第17話

「あれっ、リルル? あの子もいない」


 確か、デボラとかいう新人ちゃんと親友(悪友?)が揃って姿を消している事に漸く気付いたヘラは、ラクスとやり合うのを止めて周りを見回した。


「うそ……マジでいないじゃん。この状況で置いてく?」


「あははー、マジうけるね。

 ってかさ、あの子はお友達さんがちゃんと送ってったみたいだし、俺らもどっか行かね?」


「っはぁ? なんであたしがあんたなんかとデートすんのよ。お断りよ」


「えー、デートっていうあたり分かってんじゃん。

 この近くにさ、美味いフォカッチャの店があるんだよね。そんでさ、炙り肉や新鮮な野菜を挟んでてまたウマーイんだわ。ふわっふわのパン生地に、炙り肉の旨味たっぷりな脂とソースが絡んでて、んでまた野菜がシャキっ! パリっ!」


 ラクスの言葉に、ごくりと喉が鳴るヘラ。

 どうしてこいつはこうも美味しそうに語るのか。食いしん坊なお腹の虫が騒ぎ出すではないか。

 ついさっき、あれだけ食べまくってきたというのに。コイツに付き合っていたらお腹がすいてきてしまった。


「ふ、ふん。なによ。そんなに言うなら、行ってやってもいいけど」


 渋々と見せかけるヘラに、ラクスは満面の笑みを浮かべる。


「いいこと? 勘違いしないでよね? これは迷惑料として仕方なく付き合うだけよ」


「うんうん、よーっく分かってますよ。ほら、お嬢さん、お手をどーぞ」


 ふざけた様子で差し出された手を、ヘラは羽虫を追い払うようにして払いのけた。






「先輩、おはようございます」


「おはよ、あんたは朝から元気ねぇ」


「はい、朝は強い方なんです」


「そ、あたしは朝苦手なのよー」


 めんどくさいラクスと渋々ながら食べに行った屋台はめっちゃ美味しかった、その翌日。

 いつもの職場で、いつもの業務。書類整理をしながら素っ気なく答えるヘラと、朝からニコニコなデボラ。


「そういえば、あんた、あの後大丈夫だったの? まぁ、リルルがついてたんならおかしな事も無かったでしょうけど」


 ヘラの言葉に、デボラはほんのりと頬を染めて瞳を瞬かせる。


「あ、は、はい。リルレィルさんとは、色々とお話して頂きまして、楽しく時間を過ごさせて頂きました」


「あ、そ。いいけど。一応忠告しておくと、リルルはノーマルよ」


「そっそそんな、私は、ただ、御姉様のようだとお慕いしているだけです。決してそんな」


 慌てふためくデボラに、ヘラはにやにや笑みを返した。

 分からんでもない。リルルは男も女も構わず魅了してしまう。そんな不思議な魅力を持ってる子だ。幼馴染のヘラだって、たまに見惚れそうになる傾国の美女でもある。

 そう、ぼーっと考えながら書類を捲っていると、サイン忘れがあるものを数枚見つけた。


「ったく、申請書に上司のサイン貰う位ちゃんと出来んのかね、貴族のお坊ちゃん様は。しゃーない、サイン貰いに行ってくるわ」


 数枚を片手に立ち上がるヘラを見て、デボラが慌てて手を上げる。


「あのっ! そういう事は、新人の私が行かせて頂きます。書類に書いてある申請希望の部署へ行って、上長のサインを頂いてくれば良いのですよね」


「まぁ、そーなんだけど」


「私にお任せください! お使いくらい、ちゃんと出来ます!」


「……そう? まぁ、そうね。顔を覚える意味でも、他部署へ顔出ししてていいかもね。んじゃ、任せた!」


 軽ーい気持ちで、ヘラはデボラへと書類を渡した。




 その、書類を渡して数時間後。




 ヘラは、苛立たし気にカウンターを中指でカツンカツン弾いていた。


 遅い。遅すぎる。なんぼなんでも遅いだろう。と。


 サインを貰うのは数枚。とはいえ、昼休憩の時間になろうというのに、まだ戻らない。これはどこかでトラブってるのか、まさかまた迷子になっているのか。


 壁に掛けられた時計へ目をやって、ヘラは外出中の看板をドアノブへかけた。


 全く、手のかかる新人なんだから。


 まるで世話の焼ける妹が出来たようだ。やる気は十分、成果は努力しま賞、そんな新人デボラを探しに行った。

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