宮中伯の秘密

 さてまずは、何からお話しすべきでしょうか?

 見た目と魔力量が比例していることはすでにお伝えした通りなのですが、やはり例外も先にご説明するべきなのでしょうね。


 そもそも宮中伯とはどういった存在なのか、というところからご説明いたします。


 我が家は建国時代より続く由緒正しい家柄なのですが、その実歴史上あまり目立った功績などは存在しておりません。

 ただし公的には、ですが。


 フラッザ家は、ここフゥバ王国に存在する唯一の宮中伯家として有名なのですが、その本当の役割を知っているのはその家に生まれた者と使用人、そして王家の皆様のみなのです。

 ただし、職務内容はしっかりと公言されております。

 翌日から早くも姿をお見かけすることのなくなったらしい令息方が口にしていたように、魔術師団の監視役がその主な内容。つまり、平時は基本的に必要とされない存在と言い換えてしまっても過言ではないのです。


(むしろ、過言であるべきなのですよね)


 建国祭の疲れを癒すため、という名目で毎年ある五日ほどのお休みのちょうど真ん中の日。

 わたくしは家族との朝食を楽しみつつ、令息方の言葉を思い出しておりました。


「まったく。第三王子殿下がすぐに対処してくださったからよかったものの……」

「そう腹を立てずともよい。我が家の存在など、忘れられているくらいが丁度いいのだからな。平和な証だ」

「父上はそうおっしゃいますけれど、私は姉上がけなされたことが納得いかないのです!」


 朝から一人ご立腹なのは、我が家の末っ子で私の可愛い弟、スムークゥ。

 普段は少し癖のある柔らかいシルバーアッシュの髪を梳くように撫でると、気持ちよさそうに目を細めるところが猫のようで可愛いのですけれど。十四歳という年齢からか、まだ少し感情的になることが多いのが欠点なのです。

 今がまさしくそうなのですけれど。


 ただそんなスムークゥを、苦笑しながらもなだめるのはいつも――。


「こら、ムゥ。あまり父上を困らせてはいけないよ」


 そう優しく声をかける、お兄様の役目なのです。

 そして。


「ハファディーの言う通りですよ。その場にいたのであれば分かりますが、あとから聞いた話ではどうすることもできません。それにあまり目立つことをしてしまっては、フラッザ宮中伯の名に傷をつけることになるのですよ」


 お兄様を援護するように言葉を重ねるのはお母様。

 大好きなお二人に叱られて、普段は輝いているブルーの瞳を伏せてしまうスムークゥは、なんだか子犬のようで。これはこれで可愛いのですから、罪ですよね。


(ただ、このままというのも少し……かわいそうね)


 特にこの子は宮中伯の秘密を、フラッザの家系が地味な色合いを輩出しがちな理由を、しっかりと理解しているのだから。

 何より今回のスムークゥの言葉は、私のことを心配してくれたからこそ出たものですもの。

 だからこんな時こそ、私の出番。


「でもありがとう、ムゥ。私にはそうやって怒ってくれる家族と、しっかりと対処してくださるホーエスト様や王家の皆様がいてくださるのだから、それだけでも果報すぎるほどに十分なのよ」


 そう、本当に。家族から以上に、王家の皆様からご心配いただくなど十分すぎるのです。


「姉上……」

「だから私は何も気にしていないの。それに私は、フラッザ家に生まれてきたことに誇りを持っているもの」


 ね? と同意を求めるように首をかしげてみせれば、ほんの少しだけ潤むブルーの瞳。


「姉上~! 大好きです~!」

「ふふ。私もムゥのことが大好きよ」


 スムークゥはこの年齢ですでに女性に人気だと聞いているけれど、きっとこの可愛さと素直さがその秘訣なのでしょうね。

 そうでなくとも、我が家ではお母様以上に淡い色の持ち主だもの。今この家で誰よりも魔力量が多い、どころか我が家から出てもかなりの美形に入るのだから。

 人気にもなるでしょうね。婿を取らなければいけない令嬢方からは特に。


「でも……僕はもっと、兄上や姉上みたいに……ちゃんとフラッザ家の一員としての役割を果たせるように、役に立てる力を持って生まれてきたかったです……」

「あら。私は今のムゥが好きなのよ?」

「姉上っ……!」


 私たちの会話をどこか微笑ましそうに見ているお父様とお兄様は、全く同じアッシュブラウンの髪と、ブラウンの瞳。お母様はオリーブグレーの髪と、ブルーの瞳。

 スムークゥは瞳の色こそお母様から受け継いだけれど、フワフワとしたシルバーアッシュの髪はおそらく先祖返りなのではないか、と医師から言われたそうだから。きっと魔力量もそちらに引っ張られてしまったのでしょうね。



 本来ならば、魔力量が多いのはいいことのはず。


 それなのにスムークゥがこう言うのには、我が家独特の理由があるからなのです。



 きっと気になっている方もいらっしゃるでしょうね。実際、貴族の中にも不審に思っている方たちは大勢いるのですもの。

 なぜ、魔力量が少ないはずの濃い色味を持って生まれてきているフラッザ家が、よりにもよって魔術師団の監視役という役職に就いているのか、と。

 そして誰もが思うことでしょう。名ばかり宮中伯は、有事の際何もできずに終わるのだろう、と。


(普通であれば、そう考えますよね)


 それが当然でしょう。現に魔力量が多く魔術を思いのままに操れるからこそ、魔術師団という特別な組織が存在しているのですから。


(けれど)


 建国時代より続く我が家の役目は、何一つ変わることなく今日こんにちまで続いている。それが、王家の望みであり答えでもあるのです。

 むしろ王家の皆様こそ、我がフラッザ宮中伯家の力を最も必要とされているのでしょう。


(だからこそ、私は幼い頃にホーエスト様の婚約者となったのですもの)


 最も魔力量が多い王家のどなたかが、魔力の暴走を起こされた時に。

 魔術師団や団員が、王家や国を裏切ろうと犯罪に加担した時に。

 速やかに、それを止められるように。



 自らの魔力が少ない分、相手の魔力を受け入れられる特殊体質。



 そのたった一つの、けれど魔力が全ての世界だからこそ、有事の際に必ず必要になる力を持っていたからこそ。フラッザ家は、今もまだ宮中伯として存在しているのですから。

 いざという時に、国のため王家のためにその力を使えるように、と。

 本来であれば王家に嫁ぐには魔力量が少なすぎるはずの私が選ばれたのは、そういった理由からなのです。






―――ちょっとしたあとがき―――


 能力というか、特殊体質というか……。

 先々まで隠していてもよかったのですが、隠すことにあまり意味はないと思ったので早めにネタばらし。

 こういうの、引っ張るのがファンタジーとかでは面白いのかもしれませんが、恋愛ジャンルでそれをやる必要もないと判断したのと、割と隠され続けるのって読んでてイライラしそうだなと思ったので(^^;)


 なので皆様も、宮中伯の秘密の共有をお願いいたします。





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