者② sideホーエスト
「おはつにおめにかかります。リィス・フラッザともうします」
まだ言葉は少したどたどしいけれど、子供にしては立派なカーテシーをしてみせたその女の子がフラッザ宮中伯令嬢だということは、名乗る前から分かってた。
だって、宮中伯と同じ瞳の色をしていたから。
(可愛いな)
緊張しながらもしっかりと父親の足元から出てきた彼女を見て、一番最初に抱いた素直な感想はそれだった。
オリーブブラウンの髪とブラウンの瞳は、その色の濃さから魔力量が多くはないことを示していたけど。その分肌の白さが際立っていて、大人しそうな雰囲気と相まって守ってあげなくちゃと無意識に思ってた。
特に、僕みたいな存在が間違って触れてしまわないように、と。
なのに。
「よく来てくれた」
「あなたに会える日を心待ちにしていたのよ。ほら、ホーエスト。ご挨拶を」
「初めまして、フラッザ宮中伯令嬢。ホーエスト・フゥバ・ベスキュードゥルゼです」
父上と母上の態度が、明らかに今までとは違っていたから。
違和感を覚えつつも素直に名乗った、次の瞬間。
「まずはエスコートの練習から、だな」
なぜか父上がそんなことを言い出して。
一体どういうことなのかと見上げた先で、優しく微笑む父上はとんでもないことを口にした。
「ホーエスト、彼女がお前の婚約者だ。茶会や夜会への参加はまだ先とはいえ、今からしっかりとエスコートできるようにしておきなさい」
「…………はい?」
何を言われたのか瞬時には理解できなくて困惑している僕に、今度は母上が。
「まずは女性の手を取るところからですよ、ほら」
と、僕の手を取って彼女へと差し出す仕草を取らせる。
秘密裏にというだけあって、この部屋の中には父上と母上と僕と、あとはフラッザ宮中伯親子の五人だけ。本来ならいるはずの護衛も、侍従も侍女も存在していなかった。
だから父上か母上しか、それを僕に教えられないのは分かる、けど。
どう考えても、相手がおかしい。
「待ってください! 母上を止めて下さい父上!」
このまま僕の手が彼女に触れてしまえば、きっと倒れてしまう。魔力量の多い人だって、僕に長時間触れていられないのに。
明らかにそれが少ない部類にいるであろう、しかも僕よりも幼い女の子なんて、すぐに魔力過多になって大変なことになる。
それが分かっているはずなのにどうしてと思いながら、父上に助けを求めたのに。
「その必要はない。大丈夫だ」
柔らかい笑顔のまま首を横に振られて、僕は絶望した。
と同時に、僕はパニックに
「いやだ! 母上やめて! いやだぁ!!」
目の前で小さな女の子が自分のせいで倒れてしまう姿を想像して、心が先に耐えられなくなった。
もしそれで、彼女に何かあったら? 二度と目覚めなかったら?
考えれば考えるほど、怖くてたまらなくて。
あまりの恐怖に、泣いて懇願する僕の耳に最初に届いたのは。
母上の優しい声でも、父上の
「ホーエストさまは、わたくしのことが……おいや、ですか?」
小さい声なのに、とても悲しそうな、泣きそうな声に聞こえて。思わず声の主を見れば、淡い色のドレスのスカートの裾を両手で掴んで、顔が見えないほど俯いてて。
その瞬間、ハッとした。
何も知らない彼女からすれば、僕に拒絶されたようにしか見えないんだってことに。そんなことにすら気付いてなかったんだってことに。
「そっ、そんなことないっ!!」
僕よりも小さな女の子を傷つけてしまったことに罪悪感を覚えて急いで否定すれば、目だけでこちらを
(あぁもう! 僕の馬鹿!)
自分のことにばっかり気を取られてて、彼女がどう思うのかなんて少しも考えてなかった。
いやでも、実際触れることはできないからどうしようかと、混乱した頭で必死に考えてる僕に。
「ほんとう、に……?」
大きな瞳を潤ませながら、半信半疑といった体で問いかけてくる彼女に思わず。
「本当に!!」
僕は必死になって、何度も首を縦に振ってた。
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