Mediumseagreen:奇跡の出逢い

 クリスタルを探せる最後の一日。俺はボロボロになったリストを握りしめ店を探す。


 案の定、さんざんな言われようが続いた。


「帰った帰った」

「譲るわけないだろ? あいつの店に譲るくらいなら捨てた方がましだね」

「あなたに恨みはないけれど、あの男の店の子よね。無理だわ。悪いわね」


 殴られこそしないものの、この数日と同じ結果が続く。頼りのリストも残り少ない。


―― あいつ…本当にクソだな。


 俺は半ば諦め始めながら、ふらっと路地裏にある店に立ち寄った。地下に続く階段を降りると、メニューがロールキャベツだけの不思議な店にたどり着いた。


 迷わず俺はカウンターに座り、昼飯を頼む。


 この店はママが一人で切り盛りしているらしく、カウンター5席とテーブル席2つの小ぢんまりしたどこか懐かしい店だった。カラオケの機械があるから、夜はカラオケバーなのかもしれない。


「あなた、この辺で見かけない子ね。どこのお店の子?」


 どうぞ、といいママはいい香りのするコンソメ仕立てのロールキャベツとライス、味噌汁をサーブしてくれた。


「あ、ごめんなさいね。すごくキレイな顔をしてるから、お店の子なのかな? って」

「いただきます」


 俺は愛想笑いを浮かべ、昼飯にありついた。

 ママはそんな俺を嬉しそうに眺めている。


 ロールキャベツは最高に旨かった。子どもの頃に食べたような懐かしい味がする。


「うまいです」

「そう、良かった」


 そう言うとママは昼間っから酒を呑み始めた。そうだよな、何も不思議なことじゃない。ここは夜にはバーになる。ママの背中の棚には高級な酒も並んでいた。


「何? 私の顔に何かついてる?」

「いや、すみません。酒の種類多いなぁ~って」

「そうね。一応ここはバーだから。オーナーがね酒好きなのよ」


 俺はざっと端から酒を眺めて見る。どれも小さなバーに似合わない高級な酒が並ぶ。


―― あれ!? あれは…クリスタル??


 俺の身体が火を噴いたように熱くなる。


「あ…、ママ? あれはクリスタル?」

「えっ?」


 ママは後ろを振り向き、クリスタルのボトルをカウンターに置く。


 あぁ…封が開封されているのか。


「さすがね。やっぱりどこかのお店の子ね。このボトルを見て分かるなんて」

「あ、いえ…」


 ママはなんだか嬉しそうだ。


「こんな小さい店に高い酒が置いてあるなんて、不思議だな? って思ってるでしょ? あ、いいのよ。本当のことだから。これはね、オーナーが大切にしているボトルなの」


 他のお酒ならサービスしてもいいわよ。と言いながらボトルを元あった場所に置き直すママを、俺はロールキャベツを口に運びながら眺めていた。


 カラ~ン。


 誰かが音と共に入店して来たのがわかった。俺の隣に腰かけたのは、初老の親父という感じの男だった。


「みどりちゃん、いつもの。ライスはいらない」

「はい」


 みどりちゃんと呼ばれたママはアツアツの手拭きを男に差し出す。いつものって言ったって、この店はロールキャベツしかないだろ? 


 俺は気持ちを切替え、次の店を探そうと心に決め、ロールキャベツを頬張る。


「兄ちゃん、良い食べっぷりだな。酒は飲んでいかないのか?」

「鞍さん、いいのよ。ランチなんだから」


 あ、そっか。と鞍と呼ばれた親父は出されたブランデーを口にする。隣からふわぁ~といい香りがした。


「お前さん、この辺りじゃ見ない顔だね。何だか疲れ切ってるようだけど、何かあったのかい?」

「えっ?」


 俺は最後のロールキャベツを危うく落とすところだった。この親父とは一瞬目があっただけだ。俺はそんなに悲壮感ただよっているのだろうか。


「ふらっと、たどり着いただけで…、この辺は初めてなんです。いいところですね」

「あはははは。お前さんは嘘が下手だな。そんなんじゃ夜の店でやっていけないぞ」

「えっ?」

「ちょっと、鞍さん。ごめんなさいね。若い人を見ると絡みたくなるのよ」


 いいえ、と言いながら俺はロールキャベツに視線を戻す。それにしても、このロールキャベツはうまい。


「みどりちゃん、あれをこの坊やに。俺のおごりで」

「あら、鞍さん珍しい」

「えっ?」


 俺がどぎまぎしている間にママがグラスの準備をする。そして、クリスタルの琥珀色をした深い香りの液体が、2つのグラスに注がれた。

 丸い氷がグラスのなかでカランっと音を立てた。


「良かったわね」

「あ、俺…」

「いいから、いいから。俺のおごりだ」


 こう言う時は素直にご馳走になるのが鉄則。俺は礼を言って鞍さんと乾杯する。

 あいつがこだわっている酒。何だかグラスを持つ手が震えるような気さえする。


 一口目でわかった。


 旨い! 鼻に抜ける深い香りと喉にガツンと来る重み。口のなかに広がる旨さが半端ない。ヤバいモノでもやってるんじゃないか? というくらい身体に効く。


「旨いですね」

「だろ? この旨さを共有できるって、いいねぇ~。これは特別なのさ」


 鞍さんが肩肘を付きながらグラスをも掲げると、カランカランといい音が響いた。

 笑うと深い皴が出来る目元は優しく、若い頃は本当に格好良かったのだろうと想像がつく。


 鞍さんを好きになり始めている自分に少し驚いた。これもクリスタルのせいかもしれない。


「これがクリスタルだって知ってたのよね?」


 ママが食器を片付けながら話し始める。目の前にはナッツが置かれ、このまま長居してしまいそうだ。


「ほぉ~?」

「あ、いや…実は、このクリスタルを探してまして」

「あら、じゃぁ~今日ここに来て良かったわね」


 ママも鞍さんも嬉しそうに話してくれるから、俺は正直にクリスタルを探している理由を話した。


「あら、JINジンさんのところの…」

「す、すみません」


 こんなに良くしてくれたのに…、また追い出されるのだろう。こんなところまで、あいつの名前は知れ渡っているのかと思うと、恐怖すら覚える。


 俺は現金を用意して帰り支度を始めた。


「坊や、この後少し時間があるかい?」

「えっ? あ、はい」


 もう探すあても残り少ないし、時間はあるっちゃある。


「俺の店がこの先にもあってな。シガーバーなんだが、寄っていかないか?」

「俺…葉巻は…」


 鞍さんの口元が緩む。


「悪いようにはしないさ。クリスタル、わけてやる。ついてこい」

「っ!」


―― 今なんて? 何て言ったんだ?

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