婚約のワケ

 そんな風に国としての思惑もあり、最も年齢の近いホーエスト様とわたくしが婚約する運びとなったのです。

 とはいえ、当時私はまだ三歳。ホーエスト様ですら五歳でしたから、果たして覚えていらっしゃるのかどうか。少なくとも私は、ぼんやりとしか当時のことを記憶しておりません。

 ただそういった事情がありましたので、物心ついた時には当然のようにホーエスト様のお隣におりましたし、王家の皆様とも数多くの交流の機会を持たせていただいておりました。


 けれど。


 必要とされているのはあくまで私の持つ能力である、ということは、忘れてはならない事実なのです。

 そうでなければこんな魔力量の少ない地味な女が王族と婚約など、できるはずがないのですから。


「はぁ……」


 窓の外、よく晴れた青い空を見上げながらため息をついても、今は部屋に私一人。誰にも聞かれないのをいいことに、言葉にできない感情を少しだけ混ぜて吐き出すのです。

 第三王子殿下と宮中伯令嬢の婚約の理由ワケなど、結局はそんなもので。決して私自身がホーエスト様に望まれたからとか、必要とされたからではないのですから。

 むしろ私が宮中伯の娘でなければ、きっとどなたからも見向きもされなかったことでしょう。


 とはいえオリーブブラウンの髪とブラウンの瞳という私の地味な色合いも、フラッザ家という特殊な環境でなければ生まれにくいのも事実ではありますが。


「この髪色、私自身は存外気に入っているのですけれどね」


 腰より少し上あたりまである髪を、ひと房指先でつまみ上げて。毎日侍女たちが丁寧に手入れをしてくれているおかげで痛み一つない、艶のあるオリーブブラウンの髪をまじまじと見てみます。

 お母様のオリーブグレーの髪とお父様のアッシュブラウンの髪を、ちょうど半分ずついただいたような色なのですもの。気に入らないはずがないではありませんか。

 けれど他の方と比較すると、おそらく令嬢の中でもかなり暗い色味をしていることでしょう。皆様基本的に、淡いブロンドですもの。上位貴族の方々は特に。

 瞳の色も、お母様やスムークゥのようなブルーの方が大半ですし。ブラウンの瞳というのも、少なくとも貴族の中では我が家以外で見ることのない色味なのですから。


「フラッザ家に生まれたことにも、有事の際に国のため、王家のためにこの能力を生かせることも、誇りに思っていることに違いはないのです」


 ただ、周りの方々はそうは見てくださらない。ただそれだけ。

 正直なところを申しますと、そこに関してはあまり気にはしていないのです。

 フゥバ王国唯一の宮中伯家というのは、そういうものですから。平時は気にも留めないでいただけたほうが、何かと便利ですもの。

 それにお父様もおっしゃっていた通り、我が家が見くびられている状態というのはある種、国が平和である証拠。であれば、喜ぶべきことなのですから。


(そう。喜ぶべき、こと)


 それなのに、どこか気分が沈んでしまうのは。



 私が密かに、ホーエスト様に心を寄せているから。



 婚約者なのに何をいまさらと思われるかもしれませんが、私にとっては大きな問題なのです。

 前提として当然のことですが、ホーエスト様の見た目を忌避きひしてその事実を口にするのが恥ずかしいから、などという理由ではありません。

 そうでは、なく……。


「しょせん、私の輿入れの目的は」


 有事の際の、王家の切り札として。そのためにまだ婚約者もいらっしゃらなかった、年齢の近いホーエスト様が選ばれたにすぎないのです。

 つまりホーエスト様こそ、初めから選択肢のなかったお方。私のような地味な令嬢を押し付けられてしまった、不遇な殿方。


(ご本人は、そう思ってはいらっしゃらないのでしょうけれど)


 ホーエスト様はとてもお優しいお方ですもの。私との婚約だって、ハズレを引かされたとは微塵も考えていらっしゃらないでしょうし、心の底で不満をお持ちになっているというわけでもないのでしょう。

 だから、あんなにも私を大切に扱ってくださるのだと、頭では理解しているのですけれど。


(ご自分のことには、どこか無頓着なお方だから、こそ)


 特別な意味合いを持って大切にしてくださっているのだと、接してくださっているのだと、勘違いしてしまいそうになる。

 お会いするたびにホーエスト様の優しさに触れてしまうからこそ、なおさらそう思ってしまうのです。





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