Olivedrab:決意
「派手にやられたみたいだな」
俺の顔を見るなり翔さんが心配そうな顔でそう言った。
「すみません」
「俺に謝ることはないよ」
翔さんは俺の肩にそっと手を置く。その手はとても暖かく優しかった。
「
翔さんと俺は店の奥の席に進む。若手は控え室で最後の身だしなみチェックをしているから、フロアーは静かなものだ。
「で、どうだったんだ?」
俺たちは並んで座りエビアンを飲む。翔さんが心配そうに俺を見て聞いてきた。
「無傷のクリスタルに、出会えたんですけど…」
俺は今日あったことを手短に報告した。もちろん殴られたりしたことは、はしょって。
「そか。大変だったな…」
「あの…翔さん。聞いても良いっすか?」
「あぁ、
翔さんは少し寂しそうな顔で前をじっと見つめていた。まるでそこに、あのくそ野郎が座っているかのようにじっと…。
少しして翔さんがけだるそうに話し始めてくれた。
「昔、俺がまだ学生のころ、
「翔さんも?」
「うん、まぁそうだな」
翔さんはまた一口、エビアンに口をつける。
「すごく頭の切れる人で、昔から好き嫌いがすごくはっきりしてた。」
だろうな。俺は納得していた。
「店を任されるようになると、
「
翔さんの眉間に深い皺が刻まれた。
「幸子さんのところにも行ったのか」
「はい」
「彼女は一番の被害者かも知れないな」
「何があったんですか?」
あんなあからさまな嫌がらせをするくらいだ。相当だったに違いない。
「幸子さんは、
あの幸子ママが!? 女の魅力の欠片も感じなかったが…。
「パトロンって…幸子ママがあいつに金銭的に貢いでたってことっすか?」
「だな」
俺もエビアンを一口飲む。
「でも…京香さんが現れて、事態は変わったんだ」
「京香さんが…」
「そう、
身から出た錆だな。同情の余地なしだ。
「そのやり方がな。今思えば、人の道に外れてる。それでも、あの頃はみんな、
「ど、どういうことっすか?」
翔さんは暗い顔をしながらこう続けた。
「別の男をあてがって、別れるように仕向けるんだよ。それも時には酷いやり方で。今なら完全アウトだな」
「それって…」
「ま、お前が今想像したことは遠からずあってるよ。多くの女は、身を引いたりしてたけど、幸子さんは違ってた。あれは…犯罪レベルだったよ。誰も
「それで…?」
「ま、お前もわかるだろうけど、彼女もまた
「そんなことが…」
「だけどね、それだけじゃ終わらなかったんだよ。
俺は思った。整理した女の中に、
もしかしたら翔さんも一枚噛んだんじゃないんだろうか? そしてその相手は、
翔さんは良い人だから、きっと彼女に同情し、手を差しのべたに違いない。
俺は言葉に出したら怒られそうなことを、考えていた。
「おはようございます!」
「和馬! 大丈夫だったか?」
和馬が俺たちの会話に入ってきた。和馬の顔も、落胆の色が隠せない。
「その顔は…ダメだったか。
「すみません」
和馬が恐縮しているから、俺は微笑む。
「俺のために…、悪かったな」
「い、いえ」
暗い空気を打破したのは、やっぱり翔さんだった。
「まだ1日ある! 明日は俺も銀座に行くよ」
「えっ?」
「和馬は、明後日の準備があるだろ? そっちに専念してくれ」
和馬は何か言いたそうだったけれど、素直に頷いた。
翔さんもやらなくちゃならないことが、沢山あることを俺は知っていた。このまま甘え続けて良いんだろうか。
「さぁ、お客様がくる時間だ。みんなを集めるぞ」
翔さんが立ち上がった。俺は迷った挙げ句、俺の決意を伝えることにした。これは俺とくそ野郎の問題で、翔さんや和馬をこれ以上巻き込んじゃいけないって本気で思ったんだ。
「翔さん!」
「うん?」
「明日も俺、一人で行ってきます。行かせてください」
「
「これは…俺がやらなくちゃダメなんです。和馬もいろいろ…ありがとう」
「
俺は真剣な顔で翔さんに訴えた。クリスタルだけじゃない。京香さんのこともこのままじゃダメなんだ。
翔さんはしばらく俺を見ていた。でも俺の決意が伝わったのだろう。いつも以上にキリッとした顔でこう続けた。
「…わかった。クリスタルはお前に任せる。俺たちは他の準備を進めよう」
「翔さん…」
翔さんが俺の肩をポンと叩く。
「良い顔だ。男らしい顔になったな」
「何すかそれ」
よしやるぞ! と言って翔さんが皆に号令をかける。
今夜も眠れない街に光が灯った。
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