第4話 ワン・オン・ワン・コール。ミッッッッッ!!


 ……やっちまった。

 逆ギレして開き直った後は、まさに無法地帯だった。

 好き勝手に本音を交えつつ、リスナーの黒歴史イジリに悶絶しまくる拷問のような時間。


「でも、楽しかったなぁ……」


 俺の憧れていた配信がそこにはあった。

 いつもより同接が多いお陰で、コメントも追いきれないほど膨大だったし、初見の人も色々とコメントしてくれた。


 そして増えに増えたチャンネル登録者数は、なんと23万人。

 例の事件から5万人も増えた計算になる。

 配信もトレンド入りし、切り抜きも多く作られたからか、チャンネル登録者の伸びは留まることを知らない。

 

「何だか夢見てるみたいだな。……あー、この感傷はキモい。こんなことばっかり考えてるから黒歴史量産するんだよ。というか鍵垢の扱いどうしよ」


 アカウント自体もバレたせいで、数万人のフォローリクエストが溜まっている。これを完全開放した日には、もう逃げられない。

 ……まあ、すでに完璧に周りを包囲されてるけどな!


「とりあえず放っておくとして……。……ん?」


 スマホをポチポチとイジっていると、『That Cord』の通知が鳴った。珍しい。

 Vtuberのコミュニティとかに誘われたりはしたけど、例のごとく配信スタンス的に全部断っていた。だから、アプリは入れて放置してたんだけど……。


「フレンド申請……アトウェル・レイヴェル……ミッ!?!?」


 アトウェルさん!? なんで!?

 どゆこと!?!?!?


 俺は混乱と嬉しさで思考が停止した。

 配信に来てくれたりはしたけれど、『コラボしたい』なんてセリフは社交辞令かと思っていた。

 

 下世話な話だけど、今バズっている俺とコラボすることで注目を集めるという理由は分かる。

 コラボ相手にも登録者は幾らか流れるだろう。


 だけど、アトウェルさんにはそれが当てはまらない。



 ……アトウェル・レイヴェル。

 一期生にして、全Vtuberの中でも上澄みに位置する伝説のVtuberだ。

 赤髪ロングにツリ目。左頬に傷があり、全身の服装は少し汚れたミリタリーコーデ。

 ファンタジーにいる傭兵のような服装、と言えば伝わるだろうか。

 格好いい系統を攻めた女性Vtuber。


 それがアトウェルさんだ。

 彼女はVtuber史における伝説を多々残している。


 例えば、59日間連続配信。

 

 始まりは、アトウェルさんの『そろそろFPSに手を出そうと思っていてね。私は少々不器用だから、しばらくはその練習配信をしようと思うんだ』というセリフ(全文暗記済)。 

 ここでまず把握して欲しいのは、アトウェル・レイヴェルという人はでありストイックだ。

  

 人に完璧を求めはしないが、自分には求める。そのためならとことん事を突き詰める能力と、根気を持ち合わせている。


 そんな人がFPSをプレイしようとするとどうなるか。


 答えは簡単。

 自分が満足するまでずっっっっとそればかり配信していた。


 始めは覚束ないプレイも、元の才能もあったのかグングン記録を伸ばしていった。


 そして59日目。

 恐らく全Vtuberの中で最短記録の最高ランクに到達。


 その一件もあって多いにバズり、今では彼女のチャンネル登録者数は186万人だ。


 まさしく、


「格が違うな……」


 一先ずフレンド申請は受けるとして、俺から話しかけるなんて烏滸がましい。

 幾ら推しと話せるからといって、そこは線引しないと。


 通話なんてもってのほかだな。


ーーー

《アトウェル・レイヴェル》今少し通話で話せるかい?


《田中・エリオット・毒沼》はい、喜んでぇ!!!

ーーー


「はっ! 俺は一体何を!!!」


 うるせぇ!! 条件反射なんじゃボケ!!

 いや、無理だろ!!! 俺は我慢できるタイプのオタクじゃないんだぞ!!! 推しに話せる? って言われて断るファンがいてたまるか!!

 

「そう……これは仕方のないこと」


 許せサ◯ケ。俺はお前を許さないけどな。


 ……精神落ち着かせるために心の中で寒いネタ披露するのやめようかな。


 ふざけたことを考えていると、早速『That Cord』の着信が鳴った。当然、その主は『アトウェル・レイヴェル』と書かれている。

 夢みたいだ。手汗がじっとりと染みてきて気持ち悪い。


「ええいっ!」


 俺は意を決して通話ボタンを押した。


『……あー、あー、聞こえているかな?』

「は、はい! 聞こえてます! バッチリ聞こえてます!」

『良かったよ。いきなり通話してすまないね』

「いえ! 全然!」


 ……推しを目の前にしたオタクの姿だ。面構えが情けなすぎる。泣ける。コミュ障陰キャくんになってるじゃん。


 推しと一対一で話してる事実だけでも限界だ。

 イヤホン越しに聴くアトウェルさんの声は、ちょっと低めで格好いい。女性の出すイケボって、本当に素晴らしい(限界化)。



『……少し、確かめたかったことがあったんだ。それはもう解決したから良いのだが、本題は別にあってね』

「本題、ですか」


 アトウェルさんの声音が堅くなったことを察して、俺は真面目に聴くモードに入る。

 本題。そう聞くと嫌な予感がしてならない。

 ……まさか今日の配信について説教を……? それはそれで色んな意味で有り難いけど、そうならわざわざアトウェルさんが出向いてくるのか?

