Cadetblue:寂しい
翌日も、またその翌日も、京香さんに会うことはなかった。
店は普通に営業している。何事もなかったように。変化があるとすれば、俺たちも
あの俺たちの部屋でスタッフのキックオフをやるらしいから、俺も準備に巻き込まれている。俺があそこに住んでいることを、あの男
当日は、
「今日も京香さんいらっしゃいませんでしたね。準備とか忙しいのかな?」
翔さんと和馬と新人の
他のメンツは、飲みすぎたと言い誘いを断ったり、お客と出掛けたりバラバラの行動をとっていた。
「俺、京香さんみたいな大人の女性ってタイプなんですよね」
翔さんと和馬が俺を気遣って顔を見合わせている。俺は何でもない顔をしてラーメンをすすった。
「何か、大人の色気が良いんですよね~。そう思いませんか?
「そうだな」
俺は曖昧に返事を返す。
「なんか、こぉ~腰の辺りとか、ぷっくりした柔らかそうな唇とか」
「おい、そのくらいにしておけ」
「えっ?」
翔さんが、俺に気遣ってなのか、
俺は残りの麺をすする。
「京香さんはオーナーの奥さんだぞ。
えぇ~~っ? なんて
でも分かる。俺たち20そこそこの男にとって、京香さんは憧れの大人の女性に見える。実際すごく大人で、すごく素敵で、時々いたずらをした子どもの様なところもある、すごく魅力的な
そんな事を考えていたら、また
「そう言えば、月間「MIYABI」見ました~? いやぁ~カッコよかった~。翔さんも、
あれ? もう届いているのか? 今月号を見た記憶が俺にはなかった。
「今持ってるか? 俺まだ見てないや」
「あ~すみません。店に置いてきちゃいました」
「俺のも
「いや、何となく見ておかないと。客に言われた時、自信を持って話せないから」
さすがっす! って
こいつも俺の本質を知ったら、きっと離れていくんだろう。
俺は3人と別れ、店に戻ることにした。月間「MIYABI」が気になったんだ。コンビニなんかで売ってないからね。
店は静まり返っていた。当たり前だけど。控室の
俺はエビアンを片手に、雑誌を持ってソファーに座り込んだ。俺が初めて
必要最低限の間接照明をつける。
「翔さん、かっけーな」
俺の写真なんて、本当はどうでもよかった。どうせいつもの作り笑いが張り付いてるだけだ。そこにかかれているキャッチフレーズや、リード文、ライターがまとめたインタビュー記事が気になっていたんだ。
「こんなもんか」
あまり気になることは書いてなかった。ありきたりな記事。なぜこの業界に? どんな女性がタイプ? 今までで一番心に残ったエピソードは? これが一番回答をひねるのに厳しい質問だった。
「ま、優等生的な回答じゃないか」
俺は声に出していた。
そして何気なく特集記事のページをめくった。
「なっ…」
そこには京香さんとあの男、
そこにはこう書かれていた。
『夜の街歌舞伎町の新キング! 新たな店をオープン!』
『妻と二人三脚で、銀座に並ぶ女性の園を誕生させる』
この記事には、
そんなことはどうでもよかった。京香さんがあまりにも幸せそうな顔で、あの男の隣で微笑んでた。あまりにも奇麗だったんだ。
「京香さん…」
久しぶりに見た京香さんは、雑誌の中で俺に微笑んでた。
俺たちは業務連絡以外、連絡を取り合わない。俺が京香さんに飼われていることは、一部の信頼できる人物、翔さんと和馬、車の運転手ハリさん以外知る人はいない。
ふっ。
京香さんには旦那がいて、今をトキメク森下グループのお孫さんで、ほんの気晴らしで俺を拾い、ほんの気晴らしと…多分同情心から、俺に契約を結ばせた。
『ひと時の偽りの愛を提供してくれるのに…』
彼女は寂し気にそう言ったことがある。俺は偽りの愛すらも彼女に提供できていない。
「愛してる」とか今まで一度も言葉にしたことなんてない。客に対しても、今まで夜をともにした女たちにも、もちろん京香さんにも。
言われたことなら、たくさんある。その薄っぺらい言葉にどんな意味があるのか、いつも考えてた。
「愛してる?」って聞かれる度に、俺は狭い部屋に閉じこもる。これこそが偽りの愛なのか? そんなもの、要らないだろ?
部屋に戻って、熱いシャワーを浴びて今夜の仕事に備えなければならないのに…。俺の体は動こうとしない。
その夜、俺は
これが「寂しい」という感情なのだろうか…。
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