Darkolivegreen:微笑み

「軽率だったかな…」


 俺は部屋に戻り熱めのシャワーを浴びる。クリスタルを用意できなかったら、俺は確実に干されるだろう。


 みんなの必死度を見れば、どんな仕打ちを受けるのか…何かしら、心の準備をした方がいいのかもしれない。


「くそっ」


 体はスッキリしたはずなのに、頭はあのクソ野郎のことばかり考えていた。どうにも寝る気分にはなれない。


 俺は冷蔵庫からエビアンを取り出す。


 その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。ここの鍵を持っているのは、俺と…。




 玄関の方を覗いてみると、そこに京香さんが立っていた。


「京香さん…、どうして」


 いつもこの部屋に京香さんがくる時は事務的な連絡が必ずある。でも今夜はいつもと違っていた。


「お帰り…」


 俺は彼女をギュッと抱きしめていた。風呂上がりだし、俺の肌はダイレクトに京香さんの温もりを感じている。


「やめて…。ふざけてる場合じゃないでしょ?」


 ふざけてるつもりはなかった。ただ京香さんに触れたかっただけ。拒まれるのも初めてだったから、俺はそっとおどけた顔を作る。


「あがってよ。なにか飲むでしょ?」

「いらないわ」


 京香さんはキッチンにある、酒を保管している棚を一段一段確認している。


「やっぱり…ないわ」

「クリスタル?」

「えぇ…」


 俺の為にいろいろ探してくれている京香さんを、俺は後ろから抱きしめた。一肌が恋しい。


「やめて…」

「何で?」


 俺はこの時初めて京香さんを正面から見た。口元が赤く腫れているし、目も何となく腫れぼったい。泣いてた?


「どうしたの? あいつとなんかあった?」

「いいえ」


「いいえって…」


 俺は慌てて冷凍庫から、氷を取り出し肩からかけていたタオルで包む。俺の体を拭いたタオルだけど、すぐにでも何かしなくちゃって思ったんだ。


「大丈夫だから」

「京香さん…」


「帰るわ」


 京香さんは踵を返し玄関に向かってしまう。俺はどうすれば? あいつのもとに京香さんは帰るのだろうか?


「帰るなよ」


 すごく悲しい顔を京香さんがするから、俺は掴んだ腕を離すことしかできなかった。


「車、待たせてるの」


 そして俺の方に体を向けて、京香さんはこう続けた。


「もう無理しなくていいの。もう無理して私にキスする必要もないし、引き留める必要もない…」

「えっ? どういう意味? わからないよ」


 京香さんの目は潤んでいて、何かを訴えかけている様に見える。


 俺は今すぐ彼女を抱きたいって思った。だから優しく微笑んでみたんだ。彼女が好きだと言ってくれた俺の微笑みを。俺は完璧に作り上げる。


 喜んでくれると思ったんだ。でも…違った。


「…ずるい」

「俺は無理なんてしてない。ただ京香さんに触れていたい。それだけだよ」

大陸アース…」


 俺は目を伏せた京香さんの頬に手を伸ばす。でも俺の手は彼女に届かなかった。


「帰るわ」

「京香さん…」


大陸アースが私とこれからも居たいと思うなら、クリスタルを用意して」

「そんなにクリスタルって酒が重要なの?」

「そうね。クリスタルが無ければ、JINジンは必ずあなたを潰しにかかるわ。そうなれば…」

「そうなれば?」


 彼女は黙り込んでしまった。


 次に振り返った時、彼女の目は涙に濡れていた。そして一呼吸して息を吸い込むと、今まで見た中で一番の、最高に美しい微笑みを俺に向けてこう続けた。


「あなたは…私から自由になれる」

「えっ?」

「そうすれば…誰とでも自由に付き合うことができるわ」


 そう言うと、彼女は俺を置いて出て行ってしまった。



 ドアが静かに閉まる。

 俺は置いて行かれた犬の様に、ただ閉まったドアを見ていた。

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