 サッパリ話したい内容について皆目検討もつかない。


 すると、アトウェルさんは俺が考えもしないことを口にした。



『良かった、と。ホッとしたんだ。キミが素を出すことができて』

「え……?」

『ふふ、以前からキミの配信をコッソリ見ていたんだ。リスナーとのやり取りは面白かったし、純粋にファンとしてね』

「そうだったんですね……。なんか恥ずかしいです」

  

 まさかアトウェルさんに見られていたとは。

 あの毒舌キャラを……!? それは普通に黒歴史かもしれん。あ、軽く泣きたい。


『だからこそ、キミが無理をしていることは分かっていた』


「……え」


 今度こそ俺は言葉にならなかった。

 誰にも気づかれなかった毒舌キャラへの精神的な負担。まさか、よりにもよってそれをアトウェルさんに看破されていたとは思わなかった。

 同時に、中途半端な気持ちでVtuberに臨んでいたことがバレたようで、カッと恥ずかしくなる。


『キミは確かに配信を楽しんでいたことは間違いないのだろう。だけれど、自分の振る舞いに、疑問と不満を覚えていた。……勝手ながら心苦しいと思ったよ。もっとキミには純粋に配信を楽しんで欲しかったから』

「それでも、自業自得ですよ。あのキャラを選択したのは自分ですし、振り返ればもっとやりようはあったはずですから」


 そう言い放ってから、俺は大きく息を吸う。

 もうウジウジするのはやめたんだ。後からグチグチ言っても、過去は帰られないし、そんな姿を推しに見せたくない。

 後者の理由が九割な!


「アトウェルさん。でも、俺決めたんですよ。もう、吹っ切れて楽しく配信してやろうって。信じてついてきてくれたリスナーに、最高のエンターテインメントを見せてやろうって! だから、安心してください! きっとすぐに追いついてみせますから。……って、何を……ははっ」


 ちょっと調子に乗りすぎたかなぁ!!??

 さすがに追いついてみせるは烏滸がましいよな!? まだまだペーペーの俺が何を口走ってんだか。

 ……まあ、言った言葉に一切の嘘も虚飾もないけど。


 俺が内心あたふたしながら「ミッ」としていると、アトウェルさんが笑い始めた。


『ふっ、くくくっ、追いついてみせる、か。随分久しぶりにそんな挑戦状を叩きつけられたものだ。久方ぶりに燃えてきた。ふむ……実はコラボの打診をしようと思ったのだが……やめておこうか』

「うぇっ!?」

『おやおや、キミが言ったんじゃないか。追いついてみせる、と。目標である私は先で腕組みして待ってるさ。キミがいつか胸を張ってコラボできるまで、ずっとね』


 そ、それは聞いてない! コラボしたい!!


 推しとコラボできる機会なんて絶対逃したくない!

 

 ──けど、熱い。



 遠回しだけど、アトウェルさんの言葉はまさしく激励。まだ未熟な俺に送る熱い励まし。   

 確かに、まだまだ俺はアトウェルさんに胸を張れない。

 登録者数ではない。Vtuberとしての心構えと経験が圧倒的に足りない。


 ……やってやる。

 絶対にVtuberとして登り詰めて、アトウェルさんとコラボをするんだ。



「……待っていてください。そう時間はかけませんから」

  

 ────と、少し調子に乗った啖呵を言ったからかもしれない。

 通話越しにも、俺はアトウェルさんの唇が弧を描いた瞬間を、ハッキリ幻視した。


『──そうかそうか。「本当にアトウェルさんのことが好きすぎる。ずっと過去のアーカイブも見てるし、密かに別垢でスパチャもしまくってる。ずっっと俺はアトウェルさんに救われてる。直接言いたいけど、絶対こんなこと言えないな!」 だっけか? 私のことがこんなに好きなキミだもんね。すぐに追いついてみせるに決まってるか!』 


「キェッ……アッ」


 忘れてた。アトウェルさんの異名を。

 普段が余りにも優しくて人格者だからか、時々本当に忘れてしまいそうになる。


『「うわぁ! マジで格好いい! 好き! 最高! 語彙力消える!!」。ふむふむ』


「ヤ、ヤメテェ……ソノハナシハヤメテェ……!!」


 

 別名【縮地のドS姫】。

 閃光のように最短距離で、相手を言葉でノックダウンさせられることから名付けられたこの異名。  

 それが今、遺憾なく俺に発揮されているのだった。


『ふふふ、それじゃあ頑張ってね。応援してるよ』

「ミッ……」


 そうして通話は切れ、俺は綺麗に意識を失った。







☆☆☆



「本当に救われたのは私なんだけどね。ふふ」

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