第18話

 私の名前はデルヴィネッラ。

 波打つ金髪を目立たない茶色に染めて、黄金の瞳を眼鏡で隠して、王宮の魔道具を扱う所で働いている。

 祖母は王室から降嫁された元王女。公爵家の長女である私がこうして働けるのは、叔父様のおかげだ。


 幼い頃から、私はお人形遊びよりも道具いじりの方が好きだった。

 こっそりお部屋の魔道具を分解して、術式を解読しようと試みたのは四歳の頃だったかしら。

 成長と共に淑女教育は厳しさを増し、道具いじりなど許されなかった。


 そんな私の、唯一の理解者。キュラス伯爵家の御当主。父方の叔父様。叔父様のおかげで、一年間だけ身分を隠して働く事を許された。


 お父様が私の政略結婚話を進めていらっしゃる中で、最後の自由時間という訳だ。

 夢のような一年が終わってしまえば、私は一生どこかの誰かの妻として尽くす事となる。それでも良い。公爵家の長女に産まれたのだから、当然だ。

 今まで私を育ててくれた領民たちに報いる為、私を育てる為に使われた税以上の利益をもたらす婚約を結ぶのが責務だ。


 だから、今だけ。今だけは、デルヴィネッラではなくデボラとして。毎日、目に映る全てを焼き付けるように過ごしていた。

 けれどもそんな私の前に立ちはだかるのは、厳しい現実。そう、今こうして実際に目の前を塞がれてしまっている。


「だぁからさぁ、そンな固い事言わないでさぁ、少しは愉しい事シようよ?」


 衛兵隊の中でも、あまり柄が良くない隊だったようだ。

 書類にサインを貰おうと足を運んだ私を見るなり、暇そうに雑談している二人組がニヤニヤ近付いてきた。


 情けない事に、やっぱりというかなんというか、城の中でも騎士や衛兵たちの詰めている所なんて行った事の無い私は迷った。

 迷って迷って、やっと辿り着いた時には、上長の休憩時間となってしまっていたのだ。

 迷わず真っ直ぐ到着出来ていれば、室内に居たであろう上長からサインを貰ってすぐ帰れただろうし、彼らも上司の前でこんな馬鹿げた真似はしなかった筈だ。

 情けなさと怖さで、涙が滲みそうになる。


 俯き両手で書類を抱えた私を一人が壁際に追いやると、もう一人はドアを閉めた。

 近衛騎士団と違い、衛兵隊は平民出身が殆どを占める。政略結婚やらしがらみに縛られる貴族と違って、彼らの恋愛は自由だ。私の予想より遥かに。


「っ、どいて、下さい。書類にサインを頂きに来たんです。上長がいらっしゃらないのでしたら、出直します」


 私より頭一つ以上大きな男性に、覆いかぶさるようにして壁に追いやられ、身が竦む。声だって震えていると自覚している。

 だからって、私は自分が望んで働きに来たんだ。こんな、こんなニヤニヤ虐めて楽しんでいるような人に、負けるもんか。


 ぐっとお腹に力を入れて、俯きがちだった顔を上げた。睨むように見上げる私を見下ろして、彼は愉快そうに口笛を鳴らした。


「っはは、そんなに震えてンのに、強がっちゃってまぁ、可愛いね。

 俺らちょーっと暇なんだよね。だからさぁ、遊び相手になってくれたらウレシーんだけど」


 壁に追い詰めた得物をいたぶるように、かれはゆっくりと顔を下げて私に近付けてくる。思わず、禁止されている魔法を使おうと手に魔力を込めた瞬間。


 思いっきりドアが蹴り開けられた。

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