Darkseagreen:過去
鞍さんのシガーバーは先程の店と違って、灯りは基本間接照明を使ったシックで落ち着いた大人の雰囲気のバーだった。
壁にぎっしり見たこともない葉巻が飾られていて、その両サイドに高級なブランデーが置かれている。
「どうだ? 良い店だろ?」
「はい。良いですね。こういう空間、落ち着きます」
お世辞抜きに、いい店だと思った。大人の秘密の隠れ家みたいな、自分だけの空間。
鞍さんは嬉しそうに俺をカウンターに招き、グラスを2つ用意する。
「葉巻をやるとな、旨い酒が飲みたくなる。旨い酒を飲むと、コレをやりたくなる」
俺は手際よく準備されていく鞍さんの手元を見ていた。これも奢りだ、と言い目の前に琥珀色の酒が用意される。クリスタルとは違う酒だが、深みのある甘い香りがした。
先程鞍さんが言っていた言葉につられ、ここまできてみたものの、自分から話を切り出すことに少し抵抗を感じた俺は、黙って鞍さんの行動を見つめていた。
「
酒を飲みながら、鞍さんが確認するように話し始めた。まさか、店を辞めることがクリスタルを渡す条件とか言わないだろうな? 俺の頭にそんな言葉がよぎる。
「あいつは元気にしてるか?」
「えっ?」
「不思議か? こんなことを聞かれるなんて」
「えぇ。まぁ…」
鞍さんは何だか嬉しそうだ。あいつの名前を嬉しそうに話す人と出会えるなんて思ってもいなかったから、俺は驚きを隠せなかった。
「鞍さんは、その…?」
「あははは。まぁ~この業界の誰に聞いても、あいつを良く思う奴はいないだろ?」
回答に困る俺を見て、鞍さんはケラケラ笑っている。
「ま、自業自得だな。でもな、クリスタルは俺とあいつにとって、ゴールでありスタートでもあるんだ」
わかるか? と言い俺を見つめる鞍さんの目が、遠く昔を懐かしむ寂しい男の顔に見えた。
話を聞くと、鞍さんは夜の街であいつを拾い店を始めたらしい。その時に「いつかクリスタルを扱う高級バーを営むんだ」と誓ったと言うのだ。
不思議だった。あいつにもそんな時期があったのかと。
「俺たちは、がむしゃらに何でもやってきたんだよ。当時は接客と言えば女性が主流だったからな、ホストクラブの客は姉さんばっかりで、大変だったよ」
鞍さんはとうとう葉巻に手が伸びる。吸っていいか? と聞きながら、すでにパンチカッターで葉巻に穴を開けていた。
「いろいろ、のしあがるためにやってきたんだ。それが成功への近道だと信じてな」
鞍さんは葉巻に火をつけ、煙を口の中で転がしたあとゆっくりと吐き出した。
「ふぅ~。京香ちゃんも元気かい?」
「え? えぇ、多分…」
京香さん…。俺はなんて答えていいか分からなかった。あいつに泣かされてる。そう答えたら、彼女に幸せが訪れるのだろうか? そんなことが頭をよぎっていた。
どうだい? と葉巻を勧められた。けど…丁重にお断りをいれると、鞍さんは少し寂しそうに「そうか?」と言い部屋を出ていった。
俺…何してるんだろう? あいつの昔話を聞きに来たんじゃないんだけど…と思いグラスを空にする。鞍さんが戻ってきたら帰ろう。俺は心に決めた。
「鞍さん? ご馳走さまです! 俺帰ります」
席を立とうとした時、鞍さんが奥の部屋から箱を抱えて戻ってきた。その手にはまさしくクリスタルが抱えられていた。
「まぁ、そんなに急ぐな。開店までには時間があるだろ?」
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