Cadetblue:寂しい

 翌日も、またその翌日も、京香さんに会うことはなかった。


 店は普通に営業している。何事もなかったように。変化があるとすれば、俺たちもoceanオーシャンのプレオープンのため、準備をしていることくらいか。


 あの俺たちの部屋でスタッフのキックオフをやるらしいから、俺も準備に巻き込まれている。俺があそこに住んでいることを、あの男JINジンさんは知っているのだろう。だから、あの場所をイベント会場にしたのかもしれない。なんて思う。


 当日は、oceanオーシャンの雇われママにも会えるだろう。まさか京香さんがやるってことは…ないよな。ないない。



「今日も京香さんいらっしゃいませんでしたね。準備とか忙しいのかな?」


 翔さんと和馬と新人の勝利かつとしと、店あがりにラーメンを食っていた時に、勝利かつとしが切り出した。

 他のメンツは、飲みすぎたと言い誘いを断ったり、お客と出掛けたりバラバラの行動をとっていた。


 勝利かつとしは、なぜか俺になついてる。そして、俺と京香さんの関係を知らない。


「俺、京香さんみたいな大人の女性ってタイプなんですよね」


 翔さんと和馬が俺を気遣って顔を見合わせている。俺は何でもない顔をしてラーメンをすすった。


「何か、大人の色気が良いんですよね~。そう思いませんか? 大陸あーすさーん!」

「そうだな」


 俺は曖昧に返事を返す。


「なんか、こぉ~腰の辺りとか、ぷっくりした柔らかそうな唇とか」

「おい、そのくらいにしておけ」

「えっ?」


 翔さんが、俺に気遣ってなのか、勝利かつとしの会話を遮ってくれた。別に俺は京香さんと契約をしているだけであって、俺たちの間にそれ以上の何かがあるとは思えない。

 

 俺は残りの麺をすする。


「京香さんはオーナーの奥さんだぞ。JINジンさんに睨まれたら、お前Rebootリブートに居られなくなるぞ。俺も大陸あーすも、かばいきれん」


 えぇ~~っ? なんて勝利かつとしが大げさに驚いている。


 でも分かる。俺たち20そこそこの男にとって、京香さんは憧れの大人の女性に見える。実際すごく大人で、すごく素敵で、時々いたずらをした子どもの様なところもある、すごく魅力的な女性ひとだ。30後半には見えない。


 そんな事を考えていたら、また勝利かつとしが俺の思考に割って入って来た。


「そう言えば、月間「MIYABI」見ました~? いやぁ~カッコよかった~。翔さんも、大陸あーすさんも、イケてましたよ! 俺もいつか載りたいな~」


 あれ? もう届いているのか? 今月号を見た記憶が俺にはなかった。


「今持ってるか? 俺まだ見てないや」

「あ~すみません。店に置いてきちゃいました」


「俺のも大陸あーすのも、いつもの宣材写真だから確認する必要なんてないだろ?」

「いや、何となく見ておかないと。客に言われた時、自信を持って話せないから」


 さすがっす! って勝利かつとしが無駄に俺をヨイショする。


 こいつも俺の本質を知ったら、きっと離れていくんだろう。勝利かつとしの天真爛漫さが羨ましい。これが奴の売りで、年上の客に可愛がってもらっている。甘え上手なんだ。俺と同い年だっていうのに、子どもみたいな奴だ。



 俺は3人と別れ、店に戻ることにした。月間「MIYABI」が気になったんだ。コンビニなんかで売ってないからね。


 店は静まり返っていた。当たり前だけど。控室の勝利かつとしが言っていた場所に雑誌は無造作に置かれていた。


 俺はエビアンを片手に、雑誌を持ってソファーに座り込んだ。俺が初めてRebootリブートに連れてこられた時に座った場所だ。


 必要最低限の間接照明をつける。


「翔さん、かっけーな」


 俺の写真なんて、本当はどうでもよかった。どうせいつもの作り笑いが張り付いてるだけだ。そこにかかれているキャッチフレーズや、リード文、ライターがまとめたインタビュー記事が気になっていたんだ。


「こんなもんか」


 あまり気になることは書いてなかった。ありきたりな記事。なぜこの業界に? どんな女性がタイプ? 今までで一番心に残ったエピソードは? これが一番回答をひねるのに厳しい質問だった。


「ま、優等生的な回答じゃないか」


 俺は声に出していた。


 そして何気なく特集記事のページをめくった。


「なっ…」


 そこには京香さんとあの男、JINジンが並んで映っている写真が載っていた。

 そこにはこう書かれていた。


『夜の街歌舞伎町の新キング! 新たな店をオープン!』


『妻と二人三脚で、銀座に並ぶ女性の園を誕生させる』


 この記事には、JINジンという男のこれまでの半生が書かれていた。


 そんなことはどうでもよかった。京香さんがあまりにも幸せそうな顔で、あの男の隣で微笑んでた。あまりにも奇麗だったんだ。


「京香さん…」


 久しぶりに見た京香さんは、雑誌の中で俺に微笑んでた。


 俺たちは業務連絡以外、連絡を取り合わない。俺が京香さんに飼われていることは、一部の信頼できる人物、翔さんと和馬、車の運転手ハリさん以外知る人はいない。

 ふっ。JINジンって言う男は気づいているかもしれないけどな。


 京香さんには旦那がいて、今をトキメク森下グループのお孫さんで、ほんの気晴らしで俺を拾い、ほんの気晴らしと…多分同情心から、俺に契約を結ばせた。



『ひと時の偽りの愛を提供してくれるのに…』


 彼女は寂し気にそう言ったことがある。俺は偽りの愛すらも彼女に提供できていない。


 「愛してる」とか今まで一度も言葉にしたことなんてない。客に対しても、今まで夜をともにした女たちにも、もちろん京香さんにも。


 言われたことなら、たくさんある。その薄っぺらい言葉にどんな意味があるのか、いつも考えてた。

 「愛してる?」って聞かれる度に、俺は狭い部屋に閉じこもる。これこそが偽りの愛なのか? そんなもの、要らないだろ?


 部屋に戻って、熱いシャワーを浴びて今夜の仕事に備えなければならないのに…。俺の体は動こうとしない。


 その夜、俺はRebootリブートで眠れぬ夜を過ごした。


 これが「寂しい」という感情なのだろうか…。

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