Dimgray:どうして…

「みんな! 聞いてくれ」


 誰もが奴に注目する。

 その中で、あいつは翔さんを手招きする。もちろん、相変わらずoceanオーシャンのママの腰を強く抱き寄せているのは言うまでもない。


「来週、oceanオーシャンがオープンする。各界のみなさまにも招待状を送ってある。当日は多くの方が来店してくださるだろう。みなの最高のパフォーマンスを見せてくれ!」


 みな、心しておもてなしをするんだぞ、と言うことだろう。わーーーっと歓声と拍手が巻き起こった。


 クソ野郎はそう言うと、どさくさに紛れてoceanオーシャンのママにキスをした。ふぅ~っと奴を讃える声が聞こえ、また拍手が起こる。

 oceanオーシャンの雇われママも満足顔だ。勝手にやってくれ。俺はみんなが盛り上がれば盛り上がるほど、なにも感じなくなってきていた。


「で、ここからが重要な話だ。よぉ~く聞いて欲しい。俺は今日をもって、Rebootリブートの経営を降る」


 薄々知っているニュースとはいえ、室内が静まり返る。それに満足したのか、あいつは更に上機嫌になり、大声で話し始めた。


「これからは、RebootリブートのNo1ホストでもある、俺の右腕! この翔に全てを任せることにする」


 奴は翔さんの肩を抱き寄せ、満足そうだ。その言葉で、室内に拍手が溢れんばかりに響く。翔さんも嬉しそうに見えた。


 続いて翔さんからの挨拶。


 このニュースは俺にとっても嬉しいニュースだ。「翔さん、おめでとうございます!」と自然に気持ちが沸き立ってくるのを感じる。

 あいつもたまには、いい選択をする。と思いながら、俺は翔さんに拍手を贈っていた。


 だけどその間もあいつは、翔さんの話しなど聞きもせず、京香さんの目の前で堂々とoceanオーシャンのママといちゃつき始めた。


 スピーチも終わり、クソ野郎の目が完全に座り始めた頃、京香さんが動いた。


「そろそろお開きにした方が良いわね。Rebootリブートのスタッフは明日も仕事だもの」

「京香さん…」


 そう言うと、京香さんはあいつのところに行き、なにやら話している。その間もoceanオーシャンのママは悪びれることもなく、クソのそばを離れない。

 俺は京香さんがママをひっぱだくんじゃないかと、内心冷やひやしていた。


「京香さん、キレないんすかね?」

「うん?」


 いつの間にか隣に来た勝利かつとしが、いちゃつく二人を見ながら、俺に話しかけて来た。勝利かつとしの目でも、あの二人は場の空気にそぐわないと感じたのだろう。


「京香さんの旦那さんですよね?」

「そうだな」

「奥さんの前であれはないっすよね」


 勝利かつとしは一通り驚きを口にすると、チェーサーを盆にのせリビングに消えていった。

 なんだったんだ?


 そんなことを考えながら、若手のキャストと片付けを行っていると、リビングからお開きの挨拶が聞こえてきた。


 やべっ。俺は慌ててリビングへ顔を出す。あいつはもはや一人で立っていられないほど酔っぱらっている。それを支えるのはoceanオーシャンのママと、もう一人の無駄に胸のデカイ若い女だった。


 挨拶が終わり割れんばかりの拍手が聞こえ、各々店の女の子たちは、クソ野郎に挨拶をし部屋を出ていく。どうやら勝利かつとしもくっついていくらしい。面倒を起こすなよ。

 俺はそれを見送り、早くあの男も出ていけ! と念を送る。


 だが…いっこうに帰る気配がない。すると、上機嫌のクソが、両サイドに女を従え、俺の前にやって来た。すごく酒臭い。


「よぉ、大陸アース。今日はよくやったな」

「いえ…」


「決めたぞ」


 何をだ? 両サイドの女たちも笑みを絶やさない。なんなんだ?


「俺は~、ここに泊まる」

「えっ?」

「なんか文句でもあるのか?」

「…」


 俺は何も言い返せなかった。まさかそう来るとは思ってもいなかったんだ。


「さぁ可愛い子猫たちよ、ついてこい」

「もぉ、JINジンさんったら」


 そう言うと、クソたちはベッドルームへ向かう。ダメだ。止めてくれ!


 俺の心はそう叫んでる。でも笑顔は変わらず張り付いたまま、俺の足も手も…何一つ動かない。


 oceanオーシャンのママがベッドルームの扉に手をかけた。


 止めてくれ! お願いだ!



 クソ野郎が俺の、俺たちの部屋に入っていく。



 その時、奴が振り向いた。


「お前も来るか?」


 そう言うだけ言って、oceanオーシャンのママを従え、奴は部屋に消えていった。俺の大切な場所。

 京香さんと約束したのに。誰も部屋に入れない、二人だけの秘密の場所だったのに。



 パタン。


 ゆっくりとドアがしまり、全てが終わった。

 俺は何もできず、ただ黒い扉を見続けていた。



「もう…終わりね」


 俺のすぐ後ろから、京香さんの声が聞こえた。

 それはとても寂しく、呟くような声だった。


「京香さん?」


 彼女は俺を見ることもなく、それ以上何も言わず、翔さんに「あとは頼むわね」と言い部屋を出ていってしまった。


 待って…、俺をおいていかないでくれ。

 俺…俺はどうすれば……?


 俺の顔には相変わらず笑顔が張り付いていた。

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