第13話 Vtuberやってて良かった
いよいよ黒羽さんとのコラボ撮影の日がやってきた。
まだ楽なのは配信じゃないという点。
失敗を避けたいのはいつも通りのことではあるけど、一応やり直しが利く分、些か軽くなる心もある。
撮影スタジオは、黒羽さんの事務所──ライブエアーの方から貸し出してもらえた。スタッフさんや、機材云々をしてくれる方たちもライブエアー側から派遣してもらえたため、あちらからもコラボを重く捉えていることが分かる。
……いや、だからそれを俺たちに託さないでくれよ。
マジで吐く。何なら昨日吐いた。
けれど、プレッシャーを感じていると同時に、目標を叶えた先にあった黒羽さんとのコラボ。
それが今現実になったことへの嬉しさもある。
絶対に200万再生いってやろう、という気概に溢れている。
そんなこんなでライブエアーの事務所の控室。
黒羽さんと対面した俺は、目の前で顔面を真っ青にした彼女にため息を吐いた。
「い、いよいよね……」
「黒羽さんが緊張してどうするんですか……」
「そういう田中だって緊張してるじゃない!!」
隠してるつもりだったけどバレてたらしい。
ええ、心臓バクバクの手ブルッブルですよ。逆にこんなプレッシャーかけられて緊張しないほうがおかしいんだよなぁ!
俺的には黒羽さんは緊張しないと思っていた分、ここまで弱々しい彼女を見ることになるとは思っていなかった。
多少びっくりはしてるけど、まあ黒羽さんも事務所のマネージャーから圧をかけられたに違いない。
「……このままじゃ緊張で失敗しそうですし、何か緊張を解きほぐすことでもします?」
「じゃあ、田中。何か面白い話をして」
「そんな関西人じゃないんですから……。──一昨日のことなんですけどねある日」
「するの!? ツッコミ入れて笑って緊張無くなったね、わーい、とかじゃないの!?」
「ツッコミ程度で緊張無くせるわけないじゃないですか。呼吸っすよ、呼吸」
「あなた本当は関西人じゃないの……?」
訝しげな目で俺を見る黒羽さん。
気がつけば互いに震えは収まっていた。
何だかんだ普段通りに過ごすのが一番だ。……ま、それが一番難しいんだけど。
「「ふふっ」」
示し合わせたように顔を見合わせて笑い合う。
心臓の動悸は鎮まり、場には良い雰囲気が漂っている。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね。行くわよ!」
元気に拳を突き出した黒羽さんは、我先にと言わんばかりの歩幅で撮影スタジオの方へと向かう。
そんな黒羽さんに頼もしさと、若干の不安を抱えながらスタジオに入ると、そこにはすでにスタッフさんや両事務所のマネージャーが揃っていた。
……これまた大人数だな。
成功を願ってる割にプレッシャーかけすぎじゃない!?
「「田中さん、黒羽さん、現場入りました〜!」」
まるでドラマの撮影みたいだ、とその掛け声を聞いて思った。よくよく考えたらそんな感じのようなものか、と納得させれば自ずと緊張を遠ざけることができた。
……隣で「ふっ」と笑いながら軽くポーズを取ってる黒羽さんは無敵だな。じゃあ、さっきの緊張なんやねん。
機材のチェックをスタッフが行っている間に飲み物を補給していると、顔なじみのマネージャーがぬるっと現れて言う。
「田中さん頼みますよ……っ! これ、本当にヤバい額のお金が動きますからねっ。成功したらうちの株もグッズ利益、更には登録者増加も見込めますから!! そして私達マネージャーの給料も上がるんで、頼みますよ!!」
「どうしてそう本番前にプレッシャーかけるかなぁ! はぁ……マネージャーの給料に関しては知りませんけど、まあ事務所への恩返しも兼ねて精一杯やりますよ……。それに、そんなこと関係無しにコラボを楽しみにしている俺がいるんです。手を抜くとかバカなことは絶対やりませんよ」
力強い口調で言い切った俺をパチクリと驚きを表情に含ませて瞬きをするマネージャー。
やがてマネージャーは、その相好を崩し、ホっとしたような喜びの笑みを浮かべた。
「今の表情の方が私は好きですよ。本当に配信をイキイキして取り組んでる、って分かりますから。ファンとしても、純粋に応援しています」
それじゃあ私はスタンバイしてます、と立ち去ったマネージャーの後ろ姿を見ながら、俺は小さく笑いながら呟いた。
「……ちゃんとした激励もできんじゃん」
貰ったエールに背中を押された。
また一段とやる気と元気が注入された。
思えば、例の鍵垢がバレる前はこんな風に応援されたことなんてなかった。
多少の罵倒混じりの応援だったり、リスナーの分かりづらい励まし。それもこれも嬉しかったのは事実だ。
けれど、過去も含めて今も肯定するような激励を貰ったのは紛れもなく初めてで、胸の内から嬉しさが込み上げてくる。
……未だに鍵垢のことに関しては悶絶しまくる生活を送ってるけど。
「Vtuberやってて良かったな」
どれだけ救われてこの場に立っているか。
アトウェルさんに激励され、黒羽さんには考え方の根本から変えてくれた。
そして、今この大舞台に立つことができた。
プレッシャーはある。緊張もする。
失敗したらどうしよう、ってネガティブな感情は、どれだけ割り切ったところで付き纏う。
けれど今の俺は──
「失敗する気しねぇわ」
そう言い切れるだけの自信があった。
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