Maroon:赤い傘

大陸りく! 見てみて~」


―― うん? 君は誰?


 雨でもないのに、赤い傘をさした幼い少女が俺を見て笑ってる。目がキラキラしていて、少女は誰からも愛される可愛らしいあどけない顔をしていた。


 誰だったけ? 俺は考える。

 


 そうだ、あれは妹の七海ななみだ。


「お兄ちゃん! これパパに買ってもらったの。いいでしょぉ~」


 七海ななみが傘をクルクル回しながら、バックする形で俺から離れていく。ゆっくりと、スローモーションのように。


 俺の右手側から車が来ている。このままでは…。


―― ダメだ! そっちに行っちゃダメだ!




 パーーーーーンっ。



 物凄い衝撃音が聞こえた。そして赤い傘が宙を舞う。

 

 幼い俺は何もできない。ただ、じっとその傘を見ていた。七海ななみが見て欲しいと言っていた傘を。

 赤い傘はまるで花びらが宙を舞う様にとても綺麗だった。




―― あれは親父? 泣いてるのか?


大陸りく、お前っ。なぜ妹を守ってやれなかったんだ!」


 すごい剣幕で親父が俺の両肩を掴み、怒っていた。肩に親父の爪が食い込み跡ができるくらい強く掴まれた。俺、何かしたんだろうか?


 俺は何が何だかわからず、妹の七海ななみが病院にいることだけ理解して、親父たちが何故泣いているかも分からず、理解しようともしなかった。

 だから幼い俺は微笑んだんだ。みんなに泣かないで欲しかったから。


 一瞬空気が凍りつき、親父の顔が土色に固まった。その後すぐに風を切る音が聞こえたんだ。


 バチーーーンっ。


 大きな平手打ちが飛んできて、俺は壁にぶっ飛ばされた。


「妹が死んだっていうのに、お前はよく笑っていられるな!」


 俺の頬はジンジンしていた。痛かった。すごく痛かった。でも涙はでない。何故殴られたのか、何故親父は泣いているのか分からなかったから。死ぬという意味も分からなかったんだと思う。


 それから親父は俺の目を見て話すことを止めた。いつも上から、他人みたいに命令だけしてた。


 そして、声を震わせこう言った。


「お前が…お前が死ねばよかったんだ」

「あなた!」


―― あれは母さんだ。母さんも泣いてる。


「あぁ…大陸りく…」

「お母さん、泣かないで」



◇ ◇ ◇


「夢か…」


 俺はどうやらソファーで眠り込んでしまったらしい。慌ててスマホの時刻を確認する。まだ9時を少し過ぎた頃だった。何となく左の頬が痛む。


 スマホには和馬からメッセージが届いていた。


『朝一で業者に確認。納品は来月になるとのこと。間に合いませんね…』

『倉庫まで受け取りに行くにも、船が停まってるとかでモノがないそうです。すみません』

『この後、歌舞伎町界隈の店に未開封なモノがあるか確認します』


「和馬…」


 クリスタルを見つけたからといって、和馬には何のメリットもないはず。それなのに今もなお、一生懸命クリスタルを探してくれている。

 

 俺は何か温かいものが胸の中から溢れてきて、叫びたい気持ちになっていた。


 和馬が朝から奮闘してくれているのだから、俺がここでじっとしているわけにはいかない。もはやこれは俺とあのクソ野郎の問題なのだから。


 俺は決めた。


 ライバル店だろうが何だろうが、高級な酒を置いていそうな場所を片っ端から巡る。そしてもしそこにクリスタルがあれば、何としても手に入れる。


 そしてキックオフのイベントまでに用意してみせる。俺は俺自身に誓った。



 出かける支度を整え、俺は先ほどの京香さんの涙に濡れた瞳を思い出していた。あの時、彼女を抱きしめ「どこにも行くな」と何故言えなかったのか。


 俺はそんな簡単なこともできない馬鹿野郎だ。「側にいたい」とさえ言えなかったのだから。



 俺はスイッチをONにして、戦闘体制に入る。

 デパートとか路面店の酒屋とか、高級な酒が置いてあるところは確認済み。

 歌舞伎町界隈は和馬に任せよう。



―― 俺は…、俺は銀座を探す!



 Rebootリブートの営業開始まであと6時間。俺は銀座に向かった。


 JINジンっていう奴が、相当デカい力を持ってるってことを思い知るのは時間の問題だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る