Midnightblue:ひとり
この日俺は店に遅刻をし、指名を受けた客に謝ることから始めることになった。そして時間が空けば、翔さんのサポートに回る。常に笑顔を張り付けて、笑い続ける。それが俺の仕事だから。
あっという間に時間が過ぎていった。
この日、京香さんが店に顔を出すことはなかった。俺は弁明する機会を失っていた。
「
店の客も帰り、
「単刀直入に聞く」
ガス入りウォーターを俺に差し出し、翔さんの質問が始まった。
「お前、客と付き合ってるのか?」
「翔さん…」
俺は何でそんな話の展開になっているのか理解できなかった。だから今日俺の身に起こったこと、
その間、翔さんは何度かガス入りウォーターを口に運びながら、何も言わず俺の話を聞いてくれた。
「なるほど。災難だったな」
「すみません…」
翔さんは、ふっと軽くため息をついた。俺が翔さんを困らせているようだ。だから俺は俯く。どんな顔をしていいかわからないんだ。ただ分かることは、笑ってはダメだってこと。
「俺、どうすれば?」
「ま、
「
俺は思わず顔をあげ、翔さんに聞いてしまった。
「そんな顔するな。
京香さんの…。俺は
「どんな人なんですか? 目をつけられるとヤバイ?」
「どんな人か~。難しい質問だな。」
お先です! と最後に残って後片付けをしていた和馬が帰っていく。良い奴なんだ、和馬って奴は。翔さんも、片手をあげて和馬が出ていくのを見送った。
「一言で言えば、すごい人だよ。俺の師匠でもある」
「えっ?」
「俺にも、駆け出しのころはあるさ。いろいろ
翔さんが珍しく照れた様な顔をしていた。だから俺も微笑んでみる。
「お前のその顔、きたねぇ~よな。そんな顔されたら、誰もがお前を守りたくなる。捨て猫に見つめられてるような、そんな気分にさせられるんだよ。お前は意識なんてしてないんだろうけどな」
「なんすかそれ」
「いい顔だってことだ」
不気味がられた俺が、ここでは受け入れられている。それが嬉しかったんだと思う。俺は笑顔を張り付けたまま、ガス入りウォーターを飲み干した。
「
「あぁ。経営手腕は森下グループの中でもずば抜けてるだろうな。気に入られりゃ~安泰。逆に嫌われたら地獄。この業界では生きていけないだろうな。潰されたキャストは男女問わず何人も見てきたよ」
「すごい人で京香さんの旦那ってことですよね?」
俺は一番確認しておきたかったことを、翔さんに聞いていた。
「そうだな。ま、この辺りはこれ以上知らない方がいい。話したくなったら、京香さんからお前に話すだろう」
二人の間には何かしらあったのだろう。今もあるのかもしれない。俺は、そうですね、と言いガス入りウォーターのペットボトルを潰す。
「俺の口からじゃなくて京香さんから、直接聞いた方がいい」
俺は探りを入れた自分を後悔した。知らない方がいいことは、この世の中たくさんある。知らない方が幸せなことも。
「おい、
いつの間にか、翔さんが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。俺は慌てて笑顔を作る。
「すみません。大丈夫です」
「そうか」
翔さんは俺の肩にポンっと手を乗せ、優しく囁いた。
「今日はもう帰ろう。災難だったってことで。忘れようぜ」
「翔さん…」
「もちろん、お前の代わりに客の相手をさせてもらった分は給料から引いておくからな」
「えぇぇぇ!?」
俺は必要以上に残念がって見せる。こうゆう時はこのくらいのオーバーアクションが必要だ。俺もだいぶ学んだ。
「また明日な。
「あ、はい」
「じゃ、その期待に応えろや」
そう言うと、翔さんはライトを消しはじめた。
こうしてこの日、俺はぐったり疲れて部屋に戻った。最後にニヤついた顔で、あの男は俺に合図を送ってた。一段も二段も上から…。
部屋の灯りは消えていて、京香さんはここにも現れなかった。
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