第19話

「はいはーい! ちょっくらごめんなさいねぇ! ウチのコがお邪魔してるわよねぇ?」


 ヘレニーア様特製の術式を靴底に組み込んだ、半分魔道具とも言えるブーツ。自慢の特注ブーツに蹴り上げられて、あっけなくドアは開いた。

 中には、間抜け面した馬鹿二人と、今にも泣きだしそうなデボラ。


 あたしは、デボラが向かった衛兵隊の詰め所のドアを思いっきり蹴り開けたのだ。


 え? 何故かって? そんなの決まってるじゃない。いつもは適当に開けっ放しなのよ、ここは。

 まあ、大体は腕っぷし自慢で、肉欲に忠実な男が多いのよね。だいたいね、衛兵隊とかはさ。

 といっても、隊長さんは違う。そんな奴らを仕切ってるんだから、そりゃあもう素敵な方なのよ。既婚者だけど。後十年早ければ、惚れてたかもしれないわね。素敵なオジサマなのよ。ナイスだんでぃ。


 んで、そんなドアが閉まってるわ。中からデボラの震える悲鳴みたいな声が聞こえるわ。そりゃあ蹴るでしょうよ。

 幸い、馬鹿だから鍵閉めてなかったわ。良かった、馬鹿で。

 って、馬鹿じゃないと、同じ職場のコに簡単に手ぇ出そうなんてしないわな。


「あっ、お前、魔道具課のヘラじゃん。あーぁ、せっかく遊べそうだったのに」


 あたしを見るなり、やーめたって感じで壁から手を離す馬鹿その一。その二は愛想笑いで手を上げている。降参とでも言うつもりか。


「邪魔して悪かったわね。ウチの新人ちゃんに手出してタダで済むと思わないで下さいね、お二方」


 あたしは怒りで口元が引き攣るのを隠しもしないで、ずかずか中へ入ると壁際のデボラの手を取った。とりま長居無用とばかりに、くるり踵を返して半分壊れかけのドアへ向かう。


 ヤッバ。いいや、こいつらだって悪さしようとしたのバラされたくないだろうし、なんか上手く言い訳するでしょう。


 ドアまで後一歩の所で、戸口にもたれていた馬鹿その二が立ち塞がった。諦めたんじゃないのか。イタチの最後っ屁とかいったっけ、最後にちょっとなんかやってやろうか、嫌がらせしてやろうとでも思っているのだろうか。ホント、馬鹿ね。


「ねぇ。どいてよ」


 あたしのお行儀も猫っかぶりも、この衛兵隊の連中にはいらない。んなもん気にしてたらなめられるだけ。こういう手合いに必要なのはハッタリとその場の雰囲気だ。

 さっきのヘラちゃん特性ブースター魔道具付きのブーツは、一回使うとしばらくチャージタイムが必要だ。

 さっきのでまだ靴底が熱い。すぐには使えないけど、使えるかのようにわざと音を立てて蹴りの構えを取る。

 

「あんたらも、ちょっとのお遊びのつもりだったんでしょ? じゃあこれでさっさと引いてよ」


 ハッタリが効いたのか、あたしの睨みにビビったのか、馬鹿その二はつまんなそーな顔で一歩退いた。


 早足になりそうなところを、グッと堪えて部屋を出る。角を曲がって、十分に離れてから、あたしは詰めていた息を吐いた。


「せ、先輩。すみません」


 背中から、申し訳なさそうに身を縮こまらせるデボラが蚊の鳴くような声で謝る。


「まったく。ほんっといい加減にしてほしいわよね」


「っ、はい。ご迷惑をおかけしました」


 俯いたデボラが唇を噛んだ。あたしは振り返って、デボラと向き合う。ただでさえ小っこいデボラが、ますますもって小さく見える。その頭に、がしっと手を乗せて、わしゃわしゃ撫でた。


「えっ、あの、先輩?」


 驚き、俯いたまま頭を上げる事も出来ずにただただ撫で繰り回されるデボラ。


「あんな馬鹿のあしらい方も知らないで、男所帯の多い城で働こうだなんて。ランドリーメイドか厨房付にでもなったら良かったじゃない。そしたら、こんな怖い思いなんてしなくて済んだろうにさ。

 ていうか、あんた男爵令嬢じゃなかった? 爵位で言えば貴族の末席かも知んないけどさ、それでもあたしら平民からしたら凄いもんなのよ。あんたが男爵令嬢ってのは、あたしとウチの上司しか知らないけどさ。他言無用ってクギ刺されたけどさ。

 ね、なんであんたウチんとこに来たのよ?」


 あたしの言葉に、デボラはビクっと体を震わせた。


「私、道具いじりが好きなんです。でも、家では許されなくて。

 なんとか、叔父の伝手を辿ってここで働かせて貰える事になったんです。ずっと、隠れてひっそり道具の勉強をしていました。

 だから、今、ヘレニーア先輩の道具を修理したり調整する技術を目の当たりに出来て、毎日が宝物みたいなんです。

 でも、ご迷惑をおかけしてばかりで、すみません」


 俯く先に、ぽたりと雫が落ちた。

 石床に出来た染みは、どうにも出来ない悔しさの跡。どうにも悔しい不甲斐なさの跡。あたしも経験がある、おんなじ道を辿った跡。


 あたしは、デボラの頭に置いてた手を上げて、どうにも居心地悪さに自分の髪をかき上げた。


「そ。わかってんなら、いいのよ。その、あたしも、魔道具が好きだからやってんだし。あんたも、好きならやってりゃいいのよ。最初っから上手くいくやつなんかいないんだから」


 そういって、デボラに背を向けてすたすた歩きだす。あたしの後ろで、布の擦れる音がして、パタパタ足音が追っかけてくる。

 横に並んだデボラを見ると、少しだけ赤い目と鼻で。でも真っ直ぐに前を向いて、書類を胸元にしっかり抱きしめていた。

 それが、なんだか凄く嬉しい。


「そういえば、先輩はどうして私があそこで止まっていると分かったんですか?」


 魔道具課へ戻りながら、思い出したようにデボラが聞いてきた。


「あんたに渡した数枚の中で、あんたが行き慣れてなさそうで絡まれそうなのは、あそこだけだったからね。

 いや、あそこの隊長さんは良い人なのよ。ナイスダンディ。素敵なオジサマなの」


 こともなげに話すヘラに、デボラは成る程と頷く。デボラへ渡す前にパラパラっとめくった書類を、ヘラは一目で全て記憶していたのだ。ヘラの特技の一つである。一目でなんでも覚えてしまうこの特技は、あまり知られると面倒くさそうなので、普段は隠していた。


「さ、もう昼休憩が終わっちゃうじゃない。さっさと書類置いて休憩行きましょ」


 ヘラの言葉に、デボラは満面の笑顔で頷いた。

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