Darkslategray:無理難題
「あ、
店内に戻るとあいつが、店にいる全ての人にシャンパンを振舞うと言い出しているところだった。
翔さんが提示した今週末のスタッフキックオフイベントのプランに、気分を良くしたらしい。
京香さんを待つあの部屋でパーティだ。
「何の騒ぎだ?」
「
アルマンド・ゴールドは店でだすシャンパンの中でも高級品に値する。1本40万はする代物だ。
「
VIPルームの豪華なソファーのど真ん中で、横柄に足を組みながらあいつが俺を呼んでいる。一斉にまわりのキャストはソワソワしだした。
「
穏やかな口調だが、人を小馬鹿にしたような棘のある話し方。
「
和馬が俺を気にかけて、背中を押す。
俺がVIPルームに向かうと翔さんが駆け足で俺の側にやってきた。俺は今どんな顔をしている? あの男の隣には京香さんが座っている。俺は大丈夫なのか?
「翔さん…」
「大丈夫だ。笑っておけ。決して本心を顔にだすなよ」
「おぉ~
俺は翔さんに頷いてから、ゆっくりとあいつのいるテーブルに向かう。
「
俺は翔さんのアドバイスに従い、笑顔を張り付けた。俺のその顔をみて気分を良くしたのか、奴は俺を手招きする。
そしてたくましい腕で俺の首元を掴み引き寄せた。そして耳元でこう囁く。
「待ってたよ。
俺は笑うしかなかった。笑顔は張り付き、ひきつることもない。逆に気持ち悪いだろう? ここにいるみんなに、俺の異常さは目に入ったことだろう。もうおしまいだ。俺の居場所はなくなる。
そう思えば思うほど、俺は完璧な笑顔を作ることができた。
そう思った時、俺は京香さんと目があった。京香さんが俺を見ている。
「
「そうだな」
京香さんの言葉で
「
そういうと机の上に札束を放り投げた。1、2、3…。500万はある。なんてやつだ。
「みんな! 今日はコールはナシで飲もう! 今俺はすこぶる気分がいい。みな飲んでくれ! カンパーイ!」
そうゆうと、
「
俺は渋々奴の隣に座った。空いたグラスにシャンパンを注ぐ。
「お前も今週末の準備を手伝ってくれるんだろ? 何事も経験だからな」
そうしていると、生ハムやチーズ、オリーブなどが運ばれてきた。
「もっと喜んだ顔をしろ、
「あ、すみません」
「それとも俺に何か言いたいことでもあるのか?」
「そうか」
「これ、用意しておいてくれるか?」
「なんすか? ”クリスタル”」
紙切れの文字を読み上げる俺の声で、翔さんと京香さん、和馬の顔色が変わった。”クリスタル”ってなんだよ。
俺の一瞬の隙を奴は見逃さなかった。メモを見ている俺の顎をグイっと掴み引き寄せたかと思うと、ニヤっと笑ってこう言った。
「用意するのか、しないのか。どっちだ?」
顎が痛い。このままキスされるんじゃないかって言うくらい距離が近く、俺の思考回路は停止した。
「も、もちろん、用意します」
えっ? 京香さんの目が俺を見つめて何かを訴えている。俺変なことを言ったのだろうか。
俺のその言葉を聞いて、
「京香、帰るぞ」
「えっ?」
「週末が楽しみだ。必ず用意しておけよ」
そう言うと、
「
勝利の声だった。おちゃらけた悪気のない声。その声に反応して、京香さんが俺の方を振り向いた。でも…何も言わず、目をそっと伏せて
俺はその背中を黙って見ていることしかできなかった。
「お前、
「翔さん…?」
「”クリスタル”は、そうそう手に入らないぞ。どうするつもりだ?」
翔さんが少しあきれ顔で俺に話しかけてきた。
「そうなんですか?」
「リシャールっていうブランデーで、お前も知ってるだろ? バカラ製のクリスタルボトルに入ってる高級品だ」
知らなかった…。旨い酒さえ飲めればそれでよかったから。それでも俺の表情は変わらなかった。変えられなかったといった方が正解だ。
「そんなに落ち着いている場合じゃないだろ?」
「あ…」
「俺も知り合いの業者をあたる。和馬も手伝ってくれるだろ?」
「もちろんです」
店が終わった後、クリスタルをすぐに用意してくれる業者をあたった。納期までは10日は欲しいという業者がほとんどだ。あとは、翌朝9:00にならないと連絡が取れない。
「無理ですね…」
「諦めるな」
「もし、用意できなかったら俺どうなるんですかね?」
「さぁな」
「俺…、この辺の店に在庫を確保している店があるか、聞いてみます」
和馬の声が聞こえてきた。
「…ありがとう」
俺は翔さんと和馬に、そう言っていた。自分の為に誰かが何かをしてくれた時、「ありがとう」とい言葉を言う。そう学んでいた。
でもこの時の俺は、頭で考えるよりも前にその言葉が口から出た。
なぜそこまで俺のためにしてくれるのか、正直よく分からなかった。
でもこの時、暖かい血が体中を猛スピードで巡り、ふんわりした感覚が俺の全身をを支配していたんだ。
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